-
-
中国 商の時代ー。
妖怪が闊歩するこの時代は紂王が治める封神の時代であった。
人々に危害を与える妖怪たちは妖怪退治の専門家に討伐され、大きな功績を上げた一派は君主直属として召し抱えられていた。 -
海に面した陳塘関の地に見慣れぬ少女がいた。
一般的な女性の出で立ちと異なり活動的で、また長旅を経て辿り着いた様が垣間見える。 -
宵ここらのはずだけど…
-
通りかかった屋敷の立派な塀に思わず寄りかかり、背負った荷物を足下に下ろすと腰を擦りながら仄かに香る潮風に頬を撫でさせた。
-
少年
人んちの裏手で何してんの?

-
思わず見上げた。
突然頭上から幼い声がしたからだ。
-
少年
ウェッ!!

-
こちらのあまりの表情に少年も驚いたようで、塀に被さった屋根に腰掛けた体をのけ反らせた。
-
宵ご、ごめんね!
ビックリしたものだから。
全然気が付かなかった。
いつからそこにいたの? -
少年
はじめっからだけど?

-
宵そ、そうだったの。
あの、ここの子?
疲れちゃって少し休ませてもらってたの。 -
少年
ふーん。
別に良いけど。
ん?アンタ都から来た人?
-
宵(アンタ…!?)
…
え?
ん〜〜… -
少年
あれ?違う?
都会の人間ってそーゆーちんちくりんの格好してんだろ?
-
宵(ちんちくりん…)
ん〜〜 -
少年
聞いてんのかよ

-
宵ところで君、李将軍のお屋敷知らない?
このあたりのはずなんだけど。 -
少年
え?

-
少年は何かを悟ったかのようにニヤッと笑った。
-
少年
知ってるよー。
残念だなぁ、李将軍のうちはずっと前にお姉ちゃんが通り過ぎちゃってるよ。
ここまで来てたらかなり行き過ぎてる!
今すぐ来た道を引き返したほうが良いよ!!
そうだなぁ、3日くらい歩くと着くかも!
急いで引き返したほうが良い!ほんと!ほんと!
-
宵そうだったんだね、有難う。
-
優しく微笑み少年に礼を言うと、地面に置いた荷物を担ぎ直して歩き出した。
-
少年
もしかしたら4日かかるかも〜!!

-
背後で少年の声が聞こえたが知らぬふりをした。
-
少年
一生着かないかも〜 へへへ

-
………
-
中華建築の粋を集めた立派な屋敷には広い庭と池があり、きらびやかさは控えめではあるものの、趣のあるしっかりとした柱で支えられた主屋は、この屋敷の主が権威ある人物であることを示唆していた。
-
少年はそんな広々とした屋敷の中を毎日1人で散歩するのが日課だった。
使用人も数多く働いてはいるが、皆せかせかと忙しく、幼い少年の子守をする者はいなかった。 -
少年
何かおもしれえことないかなー

-
バタバタバタバタ…!
-
沢山の使用人が少年を走り抜いた。
-
少年
何だ!?

-
気になった少年は1人の使用人の裾を掴んで引き留めた。
-
少年
どったんだよ?

-
使用人
ああ、ぼっちゃん!
王様から正式に命を受けた絵師殿が到着されたのです!
只今李靖様にご挨拶されておられます。
-
少年
絵師…?

-
少年はふたたびニヤッと笑った。
-
………
-
李靖
遥々遠いところから。長旅ご苦労様でした。
宮廷画家でおられるとお手紙にてお伺いしておりましたが随分お若いのですね。
しかしその若さもさることながら女性であったとは、大変な努力と苦労をされてきたのでしょう。 -
宵いえ、実は私は正式な宮廷画家ではございません。
師が宮廷にて筆をふるっておりまして、私はまだ駆け出しの身なのです。 -
李靖
おお、そうでしたか。それは失礼致しました。
-
宵こちらこそお世話になりますのに、詳しくお知らせせず申し訳ございませんでした。
-
李靖
それで、私どもはどういったお手伝いができましょうか?
前もって頂戴しておりましたお手紙には[妖怪と妖怪退治についての資料収集のため我々の妖怪討伐に同行したい]とありましたが。 -
宵はい。
数年前から王様が妖怪の絵にいたく熱心で、宮廷画家は王様の好奇心を満たすべく、日夜、妖怪図の制作に明け暮れております。
しかしながら、宮廷内にて活動している画家たちは妖怪の生の姿など見たことがありません。
そうなると次第に制作速度は鈍化し、それどころか図案さえ思い付かなくなって遂に首をはねられた者が出ました。 -
李靖
それは…
-
宵そこで師父が、若く体力のある弟子たちを妖怪討伐の現場に送り込むことによって、実物を観察した上で制作された写実的な妖怪図資料を入手したいとおっしゃたのです。
-
李靖
なるほど。
-
宵大変危険でもあり、また皆様に多大なご迷惑をおかけすることだと理解しております。
しかしながら… -
李靖
承知いたしました…。
-
李靖は眉をひそめ、口元に手をやり考えを巡らせているようだった。
-
少年
あ!!!!!

-
大きな声が響いた。見やると先程の少年がとても驚いた様子で口を大きく開けたまま立っていた。
-
李靖
哪吒…
-
李靖は閃いたような表情を浮かべ口元から手を下ろした。
-
哪吒
何でアンタここにいんの!!

-
宵ん?ん〜〜
-
哪吒
ここはうちじゃないっつったじゃん!!!

-
宵うちじゃない?
-
哪吒
そう!ここはオレんちじゃないって言っただろ!
何戻ってきてんだよ!
ん?戻ってきたにしては早いな…
あ!オレを騙したのか!嘘付いたんだな!嘘つきババア!

-
宵あなたの家だってあなたが言ってたじゃない?
-
哪吒
そうだよ?ここはオレんち!
だけど!アンタが探してるのはオレんちじゃないから…
-
ガツン!
-
唾をとばしながら食ってかかる哪吒の目に星が散った。
-
哪吒
ッッッタアアア!!!!

-
李靖
お前は何をわけがわからないことを言っとるんだ!!
客人に失礼極まりない。頭を下げて謝りなさい!! -
哪吒
父さん!ゲンコツ落とすことないだろ!!
頭が割れた!!!
-
李靖
割れるほど中が詰まってないだろう!!グダグダ言ってないで謝りなさい!!
-
哪吒
チェッ
ごめんねぇ
-
李靖
何だその謝り方は!
まったく…!
愚息が誠に申し訳ない…。 -
哪吒
(ケッ)

-
宵フフフ。全然気にしておりませんからどうぞ頭を上げてください。
それより元気で私は良いと思います。
君、哪吒くんっていうの? -
哪吒
はあ?

-
李靖
哪吒!!!
-
哪吒
げ!
そ、そーです…。
-
宵フフフ。
私は宵。宜しくね。
さっきは道を教えてくれて有難うね。おかげで助かったよ。 -
哪吒
…

-
李靖
何だ、既に二人は顔合わせがすんでいるのか。
ところで哪吒どうしたんだ? -
哪吒
そうだ!宮廷画家が来てるって皆が騒いでたから見に来たんだよ!
どこにいんの宮廷画家さん!
-
李靖
ハハ。それならここにおられる宵さんがその人だぞ。
-
哪吒
ぇ゙!!

-
李靖
丁度いい!哪吒、お前は今日から宵さんの護衛につきなさい。
-
哪吒
護衛?

-
李靖
お前、前々から妖怪討伐に連れて行ってくれとダダを捏ねていただろう。
連れて行ってやる。 -
哪吒
ほっホント!!???

-
李靖
ああ。
しかし一つ条件がある。
ここにいる宵さんは妖怪の絵を描きに来た妖怪絵師さんだ。
実物の妖怪を見ながら絵を描くことが目的でここまでいらっしゃった。
お前は宵さんが安心して絵を描けるように護衛するのが役目だ。 -
哪吒
はぁ!!??やだよ!!オレだって最前線で妖怪と戦いたいって!

-
李靖
駄目だ。
この条件がのめないのなら連れてはいかん! -
哪吒
グッ…。わかったよ!

-
宵李靖様、哪吒くんで大丈夫ですか?まだ幼すぎるのでは!?
-
哪吒
はぁ!?なめてんの?!オレを誰だと思ってんだよ!!

-
宵哪吒くん今いくつ?
-
哪吒
7だけど?!

