虚像ダイヤモンド
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……最悪だよ」
ケイトは顔を覆ったまま、小さく笑うように呟いた。
その声はひどく掠れている。
重たい沈黙が部屋を満たしていた。
いつもなら軽く受け流してしまう彼が、今は壊れたように同じ言葉を繰り返している。
「……何が、ですか」
静かに問いかける。
ケイトはしばらく黙ったまま息を吐き、それからようやく口を開いた。
「全部」
「……」
「君がオレにそんなこと言うことも、そんな目で見られることも」
ケイトは自嘲するように肩をすくめた。
「全部、最悪」
ゆっくりと顔を覆っていた手を下ろす。
そこにいたのは、いつもの華やかな笑顔でも冷たい仮面でもなかった。
疲れ切った一人の少年だった。
「ねぇ、オレん家のことって話したっけ?」
「……いいえ」
「そうだよね」
苦く笑う。
「オレの家、姉ちゃんたちが強烈でさ」
ケイトは部屋の奥へ歩きながら続けた。
「小さい頃から、相手が何を望んでるかばっか考えて生きてきた」
デスクの上へ手を伸ばす。
転がっていたリングライトを起こすと、白い光が部屋へ広がった。
その光は冷たく、彼の表情を平坦に照らし出す。
「こうすれば怒られない、こう振る舞えば丸く収まる。そんなことばっか繰り返してたら、本物のオレなんて、どっかいなくなっちゃった」
静かな声だった。
「だから分身を使う」
ケイトはリングライトへ目を向けたまま続ける。
「誰も困らないし、むしろ喜ばれる。本物のオレはここで辛いもの食べてればいい」
「でもそれは……」
「その間に分身がみんなと笑って、■■■ちゃんも幸せにする。合理的でしょ」
「……合理的じゃありません」
■■■は一歩近づく。
今までなら飲み込んでいた言葉だった。
機嫌を損ねないよう笑って誤魔化していたはずだった。
それでも今日は、震える彼の指先から目を逸らせなかった。
「分身の先輩は優しいです」
■■■はゆっくり言葉を重ねる。
「紅茶のことも覚えてくれていて、私が疲れている時も、すぐ気付いてくれる。本当に完璧でした」
ケイトは何も言わない。
「でも、あの人たちは、私の名前を呼ぶ時、寂しそうな顔はしません」
「……え?」
「渡り廊下で会った先輩は、私の名前を呼んだあと、ほんの少しだけ、泣きそうでした。それが、本物の先輩だったんですよね」
息をのむ音が聞こえた。
ケイトは自分の胸元を指差し、小さく笑う。
「……見間違いだ」
「そんなことないです」
■■■は言葉を重ねる。
今度は迷わなかった。
「だって今、私の前にいる先輩はすごく苦しそうじゃないですか」
そっと手を伸ばす。
冷えた彼の手を両手で包み込んだ。
その冷たさに、少しだけ胸が痛む。
「甘いものが苦手でも、人の顔色ばかり見てしまっても」
指先へ少しだけ力を込める。
「私は、目の前にいるケイト先輩がいいです」
■■■の声が震える。
「だから、分身の先輩たちに私を預けないでください」
「……■■■ちゃん」
ケイトの指先がかすかに震えた。
一度は手を引こうとするが、力は入らずそのまま逆に強く握り返してきた。
「……ダメだよ、本物のオレは」
ケイトは小さく笑う。
「君が思ってるより独占欲強いし、面倒くさいし、一回捕まえたら簡単には放してあげられない」
その言葉に、■■■は小さく微笑んだ。
「そんなの、望むところです」
その一言で、彼の表情が崩れた。
張りつめていたものが、一気にほどけていく。
目元が震え、一筋の涙が静かに頬を伝った。
「……ああ」
掠れた息が漏れる。
そのままケイトは崩れるように■■■を抱き寄せた。
肩へ顔を埋める。
腕に込められた力は強く、不器用で必死だった。
分身たちの優しい抱擁とは違う。
失いたくないものをようやく抱きしめたような、切実な温もりがあった。
「……マジでカッコつかないなあ」
「カッコつけなくていいじゃないですか」
「本当、最悪」
その声は泣き笑いのように震えていた。
「ほんと、君ってば……」
最後まで言葉は続かなかった。
部屋の隅で点いたままだったリングライトが、小さく音を立てて消える。
光の消えた部屋の中で。
二人はようやく、レンズ越しではない鼓動を静かに確かめ合っていた。