微睡の淵の銀鎖
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魔法実習室での騒動から数日。
シルバーの様子は以前にも増して奇妙だった。
相変わらず彼はふとした瞬間に寝落ちしてしまうのだが、その「場所」が明らかに偏っているのだ。
「……シルバー先輩。またオンボロ寮の廊下で寝てる……」
オンボロ寮のななしは、自室の扉を開けて溜息をついた。そこには、壁に背を預けてスヤスヤと眠るシルバーの姿があった。しかも、以前のように偶然そこで寝てしまったというよりは、明らかに「ここで寝よう」と決めて座り込んだような、妙に落ち着いた姿勢である。
「先輩、起きてください。ここ、オンボロ寮ですよ? 自分の寮に帰らないと……」
「…………ん……。……ななし……?」
肩を揺らすと、シルバーは意外なほどあっさりと目を覚ました。だが、その瞳はいつもよりずっと穏やかで、それでいて確固たる意志を感じさせるものだった。
「……ああ。……すまない。ななしの気配が一番近くでする場所を探していたら、いつの間にかここで……」
「わたしの気配って……。先輩、最近ちょっと過保護すぎませんか? わたしはもう元気ですよ」
「……いや。……元気なのはわかっている。だが、俺がそうしたいんだ」
シルバーは立ち上がると、膝についた埃を丁寧に払った。そしてななしの目をじっと見つめ、少しだけ照れくさそうに言葉を続けた。
「実習室でお前を助けたとき……俺は、自分の無力さを痛感した。同時に、ななしを支えているときのあの温かさが、今の俺にとって何よりも必要なものだと気づいたんだ」
「温かさ……?」
「ああ。俺は眠ることで、周囲との繋がりが絶たれてしまうことが多かった。……だがななしの隣にいるときだけは、眠っていても目覚めていても、自分が独りではないと感じられる。だから、少しでも長くななしのそばにいたいと思うのは……おかしいだろうか」
シルバーの言葉は以前のような激しさではなく、春の陽だまりのような優しさに満ちていた。ななしは、彼のあまりにも素直な告白に顔が熱くなるのを抑えられない。
「……。……おかしく、ないです。……わたしも、先輩が近くにいてくれると安心します」
「……そうか。……なら、よかった」
シルバーはふっと微笑むと、ななしの手をそっと取り、自分の両手で包み込んだ。それは彼女を縛り付けるような強引なものではなく、宝物を壊さないように大切に温めるような、慈しみに満ちた仕草だった。
「ななし。……俺はもう、お前をただの守るべき対象とは思っていない。……俺の、隣にいてほしい人だ。ななしが俺のそばで笑っていてくれるなら、俺はどんなに深い眠りに誘われても、必ずお前の元へ戻ってこれる」
「シルバー先輩……」
「だから、一つだけ約束してくれないか。……俺がもし、道端で寝てしまったら…。その時は、また今日みたいにななしの手で起こしてほしい。の声が、俺にとって世界で一番確かな目覚まし時計なんだ」
シルバーは少しだけ笑った。
彼はななしに対して「シルバー」として心を開き始めている。
「……はい。……約束します。何回寝ちゃっても、わたしが絶対に起こしますから」
「……ありがとう。ななしにそう言ってもらえるだけで、俺は世界一の幸せ者になれる気がする」
シルバーはななしの手を自分の頬にそっと寄せた。彼の肌は、以前よりもずっと温かく生き生きとした熱を持っている。眠りと目覚めの狭間で、二人の心は言葉以上の確かな絆で結ばれようとしていた。
◇
その日の夜、ディアソムニア寮に帰還したシルバーはリリアに呼び出された。
「シルバー。最近、オンボロ寮に通い詰めているようだが……。マレウスやセベクもお前が不在で少し寂しがっておられるぞ?」
「……申し訳ありません。ですが、親父殿。……俺は今、自分にとっての『光』を繋ぎ止めるのに必死なのです」
「ほう? ……お主がそんなにハッキリと言うとは。……まあいい、恋する若者の背中を押すのも、親の務めか」
リリアは楽しげに笑い、シルバーの肩を叩いた。
