DESCRIPTIVE LENS
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学園長に提出する最終レポートの期限が、いよいよ明日に迫っていた。
この数ヶ月間、ななしが綴ってきた言葉の束は、もはや単なる記録の域を超えていた。そこには、世界が賞賛するスターとしてのヴィルではなく、誰も知らない場所で血を吐くような努力を重ねる、一人の泥臭い「ヴィル・シェーンハイト」が鮮烈に描かれている。
「……できたわ。最終校閲、完了よ」
放課後の寮長室。
ヴィルは最後の一枚を読み終えると、ゆっくりと羊皮紙を重ねた。部屋を照らす柔らかな魔法の灯火が、彼の端正な横顔に深い影を落としている。ヴィルの指先は、名残惜しそうにレポートの端をなぞっていた。
「ヴィル先輩……ありがとうございます。お忙しいのに、最後まで付き合ってくださって」
「礼なんて不要よ。アタシがやりたくてやったことだもの」
ヴィルは椅子から立ち上がり、窓の外を見つめた。鏡のような夜の窓には完璧な寮服姿の彼と、その少し後ろに立つななしの姿が並んで映っている。
「アンタ、このレポートを書き終えたら……また元のアンタに戻るつもりかしら?」
「え……?」
「魔法が使えないことを言い訳にして、世界の解像度を下げて、ただぼんやりと景色を眺めるだけの観客に戻るのか、と聞いているのよ。被写体がいなくなれば、アンタのペンは止まってしまうの?」
ヴィルの声には、いつもの厳しさとは違う隠しきれない寂寥感が混じっていた。彼は振り返り、ななしの瞳を覗き込む。その瞳は今、何よりも饒舌に「行かないでほしい」と訴えているように見えた。
「わたしは……」
ななしは言葉を探した。
ヴィルに導かれ、研ぎ澄まされてきたこの数ヶ月。彼の背中を追い、その痛みを記述し続けてきた時間は、ななしにとっても自分が「この世界に存在している」と強く実感できる唯一の手段だったのだ。
「わたしは、もう戻れません。ヴィル先輩が教えてくれた世界の残酷さも、その裏にある祈りも……一度知ってしまったら、もう見なかったことにはできないから」
ななしはおとなしめの声を、震わせながらも真っ直ぐに届けた。
「ヴィル先輩がこれからも戦い続けるなら、わたしはそれを書き続けます。先輩が完璧な女王として世界を黙らせる時も、その裏で独り泥を噛んでいる時も。……わたしが、ヴィル先輩の一番の理解者でいたいです」
沈黙が重く、甘く、二人の間に満ちる。
ヴィルは、ななしの無謀とも言える宣言を聞き、目を見開いた。
やがて彼は、耐えきれないというように片手で顔を覆い低く笑った。
「……ふん。本当に、アンタって子は。アタシが一番欲しかった言葉を、一番残酷なタイミングで投げつけてくるのね」
ヴィルは一歩踏み出し、ななしの手を強く握った。
手袋越しでも伝わる、彼の指先の熱。
「いいわ、契約更新よ。アンタのペンは、アタシが死ぬまで……いいえ、アタシが歴史という名の舞台に刻まれるまで、休むことを許さない」
彼はななしの額に自分の額を寄せ、熱い吐息をぶつけるように囁いた。
「アタシを記述しなさい、ななし。アタシの美しさも、醜さも、傲慢さも。アンタが書く言葉だけが、アタシをこの地上に繋ぎ止める鎖になるのよ」
その瞬間、ななしは理解した。
これは、単なる先輩と後輩の関係ではない。表現者と、その魂を写し取る記録者。二人で一つの美しさを創り上げる、逃げ場のない共犯関係なのだ。
窓の外、オンボロ寮の方向から静かな風が吹き抜ける。
明日レポートを提出すれば、一つの区切りはつく。
けれど、二人の物語はここから加速していくのだ。
「……ヴィル先輩。一生かけて、書かせてください」
