虚像ダイヤモンド
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あの日以来、ケイト先輩は以前よりもずっと「完璧な恋人」として振る舞うようになった。まるで、あのカードに書き殴られた本音を見られたことを、ペンキで塗り潰そうとしているみたいに。
「あ、ななしちゃん! ヤッホー、今日も可愛いね」
中庭を歩いていると、噴水のそばで友だちと話していたケイト先輩が、大きく手を振って駆け寄ってきた。その足取りは軽く、表情は春の陽だまりのように明るい。
「こんにちは、ケイト先輩」
「これから図書室? 頑張るね〜。あ、これ差し入れ! さっき購買で新作のデニッシュ見つけてさ。ななしちゃんにぴったりだと思って」
手渡されたのは、たっぷりのカスタードとフルーツが乗った、見るからに甘そうなデニッシュ。彼は「オレもさっき食べたけど、マジで美味しかったよ♪」と笑って、私の頭をポンと撫でて去っていった。
……けれど。
私は、受け取ったデニッシュを見つめて、小さく首を傾げる。
昨日の放課後、彼と一緒にいた時。彼はマジカメ用に買ったパンケーキを、一口だけ口に運んで「最高〜!」と自撮りした後、私が見ていないと思った瞬間に、ひどく苦そうに喉に流し込んでいた。
(ケイト先輩、甘いもの……苦手なんじゃ……)
遠慮がちな私の性格では、それを直接問い詰めることはできない。けれど、彼が「好き」だと偽っているものが、私の手の中で重たく感じられた。
その直後だった。
「……はぁ」
図書室へ向かう渡り廊下。
曲がり角の影から、聞いたこともないような重苦しい、地を這うようなため息が聞こえた。
反射的に足を止める。隙間から覗いた先にいたのは、さっき中庭で別れたはずのケイト先輩だった。
(えっ……? でも、先輩はさっき中庭に……)
そこにいた彼は壁にもたれかかり、重く暗い表情で地面を見つめていた。手元には、さっき私にくれたのと同じデニッシュの袋。彼はそれを、まるで汚物でも見るような忌々しげな目で見つめる。
「……甘すぎて吐き気がする……」
低く、冷え切った声。
中庭で聞いたあの弾んだトーンとは、似ても似つかない。
彼はそのまま、ポケットから激辛のミントタブレットを取り出し、数粒まとめて口に放り込んだ。バリバリと音を立てて噛み砕くその横顔は、恐ろしいほどに無機質で、刺々しい。
「……ケイト、先輩……?」
思わず、声が漏れた。
彼は弾かれたようにこちらを振り向いた。
その瞬間、彼の瞳に宿っていた暗い色が、一瞬で消える。
「……あ、ななしちゃん? あれ、なんでここに。図書室行くって言ってなかったっけ?」
いつもの笑顔。いつもの声。
でも、私は見てしまった。彼が今、ゴミ箱に「自分の一部」を捨てるような顔をしていたのを。
「あの……。今、そこに……もう一人、先輩が……」
「ああ、それね。……オレのユニーク魔法だよ」
彼は事もなげに言った。
パン、と手を叩くと、どこからともなくもう一人のケイト先輩が歩いてきて、私の目の前でふわりと消えた。
「便利でしょ? 忙しい時とか、こうやって分身に任せちゃえばいいんだから。……さっきななしちゃんに差し入れしたのは、あっちのオレ君。こっちのオレは、ちょっと……休憩してただけ」
彼は一歩、私に近づいた。
その瞬間、鼻先をかすめたのは、甘いお菓子の香りではなく、ツンとした刺激の強いミントの香り。
「ねえ、ななしちゃん。どっちのオレが本物か、気になっちゃった?」
彼は私の頬を、人差し指でツッとなぞり耳元で囁く。
その指先は、さっき中庭で頭を撫でてくれた時よりも、ずっと熱を持っていた。それは彼が食べたミントタブレットのせいか、それとも隠し事がバレた高揚のせいか。
「……どちらでも、先輩は先輩です。でも……無理、してませんか?」
「無理? 何が?」
「甘いもの。本当は、苦手なんじゃ……」
私がそう呟いた瞬間。
ケイト先輩の指先が、ピタリと止まった。
彼の微笑みが、仮面が剥がれ落ちる直前の陶器のように、微かにひび割れる。
「……ななしちゃんってさ。おとなしいわりに、余計なところまでよく見てるよね」
声のトーンが、一段階落ちる。
彼は私の肩を掴み、そのまま壁際へと追い込んだ。
図書室へ続く静かな廊下。人の気配はない。
「本物のオレは、甘いものなんて大っ嫌い」
彼の顔が、至近距離まで迫る。
瞳の奥にあるのは、深い、深い、自己嫌悪の渦。
「みんなが好きなのは、キラキラして、何でも器用にこなして、明るくて優しいオレでしょ? ……君だって、そうでしょ?」
「……違います。私は……」
「嘘言わなくていいよ。……君は、オレの分身に恋してればいいんだ。そっちの方がずっと優しくて、君の理想通りなんだから」
彼は私の唇のすぐそばで、吐息を漏らすように囁いた。
そこにあるのは、愛ではなく、自分を愛せない男の、八つ当たりのような独占欲。
「今夜、オレの部屋においでよ。……分身じゃないオレが、どれだけ可愛くないか……教えてあげる」
