虚像ダイヤモンド
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「……最悪、だよ。ななしちゃん」
ケイト先輩は顔を覆ったまま、絞り出すような声で繰り返した。
部屋を満たしているのは重苦しい沈黙。いつもなら軽く流すはずの彼が、今は壊れたように同じ言葉を零している。
「……何が、ですか?」
「全部だよ。……君がオレを『痛い』なんて言うことも。……そんな同情みたいな目で、オレを見ること自体がさ」
彼はゆっくりと手を退けた。
そこに現れたのはマジカメで見せる完璧な光沢も、私を突き放していた冷徹さもない。ただひどく疲れ切った一人の少年の顔だった。
「ねえ、知ってる? オレの家族のこと。……あ、言ったことないっけ。姉ちゃんずたちが強烈でさー、オレ、ずっとその影で上手くやることだけを覚えてきたんだよね」
彼はフラフラとした足取りでデスクに戻り、転がっていたリングライトに手をかけた。撮影用の白い光が彼の顔を無機質に照らし出す。
「相手が何を求めてるか、どう振る舞えば波風が立たないか。それを繰り返してたら、いつの間にか本物のオレなんて、どこにもいなくなっちゃった」
「……」
「魔法で自分を増やしても、誰も困らない。むしろ喜ばれる。……本物のオレがここに一人で引きこもって、激辛のポテチ食べてる間に、分身のオレがみんなと仲良くして君を幸せにする。……ねえ、合理的でしょ?」
彼は無理やり口角を上げ、歪な笑みを作った。
でも、その瞳は全く笑っていない。
光を放つのは中に何も詰まっていないからだ。ただ光を反射しているだけ。彼は自分自身がその「空っぽな多面体」であることを、何よりも恐れていた。
「……先輩は、合理的じゃないです」
私は一歩、彼に近づいた。
いつもの私なら、ここで言葉を飲み込んで彼の機嫌を損ねないように笑って誤魔化しただろう。でも、今の彼の震える指先を見ていたら遠慮なんてしていられなかった。
「分身の先輩は、確かに完璧です。優しくて、可愛くて、私の大好きな紅茶も知ってる。……でもあの子たちは、私の名前を呼ぶ時に、少しだけ寂しそうな顔をしない」
「……え?」
「さっき、渡り廊下で会った先輩は……私の名前を呼んだあと、ほんの一瞬だけ、泣きそうな目をしていました。……それが、本物の先輩ですよね?」
ケイト先輩が息を呑む音が聞こえた。
彼は鏡を見るように、自分の胸元を自嘲気味に指差す。
「……そんなの、見間違いだよ。オレにそんな、人間らしい感情なんて……」
「あります。……ありますよ、ケイト先輩。……だって、今、私の前でそんなに苦しそうな顔をしてるじゃないですか」
私は彼の冷えた手を両手で包み込んだ。
いつも人の顔色を伺ってばかりの私の精一杯の反抗。
「甘いものが嫌いでも、人の顔色ばかり気にしているのも、表と裏がある性格も……私は、目の前にいる、ケイト先輩がいいんです。……分身の子たちに、私を預けないでください」
「……ななしちゃん……」
ケイト先輩の指がピクリと動いた。
彼は私の手を振り払おうとして……けれど力が入らないのか、逆に私の手を強く握り返した。
「……ダメだよ。……本物のオレは、君が思ってるよりずっと独占欲が強くて、面倒くさくて……一度捕まえたら、マジカメのフォロワーみたいに簡単には外してあげないよ?」
「……望むところです」
私の言葉を聞いた瞬間。
ケイト先輩の目から一筋の光が零れた。
ダイヤモンドの仮面が音を立てて砕け散った瞬間だった。
彼はそのまま崩れ落ちるように私を抱きしめた。
肩に沈められた彼の顔から熱い温度が伝わってくる。
「……あーあ……マジで、カッコつかない。……最悪。……本当に、君ってば……」
震える声で何度も呟きながら彼は私の背中に腕を回した。
それは分身たちの優しい抱擁とは違う、骨が軋むほどに強く、必死で、生々しい執着に満ちた抱擁だった。
