虚像ダイヤモンド
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あの日を境に、ケイトは以前にも増して理想の恋人を演じるようになった。
本音など最初から存在しなかったかのように。
それを鮮やかな笑顔で覆い隠すように。
◇
「あ、■■■ちゃん」
中庭を歩いていた■■■を見つけると、噴水のそばで友人たちと話していたケイトが大きく手を振った。
「今日も可愛いね」
「こんにちは、ケイト先輩」
「これから図書室?」
「はい」
「えらいねぇ」
そう笑うと、紙袋をひょいと差し出す。
「はい、差し入れ。■■■ちゃん好きそうだなって」
袋の中には、カスタードと色鮮やかなフルーツがたっぷり乗ったデニッシュが入っていた。
「ありがとうございます」
「オレもさっき食べたけど、当たりだったよ」
軽く頭を撫でると、彼は友人たちのもとへ戻っていく。
「またね」
「はい、また」
その背中を見送りながら、■■■は紙袋へ視線を落とした。
昨日のことを思い出す。
マジカメ用に注文したパンケーキを一口だけ食べ、「最高!」と笑顔で写真を撮ったあと。
彼は誰も見ていないと思ったのか、苦い薬でも飲み込むような表情で残りを口へ押し込んでいた。
(……ケイト先輩、甘いもの苦手なんじゃ……)
そう思っても、確かめる勇気は出なかった。
手の中のデニッシュが、不思議と重たく感じる。
「……はぁ」
深く沈んだため息が、渡り廊下の向こうから聞こえてきた。
■■■は思わず足を止める。
声のした曲がり角をそっとのぞくと、そこにはケイトがいた。
先ほど中庭で別れたばかりのはずの彼は、背中を壁に預け、俯いたまま動かない。
手には、■■■へ渡したものと同じデニッシュ。
それを見つめる目には、嫌悪しか浮かんでいなかった。
「……甘すぎて吐き気しそう」
そう呟くと、ポケットから彼が持ち歩いている口直し用のミントタブレットを取り出し、まとめて口へ放り込んだ。
バリバリと噛み砕く音だけが静かな廊下へ響く。
その横顔は、中庭で笑っていた彼とは別人のようだった。
「……ケイト、先輩」
思わず声が漏れると、彼がこちらを振り向いた。
その瞬間、暗く沈んでいた表情が一瞬で消える。
「あれ?」
それはいつもの笑顔だった。
「■■■ちゃん? 図書室行くんじゃなかった?」
「先輩、さっき中庭に……」
「ああ」
ケイト先輩は肩をすくめて笑った。
「ユニーク魔法」
軽く指を鳴らす。
すると廊下の奥から、もう一人のケイトが歩いてきた。
「おつかれ、オレくん」
そう笑い合った次の瞬間、もう一人の姿はふっと消える。
「便利でしょ?」
何でもないことのように話す。
「忙しい時は分身に任せちゃえばいいし」
「……」
「さっき差し入れ渡したのは、分身のオレくんでした」
「そう、だったんですね」
「本物のオレは、こっちで休憩してただけ」
一歩だけ距離を詰める。
その動きに合わせて、刺激の強いミントの気配がふわりと漂った。
「ねぇ、■■■ちゃん」
「なんですか」
「どっちが本物か、気になっちゃった?」
「……どちらでも、先輩は先輩です」
■■■は小さく答える。
「ケイト先輩、無理してませんか」
「無理?」
「甘いもの……本当は苦手なんじゃないですか」
ケイトの指先が止まり、笑顔もそのまま固まった。
静かな時間が流れる。
「……■■■ちゃんってさ」
「はい」
「変なとこだけよく見てるよね」
その声音は、さっきまでとは違っていた。
穏やかさが消え、冷たさだけが残る。
彼は■■■の肩へ手を置くと、そのままゆっくり壁際まで追い込んだ。
廊下には誰もいない。
「そうだよ、本物のオレは甘いものなんて大嫌い」
距離がさらに縮まる。
「みんなが好きなのは、明るくて器用で、誰にでも優しいオレ」
視線が真っすぐ■■■へ向く。
「……君だって、そうでしょ?」
「違います」
すぐに首を振る。
「私は――」
「いいよ、無理して否定しなくて」
その笑みは優しく見えて、どこか壊れそうだった。
「君はオレの分身に恋してればいい」
「なんで……」
「だって、そっちの方が優しいし、きっと君の理想通りだから」
あと少しで触れてしまいそうな距離。
その近さとは裏腹に、二人の間には埋められない隔たりがあった。
「今夜、オレの部屋においで」
一拍置いて、小さく笑う。
「分身じゃないオレが、どれだけ可愛くないか教えてあげる」
その言葉に甘さはなかった。
投げつけるような響きだけが残る。
まるで自分自身を傷つけるために向けられた刃先へ、■■■まで巻き込もうとしているかのようだった。