DESCRIPTIVE LENS
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その日のナイトレイブンカレッジは、数日後に控えたマジカルシフト大会の準備で、異様な熱気に包まれていた。
各寮の代表選手たちが練習に励む中、ポムフィオーレ寮の寮長であるヴィルもまた、運営側との調整や寮生のコンディション管理で、分刻みのスケジュールをこなしていた。
「ななし、今日は外よ。……何、その間の抜けた顔。アタシが日焼け対策もせずに外に出るとでも思っているのかしら?」
ヴィルは日傘を差し、大きなサングラスの奥からななしを見下ろした。彼について向かったのは、コロシアムの裏手にある、選手たちの待機所兼、道具の整備場だった。
「アンタの今日の課題は、あそこを見ることよ」
ヴィルが指差したのは、マジフトのディスクを磨き、マシンの最終チェックを行っている数人の下級生たちだった。彼らは選手として選ばれたわけではない。いわば、華やかな舞台を裏で支える「無名の歯車」たちだ。
「いい、ななし。美しさというものは、舞台の上だけで完結するものじゃない。あの砂埃にまみれてディスクを磨く指先、潤滑油で汚れた作業着――それらが完璧に機能して初めて、主役は安心して光を浴びることができるの」
ヴィルはそう言うと、自らも整備場へと足を踏み入れた。
彼が近づくと、下級生たちは一様に緊張で背を正す。ヴィルは彼らの一人一人の作業を、いつもの厳しい審美眼で点検していった。
「そこのアンタ、右手の動きが雑よ。ディスクの表面に微かな曇りが残っている。そんなもので、アタシたちの魔法が正しく伝導するとでも思っているの?」
「す、すみません、寮長!」
「謝る暇があるなら、自分の仕事に誇りを持ちなさい。アンタのこの磨き一つが、試合の結果を左右するの。……やり直しよ」
ヴィルの叱責は容赦ない。けれど、ななしには分かっていた。
彼は彼らを見下しているのではない。裏方に徹する彼らにも、主役と同じだけの完璧さと美学を要求しているのだ。それはヴィルなりの、最大級の敬意の表れでもあった。
「ななし、あの子たちの表情をよく見なさい」
ヴィルが、ななしの隣に戻ってきて耳元で囁いた。
「叱られて、震えている。……けれど、その瞳には光が宿ったわ。自分が重要な何かを担っているという自覚。それが人を美しくさせるのよ。アンタのレポートには、これまで主役の輝きばかりが並んでいたけれど……今日、ここで見た泥の中の矜持を、どう言葉にするつもり?」
ななしは、ノートを握る手に力を込めた。
砂埃が舞い、機械の油の匂いが漂うこの場所は、ヴィルの美学とは正反対の場所だと思っていた。けれど今、目の前で必死にディスクを磨き直す少年たちの姿は、不思議と鏡の前でストイックに自分を追い込むヴィルの姿と重なって見えた。
「……ヴィル先輩。わたし、彼らのことを歯車とは書きたくないです」
ななしはおとなしめの声を、真っ直ぐにヴィルへと向けた。
「彼らは、光を作っている人たちです。ヴィル先輩がステージで輝くための、一番最初の魔法をかけている人たち……そう書きたいです」
ヴィルは一瞬、意外そうに目を見開いた。
サングラスの隙間から覗く瞳が、柔らかく細められる。
「……ふん。ポエティックな表現に逃げるのは感心しないけれど。その視点は、悪くないわね」
ヴィルは顔を背けると、日傘の影をななしの方へと少しだけ寄せた。
「アタシが一番嫌いなのは、自分の役割を軽んじて適当に過ごす人間よ。……アンタもそう。魔法が使えないからって、自分を観客だと思わないことね。アンタは、アタシの世界を記述する共犯者なんだから」
共犯者。
その言葉の重みが、ななしの胸に静かに沈み込む。
ヴィルは再び、整備場の奥へと歩き出した。その背中は太陽の光を浴びて、誰よりも気高く、そして孤独だった。
ななしはベンチに座り、まだ乾かない風の中で夢中で筆を走らせた。
『世界は、光を浴びる者だけで構成されているわけではない。影の中で、誰にも知られず爪を研ぐ者たちの静かな咆哮。ヴィル・シェーンハイトは、その一滴の汗すらも見逃さない。なぜなら、彼自身が誰よりも、その泥臭い努力の価値を知っているからだ――』
書き進めるほどに、ヴィル・シェーンハイトという人物の優しさの形が見えてくる。それは、甘やかすことではない。相手を対等なプロフェッショナルとして扱い、限界の先へと引きずり出す峻烈な愛だ。