シルバーは窓の外を見つめながら、愛しい人の笑顔を思い浮かべ、今夜はいつになく穏やかな眠りへと落ちていった。
シルバーの様子は以前にも増して奇妙だった。
相変わらず彼はふとした瞬間に寝落ちしてしまうのだが、その「場所」が明らかに偏っているのだ。
「……シルバー先輩。またオンボロ寮の廊下で寝てる……」
オンボロ寮のななしは、自室の扉を開けて溜息をついた。そこには、壁に背を預けてスヤスヤと眠るシルバーの姿があった。しかも、以前のように偶然そこで寝てしまったというよりは、明らかに「ここで寝よう」と決めて座り込んだような、妙に落ち着いた姿勢である。
「先輩、起きてください。ここ、オンボロ寮ですよ? 自分の寮に帰らないと……」
「…………ん……。……ななし……?」
肩を揺らすと、シルバーは意外なほどあっさりと目を覚ました。だが、その瞳はいつもよりずっと穏やかで、それでいて確固たる意志を感じさせるものだった。
「……ああ。……すまない。ななしの気配が一番近くでする場所を探していたら、いつの間にかここで……」
「わたしの気配って……。先輩、最近ちょっと過保護すぎませんか? わたしはもう元気ですよ」
「……いや。……元気なのはわかっている。だが、俺がそうしたいんだ」
シルバーは立ち上がると、膝についた埃を丁寧に払った。そしてななしの目をじっと見つめ、少しだけ照れくさそうに言葉を続けた。
「実習室でお前を助けたとき……俺は、自分の無力さを痛感した。同時に、ななしを支えているときのあの温かさが、今の俺にとって何よりも必要なものだと気づいたんだ」
「温かさ……?」
「ああ。俺は眠ることで、周囲との繋がりが絶たれてしまうことが多かった。……だがななしの隣にいるときだけは、眠っていても目覚めていても、自分が独りではないと感じられる。だから、少しでも長くななしのそばにいたいと思うのは……おかしいだろうか」
シルバーの言葉は以前のような激しさではなく、春の陽だまりのような優しさに満ちていた。ななしは、彼のあまりにも素直な告白に顔が熱くなるのを抑えられない。
「……。……おかしく、ないです。……わたしも、先輩が近くにいてくれると安心します」
「……そうか。……なら、よかった」
シルバーはふっと微笑むと、ななしの手をそっと取り、自分の両手で包み込んだ。それは彼女を縛り付けるような強引なものではなく、宝物を壊さないように大切に温めるような、慈しみに満ちた仕草だった。
「ななし。……俺はもう、お前をただの守るべき対象とは思っていない。……俺の、隣にいてほしい人だ。ななしが俺のそばで笑っていてくれるなら、俺はどんなに深い眠りに誘われても、必ずお前の元へ戻ってこれる」
「シルバー先輩……」
「だから、一つだけ約束してくれないか。……俺がもし、道端で寝てしまったら…。その時は、また今日みたいにななしの手で起こしてほしい。の声が、俺にとって世界で一番確かな目覚まし時計なんだ」
シルバーは少しだけ笑った。
彼はななしに対して「シルバー」として心を開き始めている。
「……はい。……約束します。何回寝ちゃっても、わたしが絶対に起こしますから」
「……ありがとう。ななしにそう言ってもらえるだけで、俺は世界一の幸せ者になれる気がする」
シルバーはななしの手を自分の頬にそっと寄せた。彼の肌は、以前よりもずっと温かく生き生きとした熱を持っている。眠りと目覚めの狭間で、二人の心は言葉以上の確かな絆で結ばれようとしていた。
◇
その日の夜、ディアソムニア寮に帰還したシルバーはリリアに呼び出された。
「シルバー。最近、オンボロ寮に通い詰めているようだが……。マレウスやセベクもお前が不在で少し寂しがっておられるぞ?」
「……申し訳ありません。ですが、親父殿。……俺は今、自分にとっての『光』を繋ぎ止めるのに必死なのです」
「ほう? ……お主がそんなにハッキリと言うとは。……まあいい、恋する若者の背中を押すのも、親の務めか」
リリアは楽しげに笑い、シルバーの肩を叩いた。
シルバーは窓の外を見つめながら、愛しい人の笑顔を思い浮かべ、今夜はいつになく穏やかな眠りへと落ちていった。
