DESCRIPTIVE LENS
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マジカルシフト大会から数日。
学園を覆っていた熱狂は引いたものの、ポムフィオーレ寮は依然として、ある種の緊迫感に包まれていた。
他寮との交流が増える行事の後は、決まって火種が持ち込まれるからだ。
「――ななし、そこを動かないで。アンタの目は今、最高の観測装置なんだから」
放課後の談話室、ヴィルはそう命じると、自らはソファに深く腰掛けた。
彼の前には、他寮の生徒から贈られたという、豪奢な装飾が施された贈り物――詰め合わせの菓子や、高価な香油が並んでいる。ヴィルはそれらを一つひとつ、鑑定士のような冷徹な目で見定めていた。
「この香油、表向きは友好の証として届けられたけれど。……アンタ、この瓶の底を見て。何を感じる?」
ななしはヴィルの隣に歩み寄り、指示された通り瓶を凝視した。
美しい琥珀色の液体。一見すれば一級品だが、ななしはこの数週間で培った解像度を総動員して、その違和感を探った。
「……色が少しだけ重いです。昨日、ヴィル先輩が調合していた薬草の色よりも、もっと不自然に……沈んでいるというか。喉の奥が、見てるだけで痒くなるような感じがします」
「正解。これは媚薬の成分を微量に含ませた、依存性の高い安物よ。これを使い続ければ、アタシの肌は一時的に艶を増すでしょうけど、数ヶ月後には自浄作用を失ってボロボロになるわ。……醜い。贈り主の浅ましい嫉妬が透けて見えるようね」
ヴィルは吐き捨てるように言うと、その高価な瓶をゴミ箱へ放り込もうとした。けれど、ななしはその手を、思わず遮ってしまった。
「ヴィル先輩、待ってください。……それは、捨てないでください」
「……何? アンタ、アタシにこの毒を使えと言うの?」
ヴィルの瞳に、険しい光が宿る。ななしは静かな、けれど確かな声で続けた。
「いえ、そうじゃなくて。……ヴィル先輩には、この贈り主の醜い感情すら『美しさ』を証明するための材料にしてほしいんです」
「……アタシの材料に?」
「はい。この毒の正体を見破り、それを逆手に取って、より高潔に振る舞うヴィル先輩を、わたしは書きたいんです。他人の悪意に怯えるんじゃなくて、それを踏み台にして、より高い場所へ行くヴィル先輩を」
ななしの言葉に、ヴィルは目を見開いた。
沈黙が流れる。
窓から差し込む西日が、二人の影を長く、濃く床に落としていた。
やがて、ヴィルはふっと小さく笑った。それは、自分の美学を他人に言い当てられた時の、気恥ずかしさと高揚が混じったような不思議な笑みだった。
「アンタって子は……本当に、毒見役としても一流になってきたわね」
ヴィルは瓶を机に戻すと、ななしのノートを指先でなぞった。
「いいわ。この悪意の贈り物を、どうやってアタシの糧にするか……そのプロセスを、余すところなく記述しなさい。贈り主がこのレポートを読んだとき、自分の浅ましさに絶望して跪くような、そんな残酷で美しい文章をね」
ヴィルは再びソファに背を預け、目を閉じた。
その顔には先ほどまでの刺々しさはなく、むしろ獲物を待つ捕食者のような、静かな期待が満ちていた。
ななしは、机の上の「毒」を見つめながら、一文字ずつ言葉を紡ぎ出した。ヴィル・シェーンハイト。彼は、自分に向けられた悪意すらも最高級の香料へと変えてしまう。その気高い錬金術を、世界で一番近くで見届けられる幸福に、ななしは震えていた。
『彼は、毒を恐れない。なぜなら、彼自身の血の中には、誰よりも純度の高い、努力という名の毒が流れているからだ。向けられた刃を、彼は微笑みながら受け取り、それを自らを飾る宝飾へと作り変えていく――』
レポートの行間に、ヴィルの意志が浸透していく。