レポートの文字が、夕暮れの光に染まっていく。ななしは、隣で指示を出し続けるヴィルの横顔を、もう一度だけ、こっそりと盗み見た。
各寮の代表選手たちが練習に励む中、ポムフィオーレ寮の寮長であるヴィルもまた、運営側との調整や寮生のコンディション管理で、分刻みのスケジュールをこなしていた。
「ななし、今日は外よ。……何、その間の抜けた顔。アタシが日焼け対策もせずに外に出るとでも思っているのかしら?」
ヴィルは日傘を差し、大きなサングラスの奥からななしを見下ろした。彼について向かったのは、コロシアムの裏手にある、選手たちの待機所兼、道具の整備場だった。
「アンタの今日の課題は、あそこを見ることよ」
ヴィルが指差したのは、マジフトのディスクを磨き、マシンの最終チェックを行っている数人の下級生たちだった。彼らは選手として選ばれたわけではない。いわば、華やかな舞台を裏で支える「無名の歯車」たちだ。
「いい、ななし。美しさというものは、舞台の上だけで完結するものじゃない。あの砂埃にまみれてディスクを磨く指先、潤滑油で汚れた作業着――それらが完璧に機能して初めて、主役は安心して光を浴びることができるの」
ヴィルはそう言うと、自らも整備場へと足を踏み入れた。
彼が近づくと、下級生たちは一様に緊張で背を正す。ヴィルは彼らの一人一人の作業を、いつもの厳しい審美眼で点検していった。
「そこのアンタ、右手の動きが雑よ。ディスクの表面に微かな曇りが残っている。そんなもので、アタシたちの魔法が正しく伝導するとでも思っているの?」
「す、すみません、寮長!」
「謝る暇があるなら、自分の仕事に誇りを持ちなさい。アンタのこの磨き一つが、試合の結果を左右するの。……やり直しよ」
ヴィルの叱責は容赦ない。けれど、ななしには分かっていた。
彼は彼らを見下しているのではない。裏方に徹する彼らにも、主役と同じだけの完璧さと美学を要求しているのだ。それはヴィルなりの、最大級の敬意の表れでもあった。
「ななし、あの子たちの表情をよく見なさい」
ヴィルが、ななしの隣に戻ってきて耳元で囁いた。
「叱られて、震えている。……けれど、その瞳には光が宿ったわ。自分が重要な何かを担っているという自覚。それが人を美しくさせるのよ。アンタのレポートには、これまで主役の輝きばかりが並んでいたけれど……今日、ここで見た泥の中の矜持を、どう言葉にするつもり?」
ななしは、ノートを握る手に力を込めた。
砂埃が舞い、機械の油の匂いが漂うこの場所は、ヴィルの美学とは正反対の場所だと思っていた。けれど今、目の前で必死にディスクを磨き直す少年たちの姿は、不思議と鏡の前でストイックに自分を追い込むヴィルの姿と重なって見えた。
「……ヴィル先輩。わたし、彼らのことを歯車とは書きたくないです」
ななしはおとなしめの声を、真っ直ぐにヴィルへと向けた。
「彼らは、光を作っている人たちです。ヴィル先輩がステージで輝くための、一番最初の魔法をかけている人たち……そう書きたいです」
ヴィルは一瞬、意外そうに目を見開いた。
サングラスの隙間から覗く瞳が、柔らかく細められる。
「……ふん。ポエティックな表現に逃げるのは感心しないけれど。その視点は、悪くないわね」
ヴィルは顔を背けると、日傘の影をななしの方へと少しだけ寄せた。
「アタシが一番嫌いなのは、自分の役割を軽んじて適当に過ごす人間よ。……アンタもそう。魔法が使えないからって、自分を観客だと思わないことね。アンタは、アタシの世界を記述する共犯者なんだから」
共犯者。
その言葉の重みが、ななしの胸に静かに沈み込む。
ヴィルは再び、整備場の奥へと歩き出した。その背中は太陽の光を浴びて、誰よりも気高く、そして孤独だった。
ななしはベンチに座り、まだ乾かない風の中で夢中で筆を走らせた。
『世界は、光を浴びる者だけで構成されているわけではない。影の中で、誰にも知られず爪を研ぐ者たちの静かな咆哮。ヴィル・シェーンハイトは、その一滴の汗すらも見逃さない。なぜなら、彼自身が誰よりも、その泥臭い努力の価値を知っているからだ――』
書き進めるほどに、ヴィル・シェーンハイトという人物の優しさの形が見えてくる。それは、甘やかすことではない。相手を対等なプロフェッショナルとして扱い、限界の先へと引きずり出す峻烈な愛だ。
レポートの文字が、夕暮れの光に染まっていく。ななしは、隣で指示を出し続けるヴィルの横顔を、もう一度だけ、こっそりと盗み見た。
