微睡の淵の銀鎖
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学園の喧騒が遠のく夕暮れ時。
シルバーは、鏡舎へと続く回廊の柱の陰で、深い眠りに落ちていた。
壁に背を預けたまま、ずるずると滑り落ちるようにして床に座り込んでいる。その眉間には、眠りの中でも何かを悔やんでいるような微かな皺が寄っていた。
「……あ、シルバー先輩」
通りかかったななしは、その姿を見て足を止めた。
シルバーの眠りは、彼がどれだけ努力しても抗えないものらしい。それを知っているからこそ、ななしは無理に起こそうとはせず、そっと彼の隣に腰を下ろした。
「(こんなところで寝ていたら、またセベクくんに怒られちゃうかも……)」
ななしは、シルバーの頭が壁に当たって痛くないよう、自分の鞄から予備のタオルを取り出し、それを丁寧に折りたたんで彼の頭と壁の間にそっと挟み込んだ。学園の備品を汚さず、彼にも負担をかけない、ななしなりの配慮だった。
「…………ん…………。………………俺は…………」
シルバーが小さく呻いた。
その顔は、いつもよりずっと暗い影を落としている。彼は夢の中でも、眠ってしまう自分を責めているのかもしれない。ななしは、思わず彼の手に、自分の手をそっと重ねた。
「シルバー先輩、大丈夫ですよ。……今は、休んでいい時間ですから」
その言葉が届いたのか、シルバーの表情が少しだけ和らいだ。
数分後。
シルバーがゆっくりと、重い瞼を持ち上げた。焦点の合わない瞳が、隣にいるななしと自分の頭を支えているタオルの感触を捉える。
「……ななし、か。……すまない。また、俺は……」
「大丈夫ですよ。お疲れなんですね、先輩」
「…………情けない。……またこのような公共の場で無様に眠りこけるなど」
シルバーは自嘲気味に笑い、自分の手を握りしめた。
その拳は、悔しさで微かに震えている。ななしは、そんな彼の責任感を愛おしく思い、首を振った。
「誰も先輩を責めたりしませんよ。それに先輩が寝ている間は、わたしが代わりに周りを見張ってますから。刺客なんて、わたしが追い払っちゃいます」
「……。……ななしが、俺を?」
シルバーは驚いたように目を丸くした。
魔力を持たない監督生が、自分を守ると言う。その言葉がどれほど無謀で、そしてどれほど温かいか。シルバーの凍てついていた心が、ゆっくりと解けていくのがわかった。
「……そうか。ななしが、見張ってくれていたのか。感謝する。……目覚めたとき、最初にお前の顔が見えると、自分がどこにいるのかが分かって、安心するんだ」
「シルバー先輩……」
「俺は、目覚めるたびに『ここがどこで、俺は何をすべきだったか』を必死に思い出さなければならない。……だが、ななしが隣にいてくれると、その必要がない。……ななしがいる場所が、俺の帰るべき現実だと魂が理解しているようだ」
シルバーは、ななしが壁に挟んでくれたタオルを手に取り、それを大切そうに見つめた。
「……これは、ななしの私物か?」
「あ、はい。ちょっと使い古したタオルですけど……」
「温かいな。ななしの、優しさの匂いがする」
シルバーはそう言うと、ななしの隣に座り直した。
彼はまだ少し眠たそうだったが、今度は寝るためではなく、ななしとの時間を共有するために、必死に意識を保とうとしていた。
「ななし。俺は、これからもななしを困らせるかもしれない。突然眠り、迷惑をかけることもあるだろう。それでも目覚めたときに、ななしの隣にいてもいいだろうか」
「もちろんです! わたし、先輩の隣にいるの、好きですから」
「……そうか。なら、俺も……もっと強くなろう。目覚めている短い時間を、全てななしを笑顔にするために使えるように」
シルバーはななしの肩に、自分の指先をそっと触れさせた。
それは騎士が忠誠を誓うような、けれどどこか恋する少年のような、繊細な手つきだった。
夕日が回廊を赤く染め上げ、二人の長い影が床の上で重なり合う。シルバーの「眠り」は相変わらずそこにあるが、ななしという灯火を得て、それはもう彼にとって絶望ではなくなっていた。