それは、甘い誘い文句などではなく。
自暴自棄になったダイヤモンドが放つ、鋭利な破片のような言葉だった。
「あ、ななしちゃん! ヤッホー、今日も可愛いね」
中庭を歩いていると、噴水のそばで友だちと話していたケイト先輩が、大きく手を振って駆け寄ってきた。その足取りは軽く、表情は春の陽だまりのように明るい。
「こんにちは、ケイト先輩」
「これから図書室? 頑張るね〜。あ、これ差し入れ! さっき購買で新作のデニッシュ見つけてさ。ななしちゃんにぴったりだと思って」
手渡されたのは、たっぷりのカスタードとフルーツが乗った、見るからに甘そうなデニッシュ。彼は「オレもさっき食べたけど、マジで美味しかったよ♪」と笑って、私の頭をポンと撫でて去っていった。
……けれど。
私は、受け取ったデニッシュを見つめて、小さく首を傾げる。
昨日の放課後、彼と一緒にいた時。彼はマジカメ用に買ったパンケーキを、一口だけ口に運んで「最高〜!」と自撮りした後、私が見ていないと思った瞬間に、ひどく苦そうに喉に流し込んでいた。
(ケイト先輩、甘いもの……苦手なんじゃ……)
遠慮がちな私の性格では、それを直接問い詰めることはできない。けれど、彼が「好き」だと偽っているものが、私の手の中で重たく感じられた。
その直後だった。
「……はぁ」
図書室へ向かう渡り廊下。
曲がり角の影から、聞いたこともないような重苦しい、地を這うようなため息が聞こえた。
反射的に足を止める。隙間から覗いた先にいたのは、さっき中庭で別れたはずのケイト先輩だった。
(えっ……? でも、先輩はさっき中庭に……)
そこにいた彼は壁にもたれかかり、重く暗い表情で地面を見つめていた。手元には、さっき私にくれたのと同じデニッシュの袋。彼はそれを、まるで汚物でも見るような忌々しげな目で見つめる。
「……甘すぎて吐き気がする……」
低く、冷え切った声。
中庭で聞いたあの弾んだトーンとは、似ても似つかない。
彼はそのまま、ポケットから激辛のミントタブレットを取り出し、数粒まとめて口に放り込んだ。バリバリと音を立てて噛み砕くその横顔は、恐ろしいほどに無機質で、刺々しい。
「……ケイト、先輩……?」
思わず、声が漏れた。
彼は弾かれたようにこちらを振り向いた。
その瞬間、彼の瞳に宿っていた暗い色が、一瞬で消える。
「……あ、ななしちゃん? あれ、なんでここに。図書室行くって言ってなかったっけ?」
いつもの笑顔。いつもの声。
でも、私は見てしまった。彼が今、ゴミ箱に「自分の一部」を捨てるような顔をしていたのを。
「あの……。今、そこに……もう一人、先輩が……」
「ああ、それね。……オレのユニーク魔法だよ」
彼は事もなげに言った。
パン、と手を叩くと、どこからともなくもう一人のケイト先輩が歩いてきて、私の目の前でふわりと消えた。
「便利でしょ? 忙しい時とか、こうやって分身に任せちゃえばいいんだから。……さっきななしちゃんに差し入れしたのは、あっちのオレ君。こっちのオレは、ちょっと……休憩してただけ」
彼は一歩、私に近づいた。
その瞬間、鼻先をかすめたのは、甘いお菓子の香りではなく、ツンとした刺激の強いミントの香り。
「ねえ、ななしちゃん。どっちのオレが本物か、気になっちゃった?」
彼は私の頬を、人差し指でツッとなぞり耳元で囁く。
その指先は、さっき中庭で頭を撫でてくれた時よりも、ずっと熱を持っていた。それは彼が食べたミントタブレットのせいか、それとも隠し事がバレた高揚のせいか。
「……どちらでも、先輩は先輩です。でも……無理、してませんか?」
「無理? 何が?」
「甘いもの。本当は、苦手なんじゃ……」
私がそう呟いた瞬間。
ケイト先輩の指先が、ピタリと止まった。
彼の微笑みが、仮面が剥がれ落ちる直前の陶器のように、微かにひび割れる。
「……ななしちゃんってさ。おとなしいわりに、余計なところまでよく見てるよね」
声のトーンが、一段階落ちる。
彼は私の肩を掴み、そのまま壁際へと追い込んだ。
図書室へ続く静かな廊下。人の気配はない。
「本物のオレは、甘いものなんて大っ嫌い」
彼の顔が、至近距離まで迫る。
瞳の奥にあるのは、深い、深い、自己嫌悪の渦。
「みんなが好きなのは、キラキラして、何でも器用にこなして、明るくて優しいオレでしょ? ……君だって、そうでしょ?」
「……違います。私は……」
「嘘言わなくていいよ。……君は、オレの分身に恋してればいいんだ。そっちの方がずっと優しくて、君の理想通りなんだから」
彼は私の唇のすぐそばで、吐息を漏らすように囁いた。
そこにあるのは、愛ではなく、自分を愛せない男の、八つ当たりのような独占欲。
「今夜、オレの部屋においでよ。……分身じゃないオレが、どれだけ可愛くないか……教えてあげる」
それは、甘い誘い文句などではなく。
自暴自棄になったダイヤモンドが放つ、鋭利な破片のような言葉だった。
