微睡の淵の銀鎖
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学園全体が深い眠りにつこうとしている深夜。
シルバーはオンボロ寮の扉の前に立っていた。
彼は一つ深く息を吐き、覚悟を決めたように扉を叩いた。
「……ななし。夜分にすまない。……どうしても今夜、ななしに見せたい景色があるんだ」
扉が開き、顔を出したななしをシルバーは静かに連れ出した。向かったのは、学園の裏手に位置する古びた石造りの物見の塔だ。階段を上り詰めると、そこには冷たくも心地よい夜風が吹き抜ける展望台が広がっていた。
「わあ……。学園が、あんなに小さく見える……」
「ここからは、星がよく見える。……そして運が良ければ、茨の谷の方角から流れてくる光る妖精の粉が見えることもあるんだ。……幼い頃に父が教えてくれた、美しい思い出の一つだ」
シルバーは展望台の端に立ち、夜空を見上げた。
月光に照らされた彼の髪が微かに青白く光る。
「ななし。……俺は、ずっと考えていた。俺のように、いつ意識を失うかわからない男が、ななしの隣に居続ける資格があるのかと」
シルバーは、ななしの方を振り返った。
その瞳は睡魔に濁ることなく、驚くほど澄み渡っている。
「俺は、眠るたびに世界から切り離される。お前が笑っていても、困っていても、俺は夢の底で何も知らずに微睡んでいる。……それが、たまらなく怖かった。ななしを守ると誓いながら、肝心な時に俺はいないのではないかと」
「先輩……。わたしは、そんなこと気にしてません。先輩が寝ちゃったら、わたしが起こせばいいだけですから」
「……ああ。お前はいつもそう言ってくれる。その言葉に、俺はどれほど救われたか」
シルバーは一歩、ななしに歩み寄った。
彼はポケットから小さな銀色のチェーンを取り出した。そこには、小さな「剣」を象ったチャームが揺れている。
「これは……俺の決意の証だ。……ななし、これを持っていてほしい」
シルバーはななしの手を取り、その掌にネックレスをそっと置いた。
「俺が眠りに落ちている間、この剣がななしを守る代わりになる。そして俺が目覚めたとき、この銀の輝きを目印に必ずななしの元へ迷わず戻ってくる。……俺にとってお前はもう、単なる守るべき存在ではないんだ」
シルバーはななしの手を包み込むようにして、自分の胸元へと引き寄せた。手のひら越しに彼の力強い心臓の鼓動が伝わってくる。
「ななしは、俺を現実に繋ぎ止める光だ。微睡みの淵に沈みそうになっても、お前を想えば俺の心は何度でも覚醒する。……俺は、お前を愛している」
シルバーの口から紡がれたのは、一切の虚飾がない真っ直ぐな告白だった。ななしの瞳から、一雫の涙が溢れる。シルバーはそれを、指先で優しく拭った。
「……シルバー先輩。わたしも、大好きです。先輩がどんなに深い眠りについても、わたしが何度でも、名前を呼びます」
「ああ。約束しよう」
シルバーはふっと、慈しむような微笑みを浮かべた。
彼はななしを静かに抱き寄せ、その肩に顔を埋めた。今、彼を包んでいるのは抗えない睡魔ではない。最愛の人の温もりという、心地よい安らぎだった。
「幸せだ。今この瞬間、俺の意識がはっきりとしていることが。ななしの声を、こうして直接聞けることが……何よりも嬉しい」
星空の下、寄り添い合う二人。
二人の影は、青白い月光の中で一つに溶け合い、永遠のような静寂を刻んでいた。
◇
夜明け前。
シルバーがオンボロ寮までななしを送り届け、ディアソムニア寮へ戻ると、そこには腕を組むセベクと、面白そうに目を細めるリリアが待っていた。
「シルバー! 貴様、どこへ行っていたのだ!」
「セベク。……マレウス様には、すでに昨夜のうちに断りを入れてある。……俺は、自分の人生において、最も重要な誓いをしてきた」
シルバーの晴れやかな顔を見てセベクは毒気を抜かれたように口噤み、リリアは満足げに頷いた。
「くふふ。シルバーもようやく本当の意味で目が覚めたようじゃな。よし、今日のご飯は豪華にするぞ!」
「……それだけは、勘弁してください、親父殿」
シルバーは苦笑いしながら、自室へと向かう。