二人の距離は、もはや枠組みを超え、一つの表現を創り出す共犯関係へと、深く、深く沈み込んでいった。
学園を覆っていた熱狂は引いたものの、ポムフィオーレ寮は依然として、ある種の緊迫感に包まれていた。
他寮との交流が増える行事の後は、決まって火種が持ち込まれるからだ。
「――ななし、そこを動かないで。アンタの目は今、最高の観測装置なんだから」
放課後の談話室、ヴィルはそう命じると、自らはソファに深く腰掛けた。
彼の前には、他寮の生徒から贈られたという、豪奢な装飾が施された贈り物――詰め合わせの菓子や、高価な香油が並んでいる。ヴィルはそれらを一つひとつ、鑑定士のような冷徹な目で見定めていた。
「この香油、表向きは友好の証として届けられたけれど。……アンタ、この瓶の底を見て。何を感じる?」
ななしはヴィルの隣に歩み寄り、指示された通り瓶を凝視した。
美しい琥珀色の液体。一見すれば一級品だが、ななしはこの数週間で培った解像度を総動員して、その違和感を探った。
「……色が少しだけ重いです。昨日、ヴィル先輩が調合していた薬草の色よりも、もっと不自然に……沈んでいるというか。喉の奥が、見てるだけで痒くなるような感じがします」
「正解。これは媚薬の成分を微量に含ませた、依存性の高い安物よ。これを使い続ければ、アタシの肌は一時的に艶を増すでしょうけど、数ヶ月後には自浄作用を失ってボロボロになるわ。……醜い。贈り主の浅ましい嫉妬が透けて見えるようね」
ヴィルは吐き捨てるように言うと、その高価な瓶をゴミ箱へ放り込もうとした。けれど、ななしはその手を、思わず遮ってしまった。
「ヴィル先輩、待ってください。……それは、捨てないでください」
「……何? アンタ、アタシにこの毒を使えと言うの?」
ヴィルの瞳に、険しい光が宿る。ななしは静かな、けれど確かな声で続けた。
「いえ、そうじゃなくて。……ヴィル先輩には、この贈り主の醜い感情すら『美しさ』を証明するための材料にしてほしいんです」
「……アタシの材料に?」
「はい。この毒の正体を見破り、それを逆手に取って、より高潔に振る舞うヴィル先輩を、わたしは書きたいんです。他人の悪意に怯えるんじゃなくて、それを踏み台にして、より高い場所へ行くヴィル先輩を」
ななしの言葉に、ヴィルは目を見開いた。
沈黙が流れる。
窓から差し込む西日が、二人の影を長く、濃く床に落としていた。
やがて、ヴィルはふっと小さく笑った。それは、自分の美学を他人に言い当てられた時の、気恥ずかしさと高揚が混じったような不思議な笑みだった。
「アンタって子は……本当に、毒見役としても一流になってきたわね」
ヴィルは瓶を机に戻すと、ななしのノートを指先でなぞった。
「いいわ。この悪意の贈り物を、どうやってアタシの糧にするか……そのプロセスを、余すところなく記述しなさい。贈り主がこのレポートを読んだとき、自分の浅ましさに絶望して跪くような、そんな残酷で美しい文章をね」
ヴィルは再びソファに背を預け、目を閉じた。
その顔には先ほどまでの刺々しさはなく、むしろ獲物を待つ捕食者のような、静かな期待が満ちていた。
ななしは、机の上の「毒」を見つめながら、一文字ずつ言葉を紡ぎ出した。ヴィル・シェーンハイト。彼は、自分に向けられた悪意すらも最高級の香料へと変えてしまう。その気高い錬金術を、世界で一番近くで見届けられる幸福に、ななしは震えていた。
『彼は、毒を恐れない。なぜなら、彼自身の血の中には、誰よりも純度の高い、努力という名の毒が流れているからだ。向けられた刃を、彼は微笑みながら受け取り、それを自らを飾る宝飾へと作り変えていく――』
レポートの行間に、ヴィルの意志が浸透していく。
二人の距離は、もはや枠組みを超え、一つの表現を創り出す共犯関係へと、深く、深く沈み込んでいった。
