虚像ダイヤモンド
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昨夜の熱情が嘘のように、窓の外からは鳥のさえずりが聞こえてくる。
ハーツラビュル寮の、いつもと変わらない朝。けれど、ケイト先輩の部屋の空気だけは、まだ夜の濃密な気配を孕んだまま淀んでいた。
「……おはよ。、ななしちゃん」
隣で目覚めたケイト先輩は、乱れた髪のまま、少しだけ気まずそうに、けれど離したくないというように私の腰に腕を回して引き寄せる。その肌はまだ驚くほど熱く、昨夜刻まれた首筋の痕がズキズキと甘い痛みを訴えていた。
「……おはようございます、ケイト先輩」
「……起きたら何かと理由つけられて、逃げられたらどうしようって思ってた。……君、おとなしいのにたまに大胆なことするからさ」
彼は自嘲気味に笑い、私の肩に額を預けた。
鏡のような笑顔を失った彼は、どこまでも脆い。
ダイヤモンドは、その純度が高ければ高いほど価値があるけれど、天然の石には必ず内包物と呼ばれる傷や不純物が混じっている。
それが、今のケイト先輩のようだった。
「……逃げませんよ。私、本物の先輩がいいって言いました」
「……本物のオレね。……ねえ、ななしちゃん。オレ、ずっと怖かったんだよね。誰かに『本当の君はどうなの?』って聞かれるのが。……だって、中身なんて、何もないんだもん」
彼は静かに語り始めた。
何度も転校を繰り返し、そのたびに「新しい場所で上手くやるための自分」を作り替えてきたこと。周囲の機嫌を損ねないように、求められる自分を演じ続けてきたこと。
そうして磨き上げた「ケイト・ダイヤモンド」という偶像が完璧になればなるほど、本物の彼は、暗い部屋で激辛のタブレットを噛み砕くだけの、無価値な存在に成り下がっていったこと。
「……みんなが好きなのは、オレじゃなくて、オレが作ったフィルターなんだよ。……君だって、いつかこの暗い部屋のオレに飽きて、分身の方が良かったって言い出すんじゃないかって……今も、すごく怖い」
「……」
「魔法で自分を増やして、適当に笑って。そうやって自分を切り売りして、ようやくオレでいられる。……そんな中身のない男、君の人生には必要ないでしょ?」
彼は私の手を離し、自ら距離を置こうとした。捨てられる前に、自分から。それが彼の、長年培ってきた防衛本能なのだろう。
私は、逃げようとする彼の背中にそっと手を回した。
薄いシャツ越しに伝わる、彼の心臓の鼓動。
「……先輩は、空っぽじゃないです」
「……気休めはいいよ」
「気休めじゃないです。……だって、空っぽな人は、こんなに熱い体温を持ってないし、こんなに寂しそうな声で笑いません。先輩の中に、ずっと閉じ込められていた本物が今、私に触れてるじゃないですか」
私は彼の背中に顔を押し当てて、言葉を続ける。
「ダイヤモンドの中にある傷は、その石が本物である証拠だって聞いたことがあります。……私は、完璧で傷一つない分身の先輩より、傷だらけで、本当は甘いものが嫌いで、私に意地悪なことを言う……本物のケイト先輩が、世界で一番愛おしいです」
「……ななしちゃん……」
ケイト先輩の身体から、ふっと力が抜けた。
彼はゆっくりと振り返り、私の顔をじっと見つめる。その瞳には、昨夜のような飢えた色ではなく、初めて見る安堵が滲んでいた。
「……本当に、君は……計算外のことばっかり」
彼は私の頬を両手で包み、壊れ物を扱うように優しく、けれど深く口づけた。それは、偽りの自分を演じるための儀式ではなく、本当の自分をようやく受け入れてもらえた少年が捧げる、祈りのようなキスだった。
「……決めた。……もう、分身に君の相手はさせない。……嫉妬で狂いそうになるのも、君のことで頭がいっぱいになるのも……全部、オレ一人で抱えることにする」
そう言って笑った彼の顔は、どんなマジカメの投稿よりも眩しく輝いて見えた。
ハーツラビュル寮の、いつもと変わらない朝。けれど、ケイト先輩の部屋の空気だけは、まだ夜の濃密な気配を孕んだまま淀んでいた。
「……おはよ。、ななしちゃん」
隣で目覚めたケイト先輩は、乱れた髪のまま、少しだけ気まずそうに、けれど離したくないというように私の腰に腕を回して引き寄せる。その肌はまだ驚くほど熱く、昨夜刻まれた首筋の痕がズキズキと甘い痛みを訴えていた。
「……おはようございます、ケイト先輩」
「……起きたら何かと理由つけられて、逃げられたらどうしようって思ってた。……君、おとなしいのにたまに大胆なことするからさ」
彼は自嘲気味に笑い、私の肩に額を預けた。
鏡のような笑顔を失った彼は、どこまでも脆い。
ダイヤモンドは、その純度が高ければ高いほど価値があるけれど、天然の石には必ず内包物と呼ばれる傷や不純物が混じっている。
それが、今のケイト先輩のようだった。
「……逃げませんよ。私、本物の先輩がいいって言いました」
「……本物のオレね。……ねえ、ななしちゃん。オレ、ずっと怖かったんだよね。誰かに『本当の君はどうなの?』って聞かれるのが。……だって、中身なんて、何もないんだもん」
彼は静かに語り始めた。
何度も転校を繰り返し、そのたびに「新しい場所で上手くやるための自分」を作り替えてきたこと。周囲の機嫌を損ねないように、求められる自分を演じ続けてきたこと。
そうして磨き上げた「ケイト・ダイヤモンド」という偶像が完璧になればなるほど、本物の彼は、暗い部屋で激辛のタブレットを噛み砕くだけの、無価値な存在に成り下がっていったこと。
「……みんなが好きなのは、オレじゃなくて、オレが作ったフィルターなんだよ。……君だって、いつかこの暗い部屋のオレに飽きて、分身の方が良かったって言い出すんじゃないかって……今も、すごく怖い」
「……」
「魔法で自分を増やして、適当に笑って。そうやって自分を切り売りして、ようやくオレでいられる。……そんな中身のない男、君の人生には必要ないでしょ?」
彼は私の手を離し、自ら距離を置こうとした。捨てられる前に、自分から。それが彼の、長年培ってきた防衛本能なのだろう。
私は、逃げようとする彼の背中にそっと手を回した。
薄いシャツ越しに伝わる、彼の心臓の鼓動。
「……先輩は、空っぽじゃないです」
「……気休めはいいよ」
「気休めじゃないです。……だって、空っぽな人は、こんなに熱い体温を持ってないし、こんなに寂しそうな声で笑いません。先輩の中に、ずっと閉じ込められていた本物が今、私に触れてるじゃないですか」
私は彼の背中に顔を押し当てて、言葉を続ける。
「ダイヤモンドの中にある傷は、その石が本物である証拠だって聞いたことがあります。……私は、完璧で傷一つない分身の先輩より、傷だらけで、本当は甘いものが嫌いで、私に意地悪なことを言う……本物のケイト先輩が、世界で一番愛おしいです」
「……ななしちゃん……」
ケイト先輩の身体から、ふっと力が抜けた。
彼はゆっくりと振り返り、私の顔をじっと見つめる。その瞳には、昨夜のような飢えた色ではなく、初めて見る安堵が滲んでいた。
「……本当に、君は……計算外のことばっかり」
彼は私の頬を両手で包み、壊れ物を扱うように優しく、けれど深く口づけた。それは、偽りの自分を演じるための儀式ではなく、本当の自分をようやく受け入れてもらえた少年が捧げる、祈りのようなキスだった。
「……決めた。……もう、分身に君の相手はさせない。……嫉妬で狂いそうになるのも、君のことで頭がいっぱいになるのも……全部、オレ一人で抱えることにする」
そう言って笑った彼の顔は、どんなマジカメの投稿よりも眩しく輝いて見えた。
