微睡の淵の銀鎖
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試験期間中の図書室は、いつも以上に静まり返っていた。
閉館が近づくこの時間になると、参考書を前に頭を抱える生徒や、机に突っ伏して眠ってしまう生徒の姿も珍しくない。
■■■も、学園長から押しつけられた資料を整理しながら、小さく欠伸をこらえていた。
「……眠い」
目をこすって視線を上げる。
すると二つ隣の席に座るシルバーが目に入った。
教科書を立て、ペンを握ったまま背筋をぴんと伸ばしている。
一見すると熱心に勉強しているように見える。
けれど近づけば、静かな寝息が聞こえてきた。
「やっぱり寝てる……」
思わず苦笑する。
椅子を引いて隣まで歩み寄り、ノートをのぞく。
はじめこそ丁寧な文字が書かれていた。
しかし途中からは線がぐにゃぐにゃと続き、最後は完全に力尽きている。
「頑張ろうとはしてたんですね」
小さく笑って肩へ声をかける。
「シルバー先輩、もうすぐ閉館ですよ」
反応はない。
「先輩、起きてください」
少し強めに肩を揺すると、シルバーはゆっくり目を開いた。
「……親父殿」
シルバーがぼんやりした声でつぶやく。
「もうコウモリのスープは………」
「夢の中でも大変そうですね」
思わず吹き出す。
その声でようやく意識が戻ったらしい。
「……■■■か」
シルバーが額へ手を当て、深く息を吐く。
「恐ろしい夢だった」
「そろそろ閉館時間です」
「ああ、試験前に気を抜くわけにはいかないな……」
「その気持ちは立派ですけど……ペン、逆さですよ」
「…………」
数秒固まったあと、何事もなかったように持ち替える。
その真面目さがおかしくて、二人は肩を震わせた。
◇
しかし安心したのも束の間だった。
「…………」
またシルバーの頭がゆっくり揺れ始める。
「先輩」
返事はない。
そのまま机の角へ倒れ込みそうになる。
「危ない!」
とっさに手を差し出す。
ごつん、と額が■■■の手のひらへ当たった。
「……あたたかくて、落ち着く」
「シルバー先輩、わたしの手を枕にしないでください」
「…………」
返事の代わりに、額を少しだけ押しつけてくる。
「■■■の手は……安心する」
そのまま、また寝息が聞こえ始めた。
「もう」
困ったように笑う。
手を引こうにも、動かせない。
仕方なく椅子を引き寄せ、そのまま隣へ腰掛けた。
間近で見る寝顔は思っていたより幼く、いつもの凛々しい表情とはまるで違っていた。
「起きたら首、痛くなりますよ」
もちろん返事はない。
その代わり、寝言で名前を呼ばれる。
「……■■■」
胸がどきりと鳴る。
そっと指先を動かした瞬間、大きな手が自然と手首を包み込み、また穏やかな寝息だけが響いた。
■■■は少しだけ照れたように笑い、空いた手で資料を開く。
ページをめくる音と時計の針の音だけが静かな図書室へ流れていた。
「閉館時間ギリギリまで、このままでいましょうか」
小さくつぶやき、眠る横顔をそっと見守った。
◇
「……■■■」
「あ、起きました?」
「まだ夢の途中かと思った」
「どうしてですか?」
「こんなに穏やかな景色は見たことがない」
そう言いながら、握っていた手をそっと頬へ寄せる。
「ちょ、先輩! 図書室ですよ」
「すまない」
「閉館時間なので、帰りましょうか」
「帰りは送る」
「さっきまで寝てた人が言います?」
「それでもだ」
シルバーが少しだけ笑う。
「お前を守ることだけは忘れない」
その一言に、■■■も自然と微笑み返した。
閉館を知らせる鐘が鳴り、二人は静かに図書室を後にする。
◇
夜風が吹く中庭を並んで歩く。
しばらくすると、シルバーの足取りが少しだけ危うくなった。
「先輩?」
「……問題ない」
返事はするものの、目は半分閉じている。
「寝ながら歩いてません?」
「大丈夫だ、問題ない」
■■■はシルバーの制服の裾を軽くつまんだ。
「危ないので、掴んでますね」
「……いいのか」
「そのほうが安心です」
シルバーは遠慮がちに裾を握る。
「ありがとう」
「どうしたんですか?」
「いや、お前に連れて行ってもらうのも悪くない」
シルバーは少し照れたように、その手を上からそっと重ねた。
「あと少しですね」
「ああ」
星空の下、二人はゆっくりと歩いていく。
その手は小さく制服をつかんだままだったが、不思議と頼もしく見えて、■■■はその歩幅に合わせるように隣を歩き続けた。