DESCRIPTIVE LENS
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それからしばらく経ったある日の放課後。
図書室には、以前と変わらない静かな時間が流れていた。
窓際の席ではヴィルが本を読み、その向かいでは■■■がペンを走らせている。
課題はもうない。
提出期限もない。
それでも、この場所へ足が向くのは自然なことになっていた。
ページをめくる音だけが、ゆっくりと重なる。
◇
「……書けたの?」
不意にヴィルが本から顔を上げる。
「たぶん」
「たぶん?」
「前みたいに、自信満々には言えません」
そう答えると、ヴィルは小さく笑った。
「そのくらいがちょうどいいわ」
■■■は書き上げたページを差し出す。
ヴィルは受け取り、静かに読み始めた。
途中で赤を入れることも、ため息をつくこともない。
最後まで読み終えると、紙を丁寧に返した。
「どうですか?」
「アンタ自身は、この文章を気に入っている?」
思いがけない問いに、■■■は少し考え込む。
「……はい、全部じゃありませんけど」
「そう」
「今の自分には書けたと思います」
ヴィルは満足そうに頷いた。
「それなら十分よ」
「そうですか?」
ヴィルは最初のページを思い返すように目を細める。
「昔なら、アタシが何と言うかばかり気にしていたでしょう」
「そうでしたね」
■■■は照れたように笑う。
「先に自分で読み返すようになりました」
「成長したじゃない」
「でも、そのあとでヴィル先輩の意見を聞きたくなるんです」
「悪くない変化ね」
ヴィルは紅茶を口に運ぶ。
「人の言葉を受け止めるには、自分の考えも必要だから」
◇
図書室の窓から、柔らかな夕日が差し込む。
その光を眺めながら、■■■が静かに口を開いた。
「ヴィル先輩」
「何?」
「もし先輩に会っていなかったら、たくさんのものを見過ごしていたと思います」
ヴィルはすぐには答えなかった。
しばらくして、本を閉じる。
「アタシだけの力じゃないわ」
「でも」
「アンタが立ち止まって見ようとしたから、変わったの」
「そうですかね」
「見ようとしない人には、何を教えても届かないもの」
■■■は静かに頷く。
その言葉が、ヴィルらしい励まし方だと思えた。
◇
帰る支度をしていると、本棚の前で一年生が困ったように辺りを見回していた。
「あの……」
声を掛けられた■■■は足を止める。
「図書室の資料って、どこにありますか?」
少し前までなら、一緒になって探していたかもしれない。
けれど今は違う。
「この棚ですよ」
目的の本を見つけ、手渡す。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに去っていく後ろ姿を見送りながら、■■■は自然と笑みを浮かべた。
「今の対応、ずいぶん落ち着いていたわね」
「ヴィル先輩なら、こうするかなって思って」
「そう」
ヴィルは少しだけ目を丸くしたあと、穏やかに笑った。
「アタシを真似る必要はないけれど、人へ向ける視線は、そのままでいなさい」
「はい」
◇
図書室を出ると、廊下は夕焼け色に染まっていた。
二人は並んで歩く。
急ぐ理由もなく、言葉が途切れても気まずさはない。
「そういえば」
ヴィルが思い出したように口を開く。
「今度、映画研究会で上映会をするの。よかったら見に来なさい」
「行ってもいいんですか?」
「もちろんよ」
「観客として見るアンタの感想も聞いてみたいわ」
「楽しみにしています」
「遠慮はしないこと」
ヴィルは少し意地悪そうに笑う。
「気付いたことがあるなら、ちゃんと言いなさい」
「先輩にもですか?」
「アタシにもよ」
その返事に、■■■は思わず笑ってしまう。
「分かりました」
◇
校舎の出口で足を止める。
空は茜色から群青へ変わり始めていた。
「ヴィル先輩、また明日」
「ええ。また明日」
それだけの約束だった。
特別な言葉はない。
けれど、その何気ない一言には、積み重ねてきた時間が確かに宿っている。
課題を通して始まった放課後は終わった。
それでも、言葉を交わし、本を読み、互いの考えに耳を傾ける時間は続いていく。
書き手として。
読み手として。
そして、お互いを尊重し合える友人として。
図書室には今日も静かなページをめくる音が響いていた。
その音はきっと、これからも二人の歩みに寄り添いながら穏やかに続いていく。
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