DESCRIPTIVE LENS
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ナイトレイブンカレッジの図書室、その最奥。静寂が支配する空間に、カリカリとペンが走る音だけが規則正しく響いていた。
「――そこまで。見せてちょうだい」
不意に投げかけられた、凛とした響き。
ななしは、緊張で強張っていた肩をさらに跳ねさせた。
恐る恐る視線を上げれば、そこには一点の曇りもない美しさが鎮座している。ポムフィオーレ寮の寮長、ヴィル・シェーンハイト。夕闇が差し込む窓を背負った彼は、まるで額縁に収められた名画のような神々しさを放っていた。
「……はい、ヴィル先輩」
ななしがおずおずと差し出した羊皮紙を、ヴィルは手袋をはめた指先で受け取る。それは学園長から課された「異世界から見た学園生活の記録」というレポートだった。
ヴィルの眉が、数行読み進めたところで僅かに寄せられる。
「……酷いわね。これなら、グリムにインクをぶちまけさせた方が、まだマシな前衛芸術になるわ」
溜息すらも優雅だが、言葉の内容は鋭い。ヴィルは羊皮紙を机に置くと、冷ややかな視線でななしを射抜いた。
「この『賑やかだった』という一言で、何が伝わると言うのかしら? その場にいたのは誰? 空気の密度は? 混ざり合った感情の色は? ……アンタ、魔法が使えないだけでなく、物事を見る解像度まで欠落しているの?」
「すみません。ただ、事実をありのままに書こうとすると……言葉が見つからなくて」
ななしが消え入りそうな声で答えると、ヴィルは椅子から立ち上がり、ゆっくりとななしの背後に回った。微かに香る、厳選された香料の匂い。彼が肩越しに机を覗き込むと、逃げ場のない圧迫感が室温を数度下げたように感じられた。
「ありのまま? 笑わせないで。アンタの言うそれは、ただの怠慢よ」
ヴィルの細い指が、レポートの一節――『放課後の廊下は少し騒がしかった』という部分を指差す。
「世界はもっと残酷で、もっと緻密に構成されているわ。それを記述する言葉を選び抜かないのは、自分の人生を雑に扱っているのと同じこと。アタシの前に出す書類なら、それ相応の矜持を持ちなさい」
ななしは息を呑んだ。ヴィルにとって世界はこれほどまでに鮮烈で、情報の奔流に満ちているのだ。美しくあるために、彼は常にこの過剰な情報と戦い、整理し、統治している。
ヴィルはななしの椅子の背を掴み、自分の方へとわずかに向かせた。至近距離で見つめるその瞳は、とても鋭く深い。
「ななし、アンタがこの学園に『異分子』として存在する意義は、魔法が使えないことじゃないわ。魔法に染まっていないその瞳で、アタシたちが当たり前だと思っている歪みを記述することにあるのよ」
彼はななしの手にあったペンを取り上げると、指先に力を込めさせて握らせ直した。
「……書き直しよ。アンタがアタシの内面を、あるいはこの学園の影を、正しく形容できるまで。アタシが付き合ってあげるわ」
それは教育という名の支配であり、救済という名の執着の始まりだった。ヴィル・シェーンハイトという完璧な鏡に、自分の拙い言葉がどう写るのか。ななしは震える手で、真っ白な次の羊皮紙にペン先を落とした。
「――そこまで。見せてちょうだい」
不意に投げかけられた、凛とした響き。
ななしは、緊張で強張っていた肩をさらに跳ねさせた。
恐る恐る視線を上げれば、そこには一点の曇りもない美しさが鎮座している。ポムフィオーレ寮の寮長、ヴィル・シェーンハイト。夕闇が差し込む窓を背負った彼は、まるで額縁に収められた名画のような神々しさを放っていた。
「……はい、ヴィル先輩」
ななしがおずおずと差し出した羊皮紙を、ヴィルは手袋をはめた指先で受け取る。それは学園長から課された「異世界から見た学園生活の記録」というレポートだった。
ヴィルの眉が、数行読み進めたところで僅かに寄せられる。
「……酷いわね。これなら、グリムにインクをぶちまけさせた方が、まだマシな前衛芸術になるわ」
溜息すらも優雅だが、言葉の内容は鋭い。ヴィルは羊皮紙を机に置くと、冷ややかな視線でななしを射抜いた。
「この『賑やかだった』という一言で、何が伝わると言うのかしら? その場にいたのは誰? 空気の密度は? 混ざり合った感情の色は? ……アンタ、魔法が使えないだけでなく、物事を見る解像度まで欠落しているの?」
「すみません。ただ、事実をありのままに書こうとすると……言葉が見つからなくて」
ななしが消え入りそうな声で答えると、ヴィルは椅子から立ち上がり、ゆっくりとななしの背後に回った。微かに香る、厳選された香料の匂い。彼が肩越しに机を覗き込むと、逃げ場のない圧迫感が室温を数度下げたように感じられた。
「ありのまま? 笑わせないで。アンタの言うそれは、ただの怠慢よ」
ヴィルの細い指が、レポートの一節――『放課後の廊下は少し騒がしかった』という部分を指差す。
「世界はもっと残酷で、もっと緻密に構成されているわ。それを記述する言葉を選び抜かないのは、自分の人生を雑に扱っているのと同じこと。アタシの前に出す書類なら、それ相応の矜持を持ちなさい」
ななしは息を呑んだ。ヴィルにとって世界はこれほどまでに鮮烈で、情報の奔流に満ちているのだ。美しくあるために、彼は常にこの過剰な情報と戦い、整理し、統治している。
ヴィルはななしの椅子の背を掴み、自分の方へとわずかに向かせた。至近距離で見つめるその瞳は、とても鋭く深い。
「ななし、アンタがこの学園に『異分子』として存在する意義は、魔法が使えないことじゃないわ。魔法に染まっていないその瞳で、アタシたちが当たり前だと思っている歪みを記述することにあるのよ」
彼はななしの手にあったペンを取り上げると、指先に力を込めさせて握らせ直した。
「……書き直しよ。アンタがアタシの内面を、あるいはこの学園の影を、正しく形容できるまで。アタシが付き合ってあげるわ」
それは教育という名の支配であり、救済という名の執着の始まりだった。ヴィル・シェーンハイトという完璧な鏡に、自分の拙い言葉がどう写るのか。ななしは震える手で、真っ白な次の羊皮紙にペン先を落とした。
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