-
宵7!ダメダメ!危ないよ!
-
哪吒
ああ!?

-
李靖
ハハハ。
心配には及びませんよ。
哪吒はこれでもかなりの武術の腕前です。安心してください。
ところで、宿はどうなさるのですか?
予定されておられないのでしたらどうぞ我が家を使ってください。
じきに妻も帰ってきますので。 -
哪吒
(護衛…。まぁいいや。現場までいっちゃえばこっちのもんだ!シシシ…。)

-
………
-
陳塘関は西岐とを隔てる最前線であり、また五代関の一つとされ、商の都[朝歌]から最も遠く、そして厳しい戦場であった。
妖怪退治だけではなく、西からの敵に備えるため名将李靖とその妻殷、そして兵士たちは日々慌ただしくしていた。
-
哪吒
なんでオレがあんたのオモリなんだよ!

-
宵まぁそう言わないで。
-
哪吒と宵は紫陽花の庭を抜ける長い渡り廊下を歩いていた。
この先にはいくつか客室が連なった離れがあり、哪吒は李靖の言い付けで宵をそこへ案内するのだ。 -
哪吒
ところでさぁ、どーしてオレが言ってること嘘だってわかったの?

-
宵え?
うーん、そうだなぁ…。
さぁ何でだろうね。
…わかんないやぁ…。 -
哪吒
はぁ?なんだそれ。

-
哪吒が案内したのは寝床と机だけがある板張りの部屋だった。
少しばかり埃っぽくはあったが、小ざっぱりとして、何より床面積が広いことに宵は喜んだ。 -
哪吒
湿気が多いからカビくせーんだよな。

-
宵そう?いい部屋ね。有難う。
私気に入ったよ! -
哪吒
あっそ

-
宵が荷物を床に下ろすと、哪吒はくるりと踵を返して部屋を出ていこうとした。
-
宵哪吒くん、有難うね。
-
哪吒
あ?別にいーよ。暇だし。
あと『くん』とかいらない。ゾゾッとする…。
-
チラリとこちらに視線を送って、哪吒はそのまま行ってしまった。
-
………
-
正午過ぎ、開門の声が響いた。
李靖の妻である殷だ。
何台もの荷車に沢山の食料や薬、衣服を積み、護衛と使用人を引き連れて帰宅した。 -
李靖
おお、帰ったか。
-
殷
あなた、只今戻りました。
-
にこやかに微笑む殷は哪吒、そして兄の金吒、木吒の母親である。
-
李靖
今回の仕入れはいつもよりも若干多いか?
-
殷
はい。寄付のものも混ざっているのですよ。
-
李靖
そうか、それは有り難いな。早速、兵に足りぬものを配ろう。
-
殷
ええ。
-
そう言うと、殷は手を二回鳴らし、使用人に荷ほどきを促した。
-
殷
ところであなた。町で例の噂を聞きました。
-
李靖
ん?
-
殷
ほら、私、先月山の向こうの村まで穀物の配給に行ったでしょう。そのとき教えていただいたお話をあなたに帰ってしたこと、忘れたの?
-
李靖
ああ、影の話だったな。
-
殷
そう、影が人間を食べたって話よ。
-
李靖
うむ。
-
殷
それと同じ話を町で聞いたの。正確に言うと若干の違いはあるものの、まぁ同じようなものよ。
-
李靖
それで?
-
李靖はいぶかしげな表情を浮かべた。
-
殷
先月の十五夜の夜から、町の人、数名が行方不明なのだそうよ。
それで、脇道で立ち小便をしていたお爺ちゃんが足元の影に落ちていく人を見たんだって。 -
李靖
満月の夜か。
-
殷
影がくっきりしていたから忘れないって言ってたそうよ。
妖怪かしら? -
李靖
うむ。その可能性はあるが、老人一人の証言では見間違いか、寝惚けていたのかもしれないから、その話をはなから全面的に信用するのはよすこととして、それでも違う地域で似た噂が囁かれるのなら何かは確実にあるのだろう。
妖怪の仕業か、はたまた敵軍の工作かもしれん。
噂の真意を確かめるため人を出そう。 -
つづきます。また後で書きます~。読者登録して続きをお待ちいただければと幸いです😄
タップで続きを読む