微睡の淵の銀鎖
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学園の喧騒が少しずつ遠ざかり、夕暮れが回廊を茜色に染めていた。
鏡舎へ続く静かな通路の柱にもたれかかるようにして、シルバーは深い眠りについていた。
背中を壁へ預けたままゆっくりと体が滑り落ち、床へ腰を下ろしている。
その眉間には小さな皺が寄っていた。
通りかかった■■■は足を止める。
「シルバー先輩」
呼んでみるが返事はない。
起こそうか迷ったものの、その寝顔を見れば疲れが伝わってきて、無理に声をかける気にはなれなかった。
「ここで寝ちゃったんですね」
小さく笑いながら隣へ腰を下ろす。
「またセベクくんに見つかったら怒られそう」
そうつぶやいて鞄を開ける。
中から予備のタオルを取り出し丁寧に折り畳むと、壁とシルバーの頭の間へそっと差し込んだ。
少しでも楽になれば。
そんな思いだけだった。
「…………」
シルバーがかすかに息を漏らす。
寝顔はどこか苦しそうで、眠っているというより何かと戦っているようにも見えた。
■■■は迷った末、そっとその手へ自分の手を重ねる。
「大丈夫ですか? ゆっくり休んでください」
その声が届いたのか、固かった表情がほんの少しだけ和らいだ。
◇
しばらくして、シルバーがゆっくり目を開ける。
ぼんやりと周囲を見回し、隣の■■■へ視線が止まった。
「……■■■か」
「おはようございます」
「俺は、また寝てしまったのか」
申し訳なさそうに苦笑するシルバー。
「こんな場所で眠るなんて、不甲斐ないな」
「疲れてたんですよ」
「だとしても、皆に迷惑をかける」
その言葉には、自分を責める気持ちが滲んでいた。
■■■は静かに笑う。
「誰も責めたりしませんよ」
シルバーが顔を上げる。
「先輩が寝てる間は、わたしが見張ってますから」
「見張る?」
「はい、無理はしませんけどね」
少し胸を張り、照れ笑いを浮かべる。
「先輩が安心して眠れるなら、それくらいしたいです」
「そうか……ありがとう」
静かな声だった。
「目を覚ました時、最初にお前がいると安心する」
「そうなんですか?」
「ああ」
ゆっくりとうなずく。
■■■は黙って聞いていた。
「お前が隣にいると、それだけで安心できる」
「シルバー先輩」
「ここが現実なんだと自然に思えるのかもしれないな」
シルバーは頭の後ろへ手をやり、挟まれていたタオルを取り出す。
「これは、■■■の物か?」
「はい」
「そうか」
手触りを確かめるように指先でなぞる。
「壁に頭をぶつけたら痛そうだったので」
「気づかなかった」
少しだけ目を細める。
「お前は本当によく見ているな」
「そんなことないですよ」
「いや、俺は助けられてばかりだ」
そのまま■■■の隣へ座り直す。
眠気はまだ残っているようだったが、今度は懸命に目を開け続けていた。
「■■■」
「はい」
「俺は、これからも迷惑をかけることがあると思う」
少し申し訳なさそうに笑う。
「突然眠ってしまうこともあるだろう」
「すでにありますね」
「それでも、お前の隣にいてもいいだろうか」
「もちろんです」
■■■は迷わずうなずいた。
その笑顔はとても柔らかい。
「わたし、先輩と一緒にいる時間が好きです」
その返事にシルバーも穏やかに笑った。
「起きている時間は、その分お前を大切にしたい」
照れ隠しも飾りもない言葉だった。
■■■は少しだけ頬を赤くしながら笑う。
「十分ですよ」
「いや、まだ足りない」
真面目な返事に、また笑みがこぼれる。
シルバーはためらいがちに手を伸ばし、■■■の肩へ指先をそっと添えた。
壊れ物へ触れるような、優しい手つきだった。
夕日が長い影を回廊へ落とす。
並んで座る二人の影は静かに重なり、その時間だけは誰にも邪魔されることなく穏やかに流れていた。