DESCRIPTIVE LENS
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翌日の放課後。
約束の時間より少し早く、■■■は図書室へ来ていた。
昨日書き直したレポートを何度も読み返しながら、落ち着かない気持ちでページをめくる。
「ずいぶん早いじゃない」
聞き慣れた声に顔を上げると、ヴィルが本を抱えて立っていた。
「待たせない相手は嫌いじゃないわ」
「こんにちは、ヴィル先輩」
「挨拶はいいから、見せてちょうだい」
■■■は少し緊張しながら、新しく書き直したレポートを差し出した。
ヴィルは静かに目を通していく。
ページをめくる音だけが、図書室に響いた。
「昨日よりずっといいわね」
「本当ですか」
「ええ」
ヴィルは視線を上げた。
「どうしてこう思ったの?」
■■■は少し考えてから答える。
「昨日、先輩に『世界を細かく見なさい』と言われて、帰り道に花壇を見ていたんです」
「それで?」
「いつもは綺麗だなって思うだけだったんですけど」
「……」
「昨日は、花びらが少しずつ色を変えているのが気になって……終わりに向かっている途中なんだって思ったら、そう見えました」
ヴィルはしばらく黙ったまま■■■を見つめる。
そして、小さく頷いた。
「ようやく見え始めたようね」
その言葉に、■■■はほっと息をつく。
「勘違いしないこと」
すぐにヴィルが付け加える。
「正解なんてないわ」
「正解、ですか?」
「自分で見つけたものを言葉にした。それが大事なのよ」
ヴィルは机の端に置いてあったティーカップへ手を伸ばした。
「アンタも飲みなさい」
「いいんですか?」
「アタシが淹れたハーブティーよ」
■■■は恐る恐る口をつける。
次の瞬間、思わず顔をしかめた。
「……苦い」
ヴィルが肩を揺らして笑う。
「正直でよろしい」
「飲めないほどじゃないですけど、あとからすごく残ります」
「その感覚を覚えておきなさい」
ヴィルは自分も一口飲む。
「文章も同じよ」
「同じ……ですか?」
「本当に心に残る文章は、あとになって効いてくるものなの」
■■■はもう一度カップを見る。
さっきより少しだけ香りの感じ方が違っていた。
「苦いだけじゃない気がします」
「何を感じたの?」
「少しだけ甘いというか……」
「後味でしょうね」
ヴィルは満足そうに頷く。
「最初の印象だけで決めつけないこと。それも観察よ」
◇
「■■■」
「はい」
「アンタはアタシをどう見ている?」
「えっ……」
「正直に答えなさい」
■■■は少し困ったように視線を落とす。
「すごく綺麗な人です」
「それだけ?」
「……厳しいです」
「まだ足りないわね」
ヴィルは腕を組んだ。
「綺麗で厳しい人なんて、誰でも書ける」
その言葉に、■■■は考え込む。
図書室の静けさが流れる。
昨日から今日までの出来事を思い返しながら、ようやく口を開いた。
「厳しいのに……ちゃんと最後まで見てくれる人です」
ヴィルの表情がほんの少しだけ動く。
「昨日も今日も、何度書き直しても帰りませんでした」
「途中で投げ出すくらいなら最初から引き受けないもの」
「だから、怖いけど安心できます」
言い終えると、■■■は少し照れたように俯いた。
ヴィルは小さく息をつく。
「アンタ、本当に変わったところを見ているのね」
「変ですか?」
「いいえ」
ヴィルはレポートを閉じた。
「悪くない視点よ」
◇
白紙の羊皮紙がもう一枚机に置かれる。
「今日も書くわよ」
「はい」
「テーマはアタシじゃない」
「違うんですか?」
「この図書室」
ヴィルは本棚へ目を向ける。
「音も、人も、本も、空気もある。その全部を書いてみなさい」
「全部ですか」
「全部書こうとしなくていいわ」
ヴィルは静かに微笑んだ。
「アンタにしか見えないものを書けばいい」
■■■はゆっくり頷く。
ペンを持つ手に、昨日ほどの迷いはなかった。
ヴィルは向かいの席で本を開く。
「一時間よ」
「はい」
「その間、アタシは何も言わない」
「……書いてみます」
紙に向かってペンを走らせる音が静かに響く。
言葉を探す作業は相変わらず難しい。
それでも昨日とは違っていた。
書けないのではなく、もっといい言葉を探したい。
そう思えるようになっていたからだ。
ヴィルは本を読みながら、ときおり視線だけを■■■へ向ける。
その様子に気づくたび、背筋が自然と伸びた。
放課後の図書室には、ページをめくる音とペンの音だけが穏やかに重なっていく。
その静かな時間は、少しずつ二人の信頼を育て始めていた。