DESCRIPTIVE LENS
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レポートを書く時間は、いつしか課題ではなく習慣になっていた。
以前なら見過ごしていた違和感にも、自然と足が止まる。
「見ること」に慣れてきた証なのかもしれない。
その日の呼び出し先は、図書室ではなかった。
「今日はポムフィオーレへ来なさい」
短い連絡だけを受け取り、■■■は寮の談話室を訪れる。
扉を開けると、ヴィルは机いっぱいに積まれた書類へ目を通していた。
「相変わらず早いわね」
「こんにちは、ヴィル先輩」
「そこへ座りなさい」
向かいの席へ腰を下ろすと、机の上に小さなガラス瓶が置かれていることに気付く。
淡い紫色の液体が、光を受けて静かに揺れていた。
「気になる?」
ヴィルは書類から目を離さない。
「少しだけ」
「薬草の調合よ」
そう言って瓶を持ち上げる。
「合同演習で使う薬剤の試作品」
光へかざすと、液体の色がわずかに変わった。
「配合は悪くない。でも納得できないの」
「どうしてですか?」
「最後に少しだけ濁る」
「濁る?」
「何度やり直しても同じ」
ヴィルは瓶を見つめたまま答える。
悔しさを押し隠すような声だった。
「完璧に仕上げたつもりでも、最後の最後で思い通りにならないことがあるのよ」
静かな言葉だったが、その重みは伝わってくる。
「見てみなさい」
瓶を差し出される。
■■■は慎重に受け取り、光へ透かした。
確かに綺麗だ。
けれど、底のほうだけ少し色が違う。
「……本当に少しですね」
「ええ」
「でも、これくらいなら分からない人も多いと思います」
ヴィルは首を横へ振る。
「分からないから構わない、とは思えないの」
その答えに迷いはなかった。
「誰にも気付かれなくても、自分だけは知っている」
「ヴィル先輩……」
「アタシはそれを見逃せるほど器用じゃないのよ」
◇
しばらく沈黙が流れる。
■■■はもう一度瓶を眺めた。
「ヴィル先輩」
「何?」
「その濁りは、失敗なんでしょうか」
ヴィルは少し驚いたような顔をする。
「もちろん理想ではないわ」
「でも、何度も作り直した跡なんですよね」
「……そうね」
「だったら、そこにもヴィル先輩らしさがある気がします」
部屋が静かになる。
ヴィルは何も言わない。
■■■は続けた。
「完璧じゃないからといって、それは隠すものじゃないように思いました」
ヴィルは椅子から立ち上がる。
ゆっくりと■■■の隣まで歩いてくると、机へ片手をついた。
「前にも言ったでしょう。人は隠したいものばかり見つけるの」
■■■は思わず苦笑する。
「すみません」
「謝ることじゃないわ」
ヴィルも小さく笑った。
「少し困るだけ」
「困る?」
「アタシは、人に弱さを見せたくないの」
そう言って窓の外へ目を向ける。
「だから磨くのよ、誰にも隙を見せないために」
その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
「でも、ヴィル先輩が努力していることは、隠れていません」
「そう?」
「はい」
「映画研究会でも、図書室でも、誰かのために時間を使っているところを見ました」
ヴィルは振り返る。
「それも、美しさなんじゃないでしょうか」
言葉を選びながら続ける。
「完成しようとし続けているところがヴィル先輩らしいと思います」
その言葉を聞いたヴィルは、しばらく黙っていた。
やがて、小さく息をつく。
「アンタには敵わないわね」
「え?」
「そんなふうに言われるとは思っていなかったもの」
ヴィルは瓶をもう一度手に取る。
「……捨てるのはやめるわ」
「え?」
「まだ改良の余地がある」
瓶を光へかざし、穏やかに笑った。
「ここまで積み重ねたものまで否定する必要はないものね」
その言葉に、■■■も自然と笑みを浮かべた。
「その顔よ」
「え、顔?」
「今の笑顔」
ヴィルは少しだけ口角を上げる。
「最初に会った頃より、ずっといい」
思いがけない言葉に、■■■は目を丸くした。
「観察するだけじゃなく、ちゃんと自分の考えも言えるようになった」
「そうですか?」
「それはアンタ自身が積み重ねた結果よ」
褒められたことが照れくさくて、■■■は俯く。
ヴィルは机へ新しい羊皮紙を置いた。
「今日の課題」
「はい」
「この部屋のことを書きなさい」
「部屋、ですか?」
「ただ景色を書くんじゃない、ここで交わした言葉まで伝わるように」
「はい、やってみます」
■■■はペンを握る。
窓から差し込む夕暮れ。
机に積まれた書類。
何度も調合し直された薬草の瓶。
そして、そのどれにも妥協しないヴィル・シェーンハイト。
以前なら書けなかったものが、今は少しずつ言葉になっていく。
レポートはもう、出来事を並べるだけの記録ではない。
誰かが積み重ねた時間まで残すためのものへと変わり始めていた。