虚像ダイヤモンド
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「見て見て、ななしちゃん。このカフェの新作、マジで色合いが最高じゃない? 絶対にこのテラス席が正解だったよね」
週末の学園指定店街。
若者に人気のカフェのテラス席で、ケイト先輩は運ばれてきたばかりのパステルカラーのドリンクを前に、楽しげに声を弾ませた。テーブルの上には、これ以上ないほど美しく配置されたスイーツと、私たちの指先。
ケイト先輩は手際よく私の手を取り、自分のドリンクのグラスに添えさせた。
「あ、そのまま。もうちょっと指先、重ねる感じで……そうそう、それ。じゃあ撮るよー」
カシャ、という乾いた電子音が響く。
彼は手慣れた様子でプレビューを確認し、満足げに頷いた。
「うわ、完璧! ななしちゃんの肌、白くてこのドリンクの色に映えるんだよね。マジ感謝」
そのまま彼は、まだ一口も飲んでいないストローを口に含み、流れるような動作でスマホを操作し始める。私は自分の指先に残った彼の熱を、そっと反対の手で包み込んだ。触れられていた時間はわずか数秒。けれど、その感触だけが今の私にとっての現実だった。
「……先輩、美味しいですか?」
「んー? ……ああ、これ? うん、美味しいよ。ななしちゃんも食べていいよ、これシェア用だし」
彼はスマホから目を離さずに、フォークを私の方へ押しやった。
その視線は、ずっと画面の中を滑っている。
新着のコメントを返し、ハッシュタグを選び、フィルターを微調整する。
目の前で呼吸をしている「私」よりも、画面の中で静止している「私」の方が、今の彼にとっては価値があるのではないか。そんな不安が、胸の奥で澱のように溜まっていく。
私は遠慮がちにケーキの端を削り、口に運んだ。
味がよくわからない。
「……ケイト先輩」
「なあに? ななしちゃん」
今度は、あえて彼の名前を呼んでみた。
彼は「ああ、ごめんごめん」と笑いながら顔を上げた。
その瞳は、確かに私を向いている。けれど、どこか遠い。
鏡の表面を見ているような、奥まで視線が届かない感覚。
「あの……。今日、この後もしお時間があれば……少しだけ散歩しませんか? 写真とか関係なく、ゆっくり話したいな……」
精一杯の勇気を出して、私は彼の顔を覗き込んだ。
顔色を伺うのが癖になってしまっている私にとって、自分から提案をするのはとても勇気がいることだった。
ケイト先輩の眉が、ほんの一瞬、ピクリと動く。
「散歩かー。……あ、ごめんね! この後トレイくんから頼まれてた買い物思い出しちゃった。次は寮に戻らなきゃなんだよね」
嘘だ。
さっき、彼はマジカメのストーリーズで「今日は一日オフ♪」と投稿していた。彼の笑顔の裏側で、急速に興味のシャッターが下りる音が脳内に残酷に響く。
「……そうですか。お忙しいなら、仕方ないです」
「ごめんねー? 次はもっとゆっくりしよ? ね?」
彼は立ち上がり、私の頭を優しく撫でた。
その手つきは驚くほど丁寧で、甘い。
でも、その指先は驚くほど冷えていた。
「じゃ、お会計しちゃうね。ななしちゃんはそこで待ってて」
彼が席を立った隙に、私はテーブルの上に置かれた彼のスマホに目をやった。通知が止まらない画面。そこには「理想のデートですね!」「彼女さんが羨ましい!」という絶賛の嵐。でもその「理想」の中に、本当のケイト先輩はいるのだろうか。
ふと彼の座っていた席の横、足元に何かが落ちているのが見えた。
それは、彼がさっきまで使っていたショップのショップカード。
何気なく拾い上げようとした時、私は息を呑んだ。
カードの裏側に、ボールペンで強く、何度も何度も書き殴られた跡があったのだ。
『つまんない』
『だるい』
『飽きた』
執拗なまでに塗りつぶされた、黒い文字の塊。
それは、彼がさっきまで浮かべていた、あの華やかな笑顔とは正反対の、ドロドロとした負の感情そのものだった。
「……え」
指先が震える。
見てはいけないものを見てしまった。
慌ててカードを元に戻そうとした瞬間、影が私を覆った。
「――ねえ、それ。面白い?」
心臓が跳ねた。
いつの間にか戻ってきていたケイト先輩が、真上から私を見下ろしていた。
そこには、もういつものケイト先輩はいなかった。
光を一切反射しない、深い闇のような瞳。彼は無造作に私の手からカードを奪い取ると、それを指先でくしゃりと丸めた。
「……ごめんなさい。、落とし物だと思って……」
「いいよ、別に。隠すようなことでもないし。……でもさ、ななしちゃん」
彼はテーブルに両手をつき、私の顔にぐい、と顔を寄せた。
逃げ場を塞がれる。
彼の体からは、冷ややかなプレッシャーが漂ってきた。
「『本当のオレ』なんて、探しちゃダメだよ? 覗いたところで、そこには君が期待してるようなものは何ひとつ入ってないんだから」
彼の低い声が、耳元で冷たく響く。
それは警告であり、同時に、ひどく寂しそうな拒絶のようにも聞こえた。
「……わかったら、いい子にしてて。君は、オレの隣で可愛く笑っててくれるだけでいいんだからさ」
次の瞬間、彼は再び「ケイト・ダイヤモンド」に戻った。
「あはは、今の冗談! 顔、怖かった? ごめんごめん」
そう言って笑う彼の横顔に、私は何も言えなくなる。
拾い上げたカードの感触が、まだ指先に残っている。
