微睡の淵の銀鎖
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学園全体が静かな眠りに包まれようとしていた深夜、オンボロ寮の扉の前で、シルバーは小さく息を整えた。
一度だけ空を見上げる。
満天の星が、まるで背中を押すように瞬いていた。
コンコンと控えめに扉を叩くと、ゆっくり開く。
「夜分にすまない。もし迷惑でなければ、少しいいだろうか」
「シルバー先輩? こんな時間にどうしたんですか?」
「見せたい景色があるんだ。もちろん……お前が疲れているなら、また別の日でも構わない」
少し驚いた表情を浮かべた■■■だったが、やがて柔らかく笑った。
「大丈夫です。行きましょう」
その返事に、シルバーはどこか安心したように微笑んだ。
◇
二人が向かったのは、学園の裏手にある古い物見の塔だった。
石造りの階段を上りきると、夜風が頬を優しく撫でる。
眼下にはナイトレイブンカレッジの灯り。
そして頭上には、息を呑むほど美しい星空が広がっていた。
「わあ……」
■■■は思わず声を漏らす。
「こんな景色、初めて見ました」
「ここは俺のお気に入りなんだ」
シルバーは夜空を見上げながら静かに続けた。
「ここで星を眺めていると心が落ち着くんだ」
二人は並んで夜空を見上げた。
しばらく言葉はない。
沈黙さえ心地よかった。
やがてシルバーが、小さく息を吐く。
「……■■■」
「はい」
「俺はずっと考えていた」
彼はゆっくりと言葉を選ぶ。
「眠ってしまう自分が、お前の隣にいていいのか」
「……」
「お前の大切な時間を奪っているんじゃないか、約束を守れない日があるんじゃないか」
「先輩……」
「そんな自分を、俺は何度も情けなく思った」
■■■は静かに彼の話を聞いていた。
シルバーは続ける。
「けれど、お前は一度も責めなかった。俺は何度も救われた」
■■■は少し照れながら笑う。
「先輩が寝ちゃっても、起こせばいいだけですから」
「そうか……ありがとう」
彼はポケットから小さな銀色のチェーンを取り出した。
先には小さな剣のチャームが揺れている。
「もし受け取ってもらえるなら、これを、お前に持っていてほしい」
■■■は驚いたように目を瞬かせる。
「これは……?」
「お守りだ」
「お守り?」
「もちろん、受け取るかどうかは、お前が決めてほしい」
■■■はその小さなチャームを見つめた。
銀色の剣が月明かりを受けて静かに輝いている。
やがて彼女は、そっと両手で受け取った。
「……ありがとうございます。大切にします」
「■■■。俺は、お前と一緒にいる時間が好きだ」
「わたしもです」
「眠っている時よりも、夢を見ている時よりも、お前と笑い合っている時間が何より幸せだ」
シルバーの真っ直ぐなまなざしが■■■を映す。
「だから……もし、お前も同じ気持ちなら」
「……」
「これから先も、お前の隣を歩かせてほしい」
夜風が静かに吹き抜ける。
■■■は少しだけ俯き、胸元でチャームを握りしめた。
鼓動が早い。
それでも、逃げずに顔を上げる。
「……はい」
その一言だけで十分だった。
「わたしも、先輩と一緒に歩いていきたいです」
「ほんとうか?」
「はい、好きです。シルバー先輩」
シルバーは驚いたように目を見開き、そして心から嬉しそうに笑った。
「俺もだ」
シルバーは少しだけ手を伸ばし、途中で止める。
「……手を繋いでも、いいだろうか」
■■■は照れ笑いを浮かべながら、自分からその手を重ねた。
「はい」
指先が触れ合う。
互いの手がゆっくり重なり、自然に指が絡む。
それだけなのに、どんな抱擁よりも温かかった。
「これからも、よろしくお願いします」
「ああ」
星空の下、二人は並んで夜空を見上げる。
眠気はまだシルバーの中にある。
けれど今は、眠っても目覚めても帰ってきたい場所がある。
その隣には、穏やかに微笑む■■■がいた。
◇
夜明け前――
ディアソムニア寮へ戻ると、玄関ではセベクとリリアが待っていた。
「シルバー! こんな時間までどこへ行っていたのだ!」
「セベク、心配をかけてすまなかった」
シルバーは穏やかな笑みを浮かべる。
「大切な話をしてきた」
その表情を見たセベクは何かを察したように口を閉じる。
隣ではリリアが楽しそうに笑っていた。
「くふふ。ずいぶん晴れやかな顔になったのう」
「親父殿」
「お主は自分の心と向き合えたようじゃな」
「……はい」
短く返事をしたシルバーの声は、どこか晴れやかだった。
「では祝いじゃ! 今日は腕によりをかけて――」
「料理は遠慮しておきます」
「なんじゃ、そこは即答か!」
三人の笑い声が静かな寮に響く。
その夜、シルバーは久しぶりに穏やかな眠りについた。
目覚めたら、また会いたい人がいる。
そう思える朝が来ることを、心から楽しみにしながら。