シルバーは、鏡舎へと続く回廊の柱の陰で、深い眠りに落ちていた。
壁に背を預けたまま、ずるずると滑り落ちるようにして床に座り込んでいる。その眉間には、眠りの中でも何かを悔やんでいるような微かな皺が寄っていた。
「……あ、シルバー先輩」
通りかかったななしは、その姿を見て足を止めた。
シルバーの眠りは、彼がどれだけ努力しても抗えないものらしい。それを知っているからこそ、ななしは無理に起こそうとはせず、そっと彼の隣に腰を下ろした。
「(こんなところで寝ていたら、またセベクくんに怒られちゃうかも……)」
ななしは、シルバーの頭が壁に当たって痛くないよう、自分の鞄から予備のタオルを取り出し、それを丁寧に折りたたんで彼の頭と壁の間にそっと挟み込んだ。学園の備品を汚さず、彼にも負担をかけない、ななしなりの配慮だった。
「…………ん…………。………………俺は…………」
シルバーが小さく呻いた。
その顔は、いつもよりずっと暗い影を落としている。彼は夢の中でも、眠ってしまう自分を責めているのかもしれない。ななしは、思わず彼の手に、自分の手をそっと重ねた。
「シルバー先輩、大丈夫ですよ。……今は、休んでいい時間ですから」
その言葉が届いたのか、シルバーの表情が少しだけ和らいだ。
数分後。
シルバーがゆっくりと、重い瞼を持ち上げた。焦点の合わない瞳が、隣にいるななしと自分の頭を支えているタオルの感触を捉える。
「……ななし、か。……すまない。また、俺は……」
「大丈夫ですよ。お疲れなんですね、先輩」
「…………情けない。……またこのような公共の場で無様に眠りこけるなど」
シルバーは自嘲気味に笑い、自分の手を握りしめた。
その拳は、悔しさで微かに震えている。ななしは、そんな彼の責任感を愛おしく思い、首を振った。
「誰も先輩を責めたりしませんよ。それに先輩が寝ている間は、わたしが代わりに周りを見張ってますから。刺客なんて、わたしが追い払っちゃいます」
「……。……ななしが、俺を?」
シルバーは驚いたように目を丸くした。
魔力を持たない監督生が、自分を守ると言う。その言葉がどれほど無謀で、そしてどれほど温かいか。シルバーの凍てついていた心が、ゆっくりと解けていくのがわかった。
「……そうか。ななしが、見張ってくれていたのか。感謝する。……目覚めたとき、最初にお前の顔が見えると、自分がどこにいるのかが分かって、安心するんだ」
「シルバー先輩……」
「俺は、目覚めるたびに『ここがどこで、俺は何をすべきだったか』を必死に思い出さなければならない。……だが、ななしが隣にいてくれると、その必要がない。……ななしがいる場所が、俺の帰るべき現実だと魂が理解しているようだ」
シルバーは、ななしが壁に挟んでくれたタオルを手に取り、それを大切そうに見つめた。
「……これは、ななしの私物か?」
「あ、はい。ちょっと使い古したタオルですけど……」
「温かいな。ななしの、優しさの匂いがする」
シルバーはそう言うと、ななしの隣に座り直した。
彼はまだ少し眠たそうだったが、今度は寝るためではなく、ななしとの時間を共有するために、必死に意識を保とうとしていた。
「ななし。俺は、これからもななしを困らせるかもしれない。突然眠り、迷惑をかけることもあるだろう。それでも目覚めたときに、ななしの隣にいてもいいだろうか」
「もちろんです! わたし、先輩の隣にいるの、好きですから」
「……そうか。なら、俺も……もっと強くなろう。目覚めている短い時間を、全てななしを笑顔にするために使えるように」
シルバーはななしの肩に、自分の指先をそっと触れさせた。
それは騎士が忠誠を誓うような、けれどどこか恋する少年のような、繊細な手つきだった。
夕日が回廊を赤く染め上げ、二人の長い影が床の上で重なり合う。シルバーの「眠り」は相変わらずそこにあるが、ななしという灯火を得て、それはもう彼にとって絶望ではなくなっていた。
