DESCRIPTIVE LENS
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ヴィル・シェーンハイトの朝は早い。
学園全体がまだ深い眠りの中にある午前五時。ポムフィオーレ寮の冷徹な空気の中に、ななしは身を置いていた。
「おはよう、ななし。……アンタ、よくこの時間に間に合わせたわね。及第点をあげてもいいわ」
日課のワークアウトを終えたばかりのヴィルが、タオルで首筋を拭いながらななしを迎えた。
当然ながら、彼は夜更かしなどしない。睡眠不足は美肌の天敵であり、精神の濁りを生むことを彼は誰よりも嫌っている。だからこそ、ヴィルとの特別講義は、この峻烈な早朝の時間へと移っていた。
「……はい、ヴィル先輩。なんとか起きられました」
ななしが声を出すと、ヴィルは満足げに目を細めた。
今日の彼は、まだ完璧なメイクを施す前の、最低限のスキンケアだけを済ませた状態だった。けれどその素顔に近い肌は、朝日を浴びて透き通るように発光している。
「いい、ななし。この時間は、アタシが最も『ヴィル・シェーンハイト』を構築する時間よ。夜に浸るなんて、感傷に溺れたい弱者のすること。アタシたちは、昇る太陽を迎え撃つために自分を研ぎ澄まさなきゃならない」
ヴィルはストレッチを始め、しなやかな肢体を床に沈めた。ななしは、その無駄のない動きをじっと見つめ、ノートにペンを走らせる。
「……ヴィル先輩。先輩は、夜よりも朝の方が……ずっと、戦っているように見えます」
「戦い? ふん、面白い表現ね。何と戦っているというのかしら」
「昨日までの自分です。昨日より一ミリでも美しく、昨日より一秒でも早く。……ヴィル先輩の朝は、自分に対する一番厳格なオーディションみたいです」
ななしの言葉に、ヴィルの動きが止まった。
彼はゆっくりと体を起こすと、額に浮かんだ一筋の汗を指で拭い、ななしを真っ直ぐに見据えた。
「……アンタって子は。本当に、アタシが自分でも気づかないようにしていた強迫観念を平気で言葉にするのね」
ヴィルはななしの隣に歩み寄り、至近距離で屈んだ。
早朝の澄んだ空気の中で、彼の体から立ち上る熱気と、石鹸のような清潔な香りがななしの鼻腔をくすぐる。
「そうよ。アタシは、目覚めるたびに自分が昨日の最高を下回っているんじゃないかと、恐怖することさえあるわ。だからこうして、肉体と精神を鍛え、無理矢理にでも自分を納得させるの」
ヴィルはななしの持つノートの表紙を、白く長い指先で強くなぞった。
「誰もが目覚めた時から完成しているアタシを望んでいる。……でも、アンタだけは、アタシが完成する前の、この無様な足掻きを記述しなさい」
「無様だなんて、思いません。……わたしには、どの瞬間のヴィル先輩よりも今の先輩が一番気高く見えます」
ななしは、真っ直ぐにヴィルの瞳を見つめ返し、朝の光に勇気をもらったかのように、一歩も引かずに自分の想いを口にする。
ヴィルは一瞬だけ、虚を突かれたように目を丸くした。
やがて彼は、ふっと朝日よりも眩しい笑みを浮かべ、ななしの頭を大きな手で乱暴に撫でた。
「……生意気なことを言うようになったわね。でも、嫌いじゃないわよ。アンタのその、残酷なまでに真っ直ぐな視線」
ヴィルは立ち上がると、窓の外に広がる輝きを増した学園の景色を仰いだ。
「さあ、シャワーを浴びてくるわ。アンタは今の会話を簡潔にまとめなさい。朝食の時間までに、アタシの心拍数まで伝わるような文章になっていなかったら……アンタの分のサラダ、全部セロリに変えてあげるから」
「あ、それは困ります、ヴィル先輩!」
ななしの慌てた声に、ヴィルは楽しげな笑い声を残してその場を後にした。ななしは、赤くなった頬を朝風に冷やしながら、まだ少し震える手でノートに一節を刻んだ。
『朝日は、全てを暴く。彼はその光から逃げない。自分を磨き上げ、研ぎ澄まし、世界が目覚める頃には、彼は再び完璧な女王として君臨する。その幕が上がる前の静かな熱狂を、わたしだけが知っている――』