ななしが答えると、ヴィルは満足げに、けれどひどく愛おしそうに、彼女の指先に自分の指を絡ませた。
この数ヶ月間、ななしが綴ってきた言葉の束は、もはや単なる記録の域を超えていた。そこには、世界が賞賛するスターとしてのヴィルではなく、誰も知らない場所で血を吐くような努力を重ねる、一人の泥臭い「ヴィル・シェーンハイト」が鮮烈に描かれている。
「……できたわ。最終校閲、完了よ」
放課後の寮長室。
ヴィルは最後の一枚を読み終えると、ゆっくりと羊皮紙を重ねた。部屋を照らす柔らかな魔法の灯火が、彼の端正な横顔に深い影を落としている。ヴィルの指先は、名残惜しそうにレポートの端をなぞっていた。
「ヴィル先輩……ありがとうございます。お忙しいのに、最後まで付き合ってくださって」
「礼なんて不要よ。アタシがやりたくてやったことだもの」
ヴィルは椅子から立ち上がり、窓の外を見つめた。鏡のような夜の窓には完璧な寮服姿の彼と、その少し後ろに立つななしの姿が並んで映っている。
「アンタ、このレポートを書き終えたら……また元のアンタに戻るつもりかしら?」
「え……?」
「魔法が使えないことを言い訳にして、世界の解像度を下げて、ただぼんやりと景色を眺めるだけの観客に戻るのか、と聞いているのよ。被写体がいなくなれば、アンタのペンは止まってしまうの?」
ヴィルの声には、いつもの厳しさとは違う隠しきれない寂寥感が混じっていた。彼は振り返り、ななしの瞳を覗き込む。その瞳は今、何よりも饒舌に「行かないでほしい」と訴えているように見えた。
「わたしは……」
ななしは言葉を探した。
ヴィルに導かれ、研ぎ澄まされてきたこの数ヶ月。彼の背中を追い、その痛みを記述し続けてきた時間は、ななしにとっても自分が「この世界に存在している」と強く実感できる唯一の手段だったのだ。
「わたしは、もう戻れません。ヴィル先輩が教えてくれた世界の残酷さも、その裏にある祈りも……一度知ってしまったら、もう見なかったことにはできないから」
ななしはおとなしめの声を、震わせながらも真っ直ぐに届けた。
「ヴィル先輩がこれからも戦い続けるなら、わたしはそれを書き続けます。先輩が完璧な女王として世界を黙らせる時も、その裏で独り泥を噛んでいる時も。……わたしが、ヴィル先輩の一番の理解者でいたいです」
沈黙が重く、甘く、二人の間に満ちる。
ヴィルは、ななしの無謀とも言える宣言を聞き、目を見開いた。
やがて彼は、耐えきれないというように片手で顔を覆い低く笑った。
「……ふん。本当に、アンタって子は。アタシが一番欲しかった言葉を、一番残酷なタイミングで投げつけてくるのね」
ヴィルは一歩踏み出し、ななしの手を強く握った。
手袋越しでも伝わる、彼の指先の熱。
「いいわ、契約更新よ。アンタのペンは、アタシが死ぬまで……いいえ、アタシが歴史という名の舞台に刻まれるまで、休むことを許さない」
彼はななしの額に自分の額を寄せ、熱い吐息をぶつけるように囁いた。
「アタシを記述しなさい、ななし。アタシの美しさも、醜さも、傲慢さも。アンタが書く言葉だけが、アタシをこの地上に繋ぎ止める鎖になるのよ」
その瞬間、ななしは理解した。
これは、単なる先輩と後輩の関係ではない。表現者と、その魂を写し取る記録者。二人で一つの美しさを創り上げる、逃げ場のない共犯関係なのだ。
窓の外、オンボロ寮の方向から静かな風が吹き抜ける。
明日レポートを提出すれば、一つの区切りはつく。
けれど、二人の物語はここから加速していくのだ。
「……ヴィル先輩。一生かけて、書かせてください」
ななしが答えると、ヴィルは満足げに、けれどひどく愛おしそうに、彼女の指先に自分の指を絡ませた。
