5th. さよなら

 「見かねた両親が、ブラックの代わりにと白いトイプードルをもらってきたんですが、彼女は仔犬にまったく見向きもしない。『ブラック以外の犬なんていらない』と言って、部屋に閉じこもったままなんです」
 そう言ってお客は俯いた。
 その茶色い瞳が悲しそうに揺れている。
 「いったいどうしたらいいんでしょうね? このままじゃ可哀想です、彼女も仔犬も」
 俯いたままