虚像ダイヤモンド
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昨夜の出来事が嘘のように、窓の外からは穏やかな朝の気配が届いていた。
ハーツラビュル寮の変わらない朝。
けれどケイトの部屋だけは、まだどこか夜の余韻を残していた。
「……おはよ、■■■ちゃん」
隣で目を覚ましたケイトは、少し乱れた髪のまま、どこか困ったように笑った。
いつもの明るい笑顔とは違う。
どう接すればいいのかわからないような、不器用な表情だった。
それでも離れることをためらうように、そっと■■■の手を握っている。
「おはようございます、ケイト先輩」
「起きたら、やっぱり夢だったって言われるかと思ってた」
「え……?」
「昨日のこと」
ケイトが視線を落とす。
「オレが面倒なことばっか言って、困らせたし」
「そんなことないです」
「君、優しいから。無理して合わせてくれてるだけだったらどうしようって」
「……逃げませんよ」
■■■は迷わず答えた。
「私、本物の先輩がいいって言いました」
「……本物のオレ、か」
しばらく沈黙したあと、静かに続けた。
「ねえ、■■■ちゃん」
「なんですか?」
「オレ、ずっと怖かったんだと思う」
「怖かった、ですか?」
「だってさ、答えられなかったから」
「……」
「オレ自身が、一番オレのことわかってなかったんだよね」
ケイトはゆっくりと話し始めた。
新しい環境に馴染むために、相手が望む自分を探してきたこと。
誰かを困らせないように、嫌われないように、いつも周囲を見ながら振る舞ってきたこと。
そうして作り上げたケイト自身。
けれどその分だけ、作っていない自分を見せる場所がなくなっていた。
「みんなが好きなのって、オレ自身が勝手に作り上げた方のオレなんじゃないかなって思う時がある」
「……」
「分身を作れば、簡単なんだよ。みんなが喜ぶことをするオレを増やせばいい」
ケイトは自嘲するように笑う。
「そうしたら、本物のオレがどうしようもなくても、誰にも迷惑かけない」
「……」
「でも、君が本物のオレを好きって言ってくれるなんて思わなかった」
彼は握っていた手をゆっくり離した。
まるで、これ以上近づく前に距離を取ろうとするように。
「……やっぱり変だよね、こんな面倒くさい奴」
「そんなことないです」
「そのうち、君も分身の方がいいって思うかもしれない」
それは拒絶ではなかった。
捨てられる前に、自分から諦めようとする癖。
長い間、彼自身を守ってきた方法だった。
「ケイト先輩」
■■■はそっと彼の背中へ手を伸ばした。
離れようとする彼を、今度は自分から引き止める。
「……先輩は空っぽじゃないです」
「それって慰め?」
「違います。空っぽな人は、こんなに悩んだりしません」
「……」
「こんなに誰かのことを考えて、自分を責めたりしません」
ケイトは黙ったまま聞いていた。
「ダイヤモンドって、傷や内包物があるものも、本物だからこその特徴だって聞いたことがあります」
「……」
「完璧に見える分身の先輩も、もちろん素敵です。でも――」
■■■はケイトの目を見る。
「私は、悩んだり、意地を張ったり、不器用なところがある、本物のケイト先輩が好きです」
「……■■■ちゃん」
ケイト先輩の表情がゆっくり崩れる。
強がるような笑顔でもない。
作った表情でもない、ただ安心したような顔だった。
「……本当に君って、予想外のことばっかするよね」
「そうですか?」
「そうだよ」
彼は■■■の頬へそっと触れる。
今まで誰かへ向けるために作っていた優しさではなく、自分の意思で伝えるような触れ方だった。
「もう決めた、分身に任せるのやめる。嫉妬する時も面倒くさい時も格好悪いところも」
少し照れたように笑う。
「全部、オレ自身で君と向き合う」
その笑顔は、マジカメに投稿されたどんな写真よりも自然だった。
誰かに見せるためではない本当の笑顔だった。