DESCRIPTIVE LENS
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ナイトレイブンカレッジの図書室。
その最奥は、今日も静けさに包まれていた。
紙をなぞるペン先だけが、小さく音を刻んでいる。
「――見せてちょうだい」
凛とした声に、■■■の肩がぴくりと震えた。
恐る恐る顔を上げると、そこにはヴィル・シェーンハイトが立っている。
窓から差し込む夕暮れの光を背負った姿は、思わず見入ってしまうほど隙がない。
「……はい、ヴィル先輩」
差し出した羊皮紙を、ヴィルは受け取った。
学園長から課された課題『異世界から見た学園生活の記録』。
ヴィルは静かに読み進めていく。
数行目で、その眉がわずかに寄った。
「……ひどい出来ね」
紙を机へ戻し、ため息をひとつ。
その仕草さえ絵になるのに、口から出る言葉は容赦がない。
「グリムがインクをぶちまけたほうが、まだ見どころがあるわ」
「……すみません」
「この一文で何が伝わるの?」
ヴィルは指先でその箇所を軽く叩いた。
「アンタは何を見ていたの?」
■■■は言葉に詰まる。
「事実を書こうとしたんですけど、どう書けばいいのか分からなくて」
「それは事実じゃなく、ただ見落としているだけよ」
ヴィルは立ち上がり、ゆっくりと■■■の後ろへ回る。
肩越しに机を見下ろされるだけで、自然と背筋が伸びた。
「世界はもっと細かくできているわ」
静かな声だった。
だからこそ、一言一言が胸へ刺さる。
「目に映るものを、そのまま並べればいいわけじゃない。そこにある空気も人の表情も言葉にならない間も、全部含めて出来事なの」
ヴィルはレポートの一節をなぞる。
「『放課後の廊下は少し騒がしかった』この一文なら、誰にでも書ける」
そう言って顔を上げた。
「アンタだから書けることは何?」
問い返されても答えは浮かばず、ただ沈黙が流れる。
やがてヴィルは、少しだけ声を和らげた。
「アンタは魔法が使えない」
「……はい」
「だからこそ、魔法に慣れきったアタシたちが見落としているものを見られるはずよ」
その言葉に、■■■はゆっくりと顔を上げた。
「異世界から来たアンタの視点には価値がある。それを、自分で安くしないことね」
ヴィルは■■■の手からペンを取り、持ち方を整えるように握らせ直した。
「書き直しよ」
「今からですか?」
「当然でしょう」
即答だった。
「中途半端なものを提出するくらいなら、一枚でも納得できる文章を書きなさい」
ヴィルは空いている席へ腰掛ける。
「今日は付き合ってあげる」
「ヴィル先輩が……ですか?」
「何か不満?」
「い、いえ!」
慌てて首を振ると、ヴィルは小さく笑った。
「なら始めなさい」
白紙の羊皮紙が机へ置かれる。
「まずは最初の一文を書き直すところから」
■■■は深呼吸し、ペン先を紙へ落とした。
書いては止まり、また消す。
そのたびにヴィルは短く助言をくれる。
「その言葉じゃ弱い」
「そこは見たことを書く」
「誰の気持ちか決めつけない」
「もっと、自分の目で見たものを信じなさい」
厳しい。
けれど、一度も頭ごなしには否定しなかった。
何度も書き直すうち、不思議と景色の見え方が変わっていく。
ただ騒がしいと思っていた廊下にも、笑う声や足音、急ぐ人、立ち止まる人、それぞれの時間が流れていた。
「……書けました」
おずおずと差し出す。
ヴィルは最後まで読み終えると、ふっと息をついた。
「まだ甘いわね」
心臓が跳ねる。
しかし次の言葉は、少しだけ柔らかかった。
「でも、最初よりずっといいわ」
その一言だけで、胸の奥が温かくなる。
ヴィルは羊皮紙を返した。
「アンタには伸びる余地がある」
「……ありがとうございます」
「勘違いしないで」
ヴィルは腕を組む。
「褒めたんじゃない。期待しただけよ」
そう言って立ち上がる。
「明日も同じ時間に来なさい」
「え?」
「続きをやるわ」
驚く■■■に、ヴィルは当然と言わんばかりの表情を向けた。
「アタシが中途半端で終わらせると思った?」
「……いいえ」
「なら決まりね」
ヴィルは本を抱え、出口へ向かう。
途中で足を止めると、振り返らずに言った。
「次は、今日より少しだけ世界を細かく見てきなさい」
そのまま図書室を後にする。
静寂が戻る中、■■■は書き直したレポートを見つめた。
同じ出来事を書いたはずなのに、最初の原稿とはまるで違う。
ヴィルが見ている世界を、ほんの少しだけ覗けた気がした。
その日から放課後の図書室は、■■■にとって学園でいちばん言葉と向き合う場所になっていく。
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