TRIANGLE
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放課後の陽光が、植物園のガラス屋根を通して柔らかな格子模様を地面に描いている。本来であれば、ここは温室特有の湿り気と花の香りに包まれた、心安らぐ休息の場であるはずだった。
しかしななしにとっては、今この場所はサバンナの処刑場か、あるいは茨の生い茂る断罪の場にしか見えていなかった。
「……あぁ、来てしまった。レオナさんの髪にブラシを通すなんて、王族の身体に触れる不敬罪で、私は明日からモップの柄として一生を過ごすことになりそう……」
「オメーはさっきから何をブツブツ言ってるんだゾ! ブラッシングなんて、いつもオレ様がやってるのと変わらないんだゾ。早く終わらせて、レオナからお駄賃のツナ缶をせしめるんだゾ!」
グリムは能天気に尻尾を振っているが、ななしの震えは止まらない。手に持ったブラッシング用の道具一式が、カタカタと音を立てて悲鳴を上げていた。
「おい。遅ぇぞ、草食動物。俺を何分待たせるつもりだ」
茂みの奥、巨大な熱帯植物の影から地を這うような低音が響いた。
そこにいたのは、岩の上に我が物顔で寝そべるサバナクロー寮長レオナ・キングスカラーだった。緩く開いたシャツの隙間から覗く褐色の肌と、気怠げに揺れる尻尾。その瞳は獲物を定めるようにななしを射抜く。
「ひぇっ! す、すみません! 私の歩みがカメよりも遅いせいで、レオナさんの貴重な睡眠時間を奪ってしまいました……!」
「……いいから、さっさと始めろ。俺はもう限界まで眠ぃんだよ」
レオナは無造作にななしを招き寄せると、彼女の膝の上に自分の頭を乗せるようにして、岩の上に横たわった。至近距離から漂う気品ある香りと野性味のある体温。
「し、失礼します……!」
ななしは泣きそうな顔をしながら恐る恐るブラシを通し始めた。
レオナの髪は見た目よりも柔らかく陽の光を浴びて温かい。彼が心地よさそうに小さな鼻息を漏らすたびに、ななしの心臓は破裂寸前まで跳ね上がる。
だが、静寂は長くは続かなかった。
植物園の空気が、突如としてひんやりとした重圧に包まれる。空間を切り裂くようにして現れた緑色の火花が、周囲の熱帯植物を威圧するようにパチパチと爆ぜた。
「……随分と、無防備な姿を晒しているな。キングスカラー」
そこに立っていたのは、マレウスだった。彼の瞳はいつになく鋭く光っており、その微笑みには氷のような冷たさが混じっている。
「散歩のコースにここを選んだのは正解だったようだ」
ななしがパニックでブラシを放り出しそうになると、レオナがその手首をガシッと掴んだ。
「……あ? 邪魔すんじゃねーよ、おぼっちゃま。こいつは今、俺の専属なんだよ。横から口挟んでんじゃねぇよ」
「専属、だと? 図々しいことを言う。彼女は特定の誰かの所有物ではないはずだが……もしそうなるというのなら、それはお前のような野蛮な男の隣ではないはずだ」
マレウスがななしの反対側の手首を優しく、しかし逃がさない強さで握る。
「離せキングスカラー。彼女は僕と語らう権利がある」
「先に予約したのは俺だ。お前はあっちで壁の苔でも数えてろ」
ななしは、文字通り左右から最強の王族に引っ張られる形になった。
右からはレオナの強引で熱い引力。左からはマレウスの静かで抗いがたい魔力の引力。
「二人とも……止めてください! 私、このまま左右に引き裂かれて、右半身はサバナクロー、左半身はディアソムニアとして、別々の人生を歩むことになっちゃいます! そんなの、服を買うときもサイズ選びで困るし、何より歩きにくくて、一生転び続ける人生になるんです!」
「……お前、引き裂かれても心配するとこそこかよ」
「ふむ。そうなれば、左半身だけでも僕の元へ連れて行けるな」
「物騒なこと言わないで!!」
ななしの悲鳴が植物園に響き渡る。
グリムは二人が放つ凄まじいプレッシャーに耐えかねて、ななしの足元で丸まっていた。
「ふ、ふなっ……! ななしがちぎれるんだゾ! 二人ともオレ様の子分を壊すのは止めるんだゾー!」
しかし彼らの独占欲は止まらない。
レオナはななしを自分の方へ強く引き寄せ、その背中を自分の胸に預けさせる。
「おい、草食動物。俺の隣にいろ。……こいつのところに行ったら、二度とこっちの世界には帰してもらえねぇぞ」
「……それはお前も同じだろう? 狭い檻の中に閉じ込めるのがお前の愛か。僕は、彼女に世界の深淵を見せてやりたいだけだ」
マレウスから放たれる魔力がパチリと音を立ててレオナの魔力と衝突する。二人に挟まれた至近距離で、ななしは自分の人生の詰みを確信していた。
(あぁ……。最強の二人による領土紛争が始まってしまった。さようならグリム。さようならオンボロ寮。私のお墓には綺麗な花じゃなくて、美味しいクッキーを供えてください……)
「……おい、勝手に死んだ目をしてんじゃねぇ。まだブラッシングが終わってねぇだろ」
「そんなに震えなくていい。……お前が僕の隣にいる限り、この獣に指一本触れさせはしない」
