DESCRIPTIVE LENS
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
大会当日。
朝早くから校内は熱気に包まれ、選手も観客も落ち着かない様子だった。
■■■もレポート用のノートを抱え、人の流れに合わせて競技場へ向かう。
遠くでは応援の声が重なり、開始前とは思えないほどの活気が広がっていた。
「ぼんやり立っていると邪魔になるわよ」
聞き慣れた声に振り向く。
ヴィルは、すでに競技へ向かう準備を終えていた。
「おはようございます」
「今日は書くことばかり考えないこと」
ヴィルはまっすぐ■■■を見る。
「まずは、この場を楽しみなさい」
「楽しむ、ですか?」
「そうよ」
ヴィルは小さく笑う。
「心が動かなければ、誰の心も動かせないもの」
その言葉を残し、チームメイトのもとへ向かっていった。
◇
試合が始まると、競技場は歓声に包まれた。
選手たちは魔法を駆使しながらフィールドを駆け回り、客席からは惜しみない声援が飛ぶ。
■■■は夢中になって試合を見つめていた。
もちろんヴィルの活躍も目を引く。
だが、不思議と視線はそこだけには留まらなかった。
ベンチで作戦を確認する仲間。
声を枯らしながら応援する寮生。
得点が入った瞬間、思わず拳を握る控え選手。
誰かが笑えば、誰かが悔しそうに俯く。
勝敗だけでは語れない時間が、そこには流れていた。
◇
試合終了の笛が鳴る。
客席から大きな拍手が湧き起こった。
選手たちは互いを労いながら競技場をあとにしていく。
「……すごかった」
気付けば、■■■はそう呟いていた。
ノートを開こうとして、手が止まる。
書きたいことが多すぎる。
どこから書けばいいのか分からない。
「珍しく困っているわね」
ヴィルだった。
試合を終えたばかりだというのに、息ひとつ乱れていない。
「書けません」
正直に答えると、ヴィルは少しだけ首を傾げた。
「書きたいことが多すぎて……」
「それなら安心ね」
「え?」
「迷うなら順番を決めればいいだけよ」
ヴィルは客席へ目を向ける。
「今日、一番心に残った瞬間は?」
■■■はしばらく考えた。
派手なプレーや歓声、勝利の瞬間。
どれも印象に残っている。
けれど、一番最初に浮かんだのは別の場面だった。
「試合が終わったあとです」
「終わったあと?」
「整備をしていた皆さんが、誰よりも嬉しそうに拍手していました」
ヴィルは静かに頷く。
「選手じゃないのに、自分のことみたいに喜んでいて……その顔が、一番忘れられません」
ヴィルは少し目を細める。
「いい視点ね」
◇
その日の夕方。
図書室ではなく、中庭のベンチに並んで座る。
競技を終えた校内は、昼間の熱気が嘘のように静かだった。
「レポートは書けた?」
ヴィルが尋ねる。
「少しだけ」
「読ませて」
まだ書き始めたばかりのページを差し出す。
ヴィルは最後まで読み、ゆっくり閉じた。
「……ずいぶん変わったわね」
「そうでしょうか」
「ええ」
ヴィルはノートを返す。
「前なら結果を書いて終わっていた。今は、その場にいた人まで書けている」
■■■は照れくさそうに笑った。
「ヴィル先輩に教えてもらったので」
「違うわ。アタシは見方を教えただけ」
「え?」
「見つけたのはアンタ自身よ」
その一言が胸に残る。
◇
日が暮れ始め、空がゆっくりと色を変えていく。
「■■■」
「はい」
「書くということは、出来事を残すだけじゃない」
ヴィルは静かな口調で続ける。
「誰かの努力や、その場の空気を未来へ渡していくことでもある」
「未来へ……」
「そうよ、だから事実だけでは足りないの」
「足りないもの、ですか」
「その場で何を感じたか、何を見つけたか、それを書いて初めて、読む人へ届く」
■■■は大切な言葉を忘れないよう、ノートの端へそっと書き留めた。
ヴィルはその様子を見て、小さく笑う。
「すぐ書く癖がついたわね」
「忘れたくないので」
「それでいいわ」
短い返事だった。
けれど、その声はどこか嬉しそうだった。
◇
帰り道。
競技場の照明はすでに落ち、昼間の賑わいは静かな余韻へ変わっていた。
■■■は歩きながらノートを開く。
今日書き残したいのは、勝敗ではない。
誰かの頑張りを見つけて喜ぶ人がいて、その姿をまた誰かが見ている。
そんな、人と人とのつながりだった。
ヴィルは少し前を歩きながら、不意に振り返る。
「明日は図書室よ」
「はい」
「今日の続きを聞かせてちょうだい」
「もちろんです」
そう答えると、ヴィルは満足そうに頷いた。
その姿を追いながら、■■■は静かに思う。
言葉は、誰かを飾るためだけにあるものではない。
その人が積み重ねてきた時間を、少しでも正確に残すためにあるのだと。
そのことを教えてくれた人の背中は、今日もまっすぐ前を向いていた。