その足取りはいつものように眠気に揺れることはなく、真っ直ぐに明日へと向かっていた。
シルバーはオンボロ寮の扉の前に立っていた。
彼は一つ深く息を吐き、覚悟を決めたように扉を叩いた。
「……ななし。夜分にすまない。……どうしても今夜、ななしに見せたい景色があるんだ」
扉が開き、顔を出したななしをシルバーは静かに連れ出した。向かったのは、学園の裏手に位置する古びた石造りの物見の塔だ。階段を上り詰めると、そこには冷たくも心地よい夜風が吹き抜ける展望台が広がっていた。
「わあ……。学園が、あんなに小さく見える……」
「ここからは、星がよく見える。……そして運が良ければ、茨の谷の方角から流れてくる光る妖精の粉が見えることもあるんだ。……幼い頃に父が教えてくれた、美しい思い出の一つだ」
シルバーは展望台の端に立ち、夜空を見上げた。
月光に照らされた彼の髪が微かに青白く光る。
「ななし。……俺は、ずっと考えていた。俺のように、いつ意識を失うかわからない男が、ななしの隣に居続ける資格があるのかと」
シルバーは、ななしの方を振り返った。
その瞳は睡魔に濁ることなく、驚くほど澄み渡っている。
「俺は、眠るたびに世界から切り離される。お前が笑っていても、困っていても、俺は夢の底で何も知らずに微睡んでいる。……それが、たまらなく怖かった。ななしを守ると誓いながら、肝心な時に俺はいないのではないかと」
「先輩……。わたしは、そんなこと気にしてません。先輩が寝ちゃったら、わたしが起こせばいいだけですから」
「……ああ。お前はいつもそう言ってくれる。その言葉に、俺はどれほど救われたか」
シルバーは一歩、ななしに歩み寄った。
彼はポケットから小さな銀色のチェーンを取り出した。そこには、小さな「剣」を象ったチャームが揺れている。
「これは……俺の決意の証だ。……ななし、これを持っていてほしい」
シルバーはななしの手を取り、その掌にネックレスをそっと置いた。
「俺が眠りに落ちている間、この剣がななしを守る代わりになる。そして俺が目覚めたとき、この銀の輝きを目印に必ずななしの元へ迷わず戻ってくる。……俺にとってお前はもう、単なる守るべき存在ではないんだ」
シルバーはななしの手を包み込むようにして、自分の胸元へと引き寄せた。手のひら越しに彼の力強い心臓の鼓動が伝わってくる。
「ななしは、俺を現実に繋ぎ止める光だ。微睡みの淵に沈みそうになっても、お前を想えば俺の心は何度でも覚醒する。……俺は、お前を愛している」
シルバーの口から紡がれたのは、一切の虚飾がない真っ直ぐな告白だった。ななしの瞳から、一雫の涙が溢れる。シルバーはそれを、指先で優しく拭った。
「……シルバー先輩。わたしも、大好きです。先輩がどんなに深い眠りについても、わたしが何度でも、名前を呼びます」
「ああ。約束しよう」
シルバーはふっと、慈しむような微笑みを浮かべた。
彼はななしを静かに抱き寄せ、その肩に顔を埋めた。今、彼を包んでいるのは抗えない睡魔ではない。最愛の人の温もりという、心地よい安らぎだった。
「幸せだ。今この瞬間、俺の意識がはっきりとしていることが。ななしの声を、こうして直接聞けることが……何よりも嬉しい」
星空の下、寄り添い合う二人。
二人の影は、青白い月光の中で一つに溶け合い、永遠のような静寂を刻んでいた。
◇
夜明け前。
シルバーがオンボロ寮までななしを送り届け、ディアソムニア寮へ戻ると、そこには腕を組むセベクと、面白そうに目を細めるリリアが待っていた。
「シルバー! 貴様、どこへ行っていたのだ!」
「セベク。……マレウス様には、すでに昨夜のうちに断りを入れてある。……俺は、自分の人生において、最も重要な誓いをしてきた」
シルバーの晴れやかな顔を見てセベクは毒気を抜かれたように口噤み、リリアは満足げに頷いた。
「くふふ。シルバーもようやく本当の意味で目が覚めたようじゃな。よし、今日のご飯は豪華にするぞ!」
「……それだけは、勘弁してください、親父殿」
シルバーは苦笑いしながら、自室へと向かう。
その足取りはいつものように眠気に揺れることはなく、真っ直ぐに明日へと向かっていた。