ケイト先輩の裏側。
そこには、光さえ届かない、凍てついた空白が広がっていることを、私は初めて知ってしまった。
週末の学園指定店街。
若者に人気のカフェのテラス席で、ケイト先輩は運ばれてきたばかりのパステルカラーのドリンクを前に、楽しげに声を弾ませた。テーブルの上には、これ以上ないほど美しく配置されたスイーツと、私たちの指先。
ケイト先輩は手際よく私の手を取り、自分のドリンクのグラスに添えさせた。
「あ、そのまま。もうちょっと指先、重ねる感じで……そうそう、それ。じゃあ撮るよー」
カシャ、という乾いた電子音が響く。
彼は手慣れた様子でプレビューを確認し、満足げに頷いた。
「うわ、完璧! ななしちゃんの肌、白くてこのドリンクの色に映えるんだよね。マジ感謝」
そのまま彼は、まだ一口も飲んでいないストローを口に含み、流れるような動作でスマホを操作し始める。私は自分の指先に残った彼の熱を、そっと反対の手で包み込んだ。触れられていた時間はわずか数秒。けれど、その感触だけが今の私にとっての現実だった。
「……先輩、美味しいですか?」
「んー? ……ああ、これ? うん、美味しいよ。ななしちゃんも食べていいよ、これシェア用だし」
彼はスマホから目を離さずに、フォークを私の方へ押しやった。
その視線は、ずっと画面の中を滑っている。
新着のコメントを返し、ハッシュタグを選び、フィルターを微調整する。
目の前で呼吸をしている「私」よりも、画面の中で静止している「私」の方が、今の彼にとっては価値があるのではないか。そんな不安が、胸の奥で澱のように溜まっていく。
私は遠慮がちにケーキの端を削り、口に運んだ。
味がよくわからない。
「……ケイト先輩」
「なあに? ななしちゃん」
今度は、あえて彼の名前を呼んでみた。
彼は「ああ、ごめんごめん」と笑いながら顔を上げた。
その瞳は、確かに私を向いている。けれど、どこか遠い。
鏡の表面を見ているような、奥まで視線が届かない感覚。
「あの……。今日、この後もしお時間があれば……少しだけ散歩しませんか? 写真とか関係なく、ゆっくり話したいな……」
精一杯の勇気を出して、私は彼の顔を覗き込んだ。
顔色を伺うのが癖になってしまっている私にとって、自分から提案をするのはとても勇気がいることだった。
ケイト先輩の眉が、ほんの一瞬、ピクリと動く。
「散歩かー。……あ、ごめんね! この後トレイくんから頼まれてた買い物思い出しちゃった。次は寮に戻らなきゃなんだよね」
嘘だ。
さっき、彼はマジカメのストーリーズで「今日は一日オフ♪」と投稿していた。彼の笑顔の裏側で、急速に興味のシャッターが下りる音が脳内に残酷に響く。
「……そうですか。お忙しいなら、仕方ないです」
「ごめんねー? 次はもっとゆっくりしよ? ね?」
彼は立ち上がり、私の頭を優しく撫でた。
その手つきは驚くほど丁寧で、甘い。
でも、その指先は驚くほど冷えていた。
「じゃ、お会計しちゃうね。ななしちゃんはそこで待ってて」
彼が席を立った隙に、私はテーブルの上に置かれた彼のスマホに目をやった。通知が止まらない画面。そこには「理想のデートですね!」「彼女さんが羨ましい!」という絶賛の嵐。でもその「理想」の中に、本当のケイト先輩はいるのだろうか。
ふと彼の座っていた席の横、足元に何かが落ちているのが見えた。
それは、彼がさっきまで使っていたショップのショップカード。
何気なく拾い上げようとした時、私は息を呑んだ。
カードの裏側に、ボールペンで強く、何度も何度も書き殴られた跡があったのだ。
『つまんない』
『だるい』
『飽きた』
執拗なまでに塗りつぶされた、黒い文字の塊。
それは、彼がさっきまで浮かべていた、あの華やかな笑顔とは正反対の、ドロドロとした負の感情そのものだった。
「……え」
指先が震える。
見てはいけないものを見てしまった。
慌ててカードを元に戻そうとした瞬間、影が私を覆った。
「――ねえ、それ。面白い?」
心臓が跳ねた。
いつの間にか戻ってきていたケイト先輩が、真上から私を見下ろしていた。
そこには、もういつものケイト先輩はいなかった。
光を一切反射しない、深い闇のような瞳。彼は無造作に私の手からカードを奪い取ると、それを指先でくしゃりと丸めた。
「……ごめんなさい。、落とし物だと思って……」
「いいよ、別に。隠すようなことでもないし。……でもさ、ななしちゃん」
彼はテーブルに両手をつき、私の顔にぐい、と顔を寄せた。
逃げ場を塞がれる。
彼の体からは、冷ややかなプレッシャーが漂ってきた。
「『本当のオレ』なんて、探しちゃダメだよ? 覗いたところで、そこには君が期待してるようなものは何ひとつ入ってないんだから」
彼の低い声が、耳元で冷たく響く。
それは警告であり、同時に、ひどく寂しそうな拒絶のようにも聞こえた。
「……わかったら、いい子にしてて。君は、オレの隣で可愛く笑っててくれるだけでいいんだからさ」
次の瞬間、彼は再び「ケイト・ダイヤモンド」に戻った。
「あはは、今の冗談! 顔、怖かった? ごめんごめん」
そう言って笑う彼の横顔に、私は何も言えなくなる。
拾い上げたカードの感触が、まだ指先に残っている。
ケイト先輩の裏側。
そこには、光さえ届かない、凍てついた空白が広がっていることを、私は初めて知ってしまった。
