微睡の淵の銀鎖
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その日のシルバーは、誰の目にもいつもと違って見えた。
普段なら鍛錬の合間にふと眠気へ引き込まれてしまうはずなのに、この日は一度も意識を落とさない。
木刀が空気を切る鋭い音だけが、訓練場へ何度も響いていた。
額から流れる汗を拭うことも忘れ、黙々と剣を振るう姿に、周囲の視線が集まる。
「……シルバー!」
訓練を止めたセベクが声を張り上げた。
「少しくらい休憩を取ったらどうだ!」
「すまない。……少し、集中しすぎた」
「少しどころではないぞ!」
セベクは腕を組み、不満そうに眉をひそめた。
「そのままでは倒れるぞ!」
「ああ、心配をかけた」
短く答え、胸元へ手をやる。
制服のポケットから、丁寧に折り畳まれた一枚のタオルが少しだけのぞいた。
それに気づいたセベクが目を見開く。
「まだ持っていたのか」
「……ああ」
「返すと言っていただろうが」
「洗って返すつもりだった」
シルバーはタオルを手に取り、指先でそっとなぞる。
「だが、なかなか手放せなくてな」
「ふんっ、僕には理解できんな!」
セベクは勢いよく首を振る。
「そんな物を持ち歩いて何になる!」
「俺には必要なんだ」
静かな声だった。
「これは俺を現実へ引き戻してくれる」
「どういう意味だ?」
「眠気に飲まれそうな時、この感触に触れると落ち着く」
少しだけ目を伏せる。
「……■■■を思い出せるから」
セベクは思わず言葉を失った。
シルバーは照れる様子もなく続ける。
「最近になって気づいた」
遠くを見るように視線を向ける。
「眠っている時間が惜しいと思うようになった」
「惜しい?」
「ああ」
小さくうなずく。
「眠っている間に、■■■との時間が過ぎてしまう」
「……」
「それが、嫌なんだ」
静かな一言だった。
「だから眠気に負けたくない」
セベクはしばらく黙っていたが、やがてため息をつく。
「それはもう、護衛対象への感情ではないな」
「ああ、分かっている」
「そうか」
「一人の男として、大切に思っている」
その言葉は静かだったが、揺るぎはなかった。
◇
放課後。
オンボロ寮近くで、シルバーは■■■を待っていた。
しばらくして、小走りの足音が近づく。
「シルバー先輩!」
明るい声にシルバーは顔を上げる。
「すみません、お待たせしました」
「いや、大丈夫だ」
■■■は息を整えながら笑う。
「……先輩?」
「すまない、少しぼーっとしていた」
「どうしたんですか?」
「今日は、ずっと考えていた」
二人の視線がゆっくり重なる。
「俺は、お前と過ごす時間が好きなのだが」
「嬉しいです」
「だが、眠りに落ちてしまうと、その時間はあっという間に終わる」
シルバーが苦笑する。
「それが惜しいと思った」
「そんなふうに思ってくれてたんですね」
「ああ」
「だから今日は頑張って起きていたんですか?」
「……半分はそうだ」
もう半分は言葉にしない。
けれど視線だけで十分伝わっていた。
「■■■」
「はい」
「目が覚めた時に最初に会いたいと思う相手は、お前なんだ」
その真っ直ぐな言葉に、■■■は頬を染める。
「わたしも、先輩と一緒にいる時間が好きです」
「そうか、ありがとう」
静かな声には、心からの安堵が滲んでいた。
◇
その夜。
ディアソムニア寮の自室で、シルバーは珍しく眠れずにいた。
窓から差し込む月明かりが部屋を淡く照らしている。
机の上には、丁寧に畳まれたタオルが置かれていた。
そっと手に取り、柔らかな布地を指先でなぞる。
昼間交わした言葉が、何度も胸によみがえる。
「……不思議だな」
静かにつぶやく。
眠気はある。
それでも心だけは冴え渡っていた。
今まで当たり前だった眠りが、少しだけ違う意味を持ち始めている。
目を閉じれば思い浮かぶのは、■■■の笑顔だった。
「次に会ったら、ちゃんと伝えよう」
照れも迷いもまだ残っている。
それでも、その気持ちだけはもうごまかせなかった。
タオルを大切に机へ戻し、シルバーはようやくベッドへ身を横たえる。
穏やかな眠気が少しずつ訪れ、今度は安心したようにゆっくりと瞼を閉じた。