虚像ダイヤモンド
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「あ、今の表情めっちゃいい! そのままキープ」
ハーツラビュル寮の薔薇園には、甘い香りがゆるやかに漂っていた。
赤く塗られた薔薇が風に揺れる中、ケイト先輩は手慣れた様子でスマホを構え、レンズ越しに■■■を見つめる。
■■■は少し戸惑いながら、言われた通りにポーズを取った。
「えっと……こう、ですか?」
「もう少しだけ首かしげて……うん、その感じ! めっちゃ可愛い」
軽快な声と一緒にシャッター音が響く。
「いいね、あと一枚いこっか」
「は、はい」
「肩の力抜いて」
そう言って自然に肩へ手を添えられると、■■■の表情も少しだけ和らいだ。
「……よし、オッケー! ありがとね」
最後の一枚を撮り終えた途端、ケイト先輩の指先は慣れた動きで画面を滑らせ始める。
その瞬間、先ほどまで向けられていた柔らかな空気が、音もなく消えていく。
「……今日ちょっと光強かったな。少し落としてから上げるか」
小さく漏れた独り言に返事は求められていない。
彼は近くのベンチへ腰を下ろすと、そのままスマホに視線を落とした。
画面をなぞる指は止まらない。
■■■は少し離れた場所で立ち尽くし、服の裾をそっと握り締めた。
恋人という立場。
それは彼にとって、マジカメの中でのケイト・ダイヤモンドを作り上げるために必要な役柄なのだと、もう何度も思い知らされてきた。
「あの……ケイト先輩」
「んー? なあに、■■■ちゃん」
返事をしながらも、視線はまだ画面から離れない。
「あ、見て見て。投稿したばっかだけど、もういいね付いてる」
差し出されたスマホには、寄り添って笑う二人の姿が写っていた。
薔薇は鮮やかで、肌も自然に整えられ、光まで計算されたような一枚。
そこに写っているのは、誰が見ても羨むような恋人同士だった。
「……すごいですね」
「でしょ? この角度正解だったわ」
「でも、私は……」
そこまで口にして、■■■は言葉を止めた。
ケイト先輩の横顔が目に入る。
画面の明かりだけを映したその表情は、さっきまで笑っていた人物と同じとは思えなかった。
コメントを確認し、反応を返し、次の通知へ目を移す。
その一つひとつを淡々とこなす姿には、感情らしい揺れが見当たらない。
「……あ、ごめん。何か言おうとしてた?」
ケイトがようやく顔を上げる。
その一瞬で、いつもの人懐っこい笑顔が戻る。
あまりにも自然な切り替えに、■■■の胸の奥が小さく痛んだ。
「いえ……何でもないです」
少し笑って首を振る。
「お疲れさまでした」
「オレ、このあと談話室でトレイくんと打ち合わせあるんだよね」
立ち上がった彼は軽く伸びをすると、■■■の前で足を止めた。
「今日はここまで。寮まで送れなくてごめんね?」
「大丈夫です」
「ありがと」
ぽん、と頭へ軽く手が置かれる。
優しいようでいて、どこか慣れきった仕草だった。
「……はい。また明日」
「写真あとで送っとくから、ちゃんと保存しといてね」
「はい、わかりました」
「じゃ、おつかれー」
手を振りながら去っていく背中は、いつも通り軽やかだった。
◇
オレンジ色の光が薔薇園をゆっくり染め始める。
その背中が見えなくなっても、■■■はしばらくその場を動けなかった。
ケイト先輩は、誰とでも笑い合い、誰からも好かれる。
けれど、その笑顔の奥へ踏み込める人は、きっと誰もいない。
スマホ越しではなく、投稿のためでもなく、彼としっかりと向き合える日が来るのだろうか。
そんな小さな願いを胸に浮かべた途端、それさえ彼には見抜かれてしまいそうな気がした。
■■■は小さく息をつくと、胸の奥へその想いを静かにしまい込み、夕暮れの薔薇園をあとにした。
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