虚像ダイヤモンド
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「このカフェの新作、マジで色合い最高じゃない? やっぱテラス席にして正解だったね」
週末の学園外。
人気のカフェのテラス席では、運ばれてきたばかりのパステルカラーのドリンクが陽の光を受けてきらめいていた。
テーブルには彩り豊かなスイーツが並び、その隣でケイトは満足そうにスマホを構える。
「ちょっと手貸して」
「え、あ……はい」
■■■の手を軽く取り、自分のグラスへ添えさせる。
「そのまま指もう少し重ねて……うん、それそれ」
ケイトは角度を細かく調整すると、迷いなくシャッターを切った。
「うん、いい感じ!」
画面を見ながら嬉しそうに笑う。
「■■■ちゃんの手、きれいだからすごい映える」
「そう、ですか」
「うん」
そう言うと彼は、そのままストローへ口をつけ、片手でスマホを操作し始めた。
■■■は自分の手元へ視線を落とす。
ほんの数秒触れられていただけなのに、その感触だけが妙に残っていた。
「……先輩、美味しいですか?」
「んー?」
返事をしながら口に運ぶ。
「ああ、これ? 美味しいよ。■■■ちゃんも食べなよ」
フォークだけをこちらへ寄せる。
視線は一度も画面から離れない。
届いたコメントへ返信し、ハッシュタグを選び、写真を拡大して細かな明るさを調整する。
画面の中にいる■■■へ向ける時間は惜しまないのに、目の前の■■■を見る時間はほんのわずかしかない。
そんな考えが胸の奥へ沈んでいく。
■■■は小さくケーキを切り分け、静かに口へ運んだ。
甘いはずなのに、味はあまり感じなかった。
「……ケイト先輩」
「……」
「ケイト先輩」
「あ、ごめんごめん。なに?」
ようやく顔を上げたケイトは、いつもの笑顔を浮かべていた。
視線は確かに合っている。
それでも、どこか薄い膜を一枚隔てているような距離を感じる。
「あの……」
少し息を整え、勇気を振り絞る。
「今日、このあと時間があったら……少しだけ散歩しませんか?」
「散歩?」
「写真とかじゃなくて……少し、お話ししたくて」
言い終えるまでに、何度も表情をうかがってしまう。
ケイトの眉が、ほんの一瞬だけ動いた。
「あー……ごめん!」
ケイトは申し訳なさそうに頭をかく。
「このあと寮戻らなきゃなんだよね」
「……そう、ですか」
■■■は小さく笑う。
「忙しいなら、仕方ないですね」
つい先ほど投稿されていた『今日は一日オフ♪』という文字が頭をよぎる。
けれど、それを口にすることはできなかった。
「また今度、ゆっくり付き合うから」
「はい」
立ち上がったケイトは、いつものように■■■の頭を優しく撫でる。
穏やかな手つき。
その指先だけが、不思議なくらい冷たかった。
「会計してくから、■■■ちゃんは座って待ってて」
「わかりました」
彼が店内へ向かう。
静かになったテーブルには、置きっぱなしのスマホだけが残されていた。
通知は途切れることなく増え続ける。
『理想のカップルですね!』
『彼女さんが羨ましい!』
『憧れます!』
画面いっぱいに並ぶ言葉を見つめながら、■■■は小さく息を吐く。
その理想の中に、本当のケイトはいるのだろうか。
ふと視線を落とした先で、椅子の横に一枚のカードが落ちていることに気付く。
ショップカードだった。
「落としちゃったのかな……」
拾い上げようとして、手が止まる。
裏面いっぱいに、ボールペンで何度も書き殴られた文字が目に飛び込んできた。
『つまんない』
『だるい』
『飽きた』
黒く何度も塗り重ねられた跡は、文字というより感情そのもののようだった。
さっきまで笑っていた彼とは、あまりにも結びつかない。
「……え」
思わず息をのむ。
慌てて元の場所へ戻そうとした、その時だった。
「――ねえ、それ」
すぐ後ろから声が落ちてくる。
「面白い?」
肩が大きく震えた。
振り返ると、ケイトが静かに立っていた。
さっきまで浮かべていた柔らかな笑顔は、どこにもない。
何も映していないような目で、ただ■■■を見下ろしている。
彼は何も言わずカードを取り上げると、指先でくしゃりと丸めた。
「……ごめんなさい。落ちていたから」
「別にいいけど、隠すほどのものでもないし」
そのままテーブルへ両手をつき、ゆっくり顔を近づけた。
逃げる場所はない。
静かな圧力だけが、空気を張りつめさせる。
「■■■ちゃん、本当のオレなんて探しちゃダメ」
ケイトとの距離がさらに縮まる。
「見たところで、君が期待してるものなんてないよ」
その声音は冷たい。
けれど、その奥にほんの少しだけ疲れのようなものが滲んでいる気がした。
「だからさ、君はオレの隣で可愛く笑ってるだけでいいんだよ」
一拍置いて、ふっと表情が崩れた。
「あははっ! 冗談冗談」
いつもの明るい笑い声が響く。
まるで何事もなかったように笑う姿を前に、■■■は返す言葉を見つけられなかった。
◇
店を出たあとも、指先にはショップカードのざらついた感触が残っていた。
華やかな笑顔の裏側。
そこには誰にも見せない感情が積み重なり、深く閉ざされている。
その扉を開けてはいけない。
そう告げられたはずなのに、胸の奥では、その向こうを知りたいという想いが静かに消えずに残っていた。