「だから、それが怖いんですってばー!!」
植物園の夕暮れは、逃げ場のない窮地に立たされたななしの絶叫と共に、さらに混沌を深めていくのだった。
しかしななしにとっては、今この場所はサバンナの処刑場か、あるいは茨の生い茂る断罪の場にしか見えていなかった。
「……あぁ、来てしまった。レオナさんの髪にブラシを通すなんて、王族の身体に触れる不敬罪で、私は明日からモップの柄として一生を過ごすことになりそう……」
「オメーはさっきから何をブツブツ言ってるんだゾ! ブラッシングなんて、いつもオレ様がやってるのと変わらないんだゾ。早く終わらせて、レオナからお駄賃のツナ缶をせしめるんだゾ!」
グリムは能天気に尻尾を振っているが、ななしの震えは止まらない。手に持ったブラッシング用の道具一式が、カタカタと音を立てて悲鳴を上げていた。
「おい。遅ぇぞ、草食動物。俺を何分待たせるつもりだ」
茂みの奥、巨大な熱帯植物の影から地を這うような低音が響いた。
そこにいたのは、岩の上に我が物顔で寝そべるサバナクロー寮長レオナ・キングスカラーだった。緩く開いたシャツの隙間から覗く褐色の肌と、気怠げに揺れる尻尾。その瞳は獲物を定めるようにななしを射抜く。
「ひぇっ! す、すみません! 私の歩みがカメよりも遅いせいで、レオナさんの貴重な睡眠時間を奪ってしまいました……!」
「……いいから、さっさと始めろ。俺はもう限界まで眠ぃんだよ」
レオナは無造作にななしを招き寄せると、彼女の膝の上に自分の頭を乗せるようにして、岩の上に横たわった。至近距離から漂う気品ある香りと野性味のある体温。
「し、失礼します……!」
ななしは泣きそうな顔をしながら恐る恐るブラシを通し始めた。
レオナの髪は見た目よりも柔らかく陽の光を浴びて温かい。彼が心地よさそうに小さな鼻息を漏らすたびに、ななしの心臓は破裂寸前まで跳ね上がる。
だが、静寂は長くは続かなかった。
植物園の空気が、突如としてひんやりとした重圧に包まれる。空間を切り裂くようにして現れた緑色の火花が、周囲の熱帯植物を威圧するようにパチパチと爆ぜた。
「……随分と、無防備な姿を晒しているな。キングスカラー」
そこに立っていたのは、マレウスだった。彼の瞳はいつになく鋭く光っており、その微笑みには氷のような冷たさが混じっている。
「散歩のコースにここを選んだのは正解だったようだ」
ななしがパニックでブラシを放り出しそうになると、レオナがその手首をガシッと掴んだ。
「……あ? 邪魔すんじゃねーよ、おぼっちゃま。こいつは今、俺の専属なんだよ。横から口挟んでんじゃねぇよ」
「専属、だと? 図々しいことを言う。彼女は特定の誰かの所有物ではないはずだが……もしそうなるというのなら、それはお前のような野蛮な男の隣ではないはずだ」
マレウスがななしの反対側の手首を優しく、しかし逃がさない強さで握る。
「離せキングスカラー。彼女は僕と語らう権利がある」
「先に予約したのは俺だ。お前はあっちで壁の苔でも数えてろ」
ななしは、文字通り左右から最強の王族に引っ張られる形になった。
右からはレオナの強引で熱い引力。左からはマレウスの静かで抗いがたい魔力の引力。
「二人とも……止めてください! 私、このまま左右に引き裂かれて、右半身はサバナクロー、左半身はディアソムニアとして、別々の人生を歩むことになっちゃいます! そんなの、服を買うときもサイズ選びで困るし、何より歩きにくくて、一生転び続ける人生になるんです!」
「……お前、引き裂かれても心配するとこそこかよ」
「ふむ。そうなれば、左半身だけでも僕の元へ連れて行けるな」
「物騒なこと言わないで!!」
ななしの悲鳴が植物園に響き渡る。
グリムは二人が放つ凄まじいプレッシャーに耐えかねて、ななしの足元で丸まっていた。
「ふ、ふなっ……! ななしがちぎれるんだゾ! 二人ともオレ様の子分を壊すのは止めるんだゾー!」
しかし彼らの独占欲は止まらない。
レオナはななしを自分の方へ強く引き寄せ、その背中を自分の胸に預けさせる。
「おい、草食動物。俺の隣にいろ。……こいつのところに行ったら、二度とこっちの世界には帰してもらえねぇぞ」
「……それはお前も同じだろう? 狭い檻の中に閉じ込めるのがお前の愛か。僕は、彼女に世界の深淵を見せてやりたいだけだ」
マレウスから放たれる魔力がパチリと音を立ててレオナの魔力と衝突する。二人に挟まれた至近距離で、ななしは自分の人生の詰みを確信していた。
(あぁ……。最強の二人による領土紛争が始まってしまった。さようならグリム。さようならオンボロ寮。私のお墓には綺麗な花じゃなくて、美味しいクッキーを供えてください……)
「……おい、勝手に死んだ目をしてんじゃねぇ。まだブラッシングが終わってねぇだろ」
「そんなに震えなくていい。……お前が僕の隣にいる限り、この獣に指一本触れさせはしない」
「だから、それが怖いんですってばー!!」
植物園の夕暮れは、逃げ場のない窮地に立たされたななしの絶叫と共に、さらに混沌を深めていくのだった。