部屋の隅で出しっぱなしだったリングライトがパチリと音を立てて消えた。完全な暗闇の中で私たちはようやく、レンズを通さないお互いの鼓動を確かめ合っていた。
ケイト先輩は顔を覆ったまま、絞り出すような声で繰り返した。
部屋を満たしているのは重苦しい沈黙。いつもなら軽く流すはずの彼が、今は壊れたように同じ言葉を零している。
「……何が、ですか?」
「全部だよ。……君がオレを『痛い』なんて言うことも。……そんな同情みたいな目で、オレを見ること自体がさ」
彼はゆっくりと手を退けた。
そこに現れたのはマジカメで見せる完璧な光沢も、私を突き放していた冷徹さもない。ただひどく疲れ切った一人の少年の顔だった。
「ねえ、知ってる? オレの家族のこと。……あ、言ったことないっけ。姉ちゃんずたちが強烈でさー、オレ、ずっとその影で上手くやることだけを覚えてきたんだよね」
彼はフラフラとした足取りでデスクに戻り、転がっていたリングライトに手をかけた。撮影用の白い光が彼の顔を無機質に照らし出す。
「相手が何を求めてるか、どう振る舞えば波風が立たないか。それを繰り返してたら、いつの間にか本物のオレなんて、どこにもいなくなっちゃった」
「……」
「魔法で自分を増やしても、誰も困らない。むしろ喜ばれる。……本物のオレがここに一人で引きこもって、激辛のポテチ食べてる間に、分身のオレがみんなと仲良くして君を幸せにする。……ねえ、合理的でしょ?」
彼は無理やり口角を上げ、歪な笑みを作った。
でも、その瞳は全く笑っていない。
光を放つのは中に何も詰まっていないからだ。ただ光を反射しているだけ。彼は自分自身がその「空っぽな多面体」であることを、何よりも恐れていた。
「……先輩は、合理的じゃないです」
私は一歩、彼に近づいた。
いつもの私なら、ここで言葉を飲み込んで彼の機嫌を損ねないように笑って誤魔化しただろう。でも、今の彼の震える指先を見ていたら遠慮なんてしていられなかった。
「分身の先輩は、確かに完璧です。優しくて、可愛くて、私の大好きな紅茶も知ってる。……でもあの子たちは、私の名前を呼ぶ時に、少しだけ寂しそうな顔をしない」
「……え?」
「さっき、渡り廊下で会った先輩は……私の名前を呼んだあと、ほんの一瞬だけ、泣きそうな目をしていました。……それが、本物の先輩ですよね?」
ケイト先輩が息を呑む音が聞こえた。
彼は鏡を見るように、自分の胸元を自嘲気味に指差す。
「……そんなの、見間違いだよ。オレにそんな、人間らしい感情なんて……」
「あります。……ありますよ、ケイト先輩。……だって、今、私の前でそんなに苦しそうな顔をしてるじゃないですか」
私は彼の冷えた手を両手で包み込んだ。
いつも人の顔色を伺ってばかりの私の精一杯の反抗。
「甘いものが嫌いでも、人の顔色ばかり気にしているのも、表と裏がある性格も……私は、目の前にいる、ケイト先輩がいいんです。……分身の子たちに、私を預けないでください」
「……ななしちゃん……」
ケイト先輩の指がピクリと動いた。
彼は私の手を振り払おうとして……けれど力が入らないのか、逆に私の手を強く握り返した。
「……ダメだよ。……本物のオレは、君が思ってるよりずっと独占欲が強くて、面倒くさくて……一度捕まえたら、マジカメのフォロワーみたいに簡単には外してあげないよ?」
「……望むところです」
私の言葉を聞いた瞬間。
ケイト先輩の目から一筋の光が零れた。
ダイヤモンドの仮面が音を立てて砕け散った瞬間だった。
彼はそのまま崩れ落ちるように私を抱きしめた。
肩に沈められた彼の顔から熱い温度が伝わってくる。
「……あーあ……マジで、カッコつかない。……最悪。……本当に、君ってば……」
震える声で何度も呟きながら彼は私の背中に腕を回した。
それは分身たちの優しい抱擁とは違う、骨が軋むほどに強く、必死で、生々しい執着に満ちた抱擁だった。
部屋の隅で出しっぱなしだったリングライトがパチリと音を立てて消えた。完全な暗闇の中で私たちはようやく、レンズを通さないお互いの鼓動を確かめ合っていた。