二人の共犯関係は朝の清冽な光の中で、より確固たる信頼へと形を変えていった。
学園全体がまだ深い眠りの中にある午前五時。ポムフィオーレ寮の冷徹な空気の中に、ななしは身を置いていた。
「おはよう、ななし。……アンタ、よくこの時間に間に合わせたわね。及第点をあげてもいいわ」
日課のワークアウトを終えたばかりのヴィルが、タオルで首筋を拭いながらななしを迎えた。
当然ながら、彼は夜更かしなどしない。睡眠不足は美肌の天敵であり、精神の濁りを生むことを彼は誰よりも嫌っている。だからこそ、ヴィルとの特別講義は、この峻烈な早朝の時間へと移っていた。
「……はい、ヴィル先輩。なんとか起きられました」
ななしが声を出すと、ヴィルは満足げに目を細めた。
今日の彼は、まだ完璧なメイクを施す前の、最低限のスキンケアだけを済ませた状態だった。けれどその素顔に近い肌は、朝日を浴びて透き通るように発光している。
「いい、ななし。この時間は、アタシが最も『ヴィル・シェーンハイト』を構築する時間よ。夜に浸るなんて、感傷に溺れたい弱者のすること。アタシたちは、昇る太陽を迎え撃つために自分を研ぎ澄まさなきゃならない」
ヴィルはストレッチを始め、しなやかな肢体を床に沈めた。ななしは、その無駄のない動きをじっと見つめ、ノートにペンを走らせる。
「……ヴィル先輩。先輩は、夜よりも朝の方が……ずっと、戦っているように見えます」
「戦い? ふん、面白い表現ね。何と戦っているというのかしら」
「昨日までの自分です。昨日より一ミリでも美しく、昨日より一秒でも早く。……ヴィル先輩の朝は、自分に対する一番厳格なオーディションみたいです」
ななしの言葉に、ヴィルの動きが止まった。
彼はゆっくりと体を起こすと、額に浮かんだ一筋の汗を指で拭い、ななしを真っ直ぐに見据えた。
「……アンタって子は。本当に、アタシが自分でも気づかないようにしていた強迫観念を平気で言葉にするのね」
ヴィルはななしの隣に歩み寄り、至近距離で屈んだ。
早朝の澄んだ空気の中で、彼の体から立ち上る熱気と、石鹸のような清潔な香りがななしの鼻腔をくすぐる。
「そうよ。アタシは、目覚めるたびに自分が昨日の最高を下回っているんじゃないかと、恐怖することさえあるわ。だからこうして、肉体と精神を鍛え、無理矢理にでも自分を納得させるの」
ヴィルはななしの持つノートの表紙を、白く長い指先で強くなぞった。
「誰もが目覚めた時から完成しているアタシを望んでいる。……でも、アンタだけは、アタシが完成する前の、この無様な足掻きを記述しなさい」
「無様だなんて、思いません。……わたしには、どの瞬間のヴィル先輩よりも今の先輩が一番気高く見えます」
ななしは、真っ直ぐにヴィルの瞳を見つめ返し、朝の光に勇気をもらったかのように、一歩も引かずに自分の想いを口にする。
ヴィルは一瞬だけ、虚を突かれたように目を丸くした。
やがて彼は、ふっと朝日よりも眩しい笑みを浮かべ、ななしの頭を大きな手で乱暴に撫でた。
「……生意気なことを言うようになったわね。でも、嫌いじゃないわよ。アンタのその、残酷なまでに真っ直ぐな視線」
ヴィルは立ち上がると、窓の外に広がる輝きを増した学園の景色を仰いだ。
「さあ、シャワーを浴びてくるわ。アンタは今の会話を簡潔にまとめなさい。朝食の時間までに、アタシの心拍数まで伝わるような文章になっていなかったら……アンタの分のサラダ、全部セロリに変えてあげるから」
「あ、それは困ります、ヴィル先輩!」
ななしの慌てた声に、ヴィルは楽しげな笑い声を残してその場を後にした。ななしは、赤くなった頬を朝風に冷やしながら、まだ少し震える手でノートに一節を刻んだ。
『朝日は、全てを暴く。彼はその光から逃げない。自分を磨き上げ、研ぎ澄まし、世界が目覚める頃には、彼は再び完璧な女王として君臨する。その幕が上がる前の静かな熱狂を、わたしだけが知っている――』
二人の共犯関係は朝の清冽な光の中で、より確固たる信頼へと形を変えていった。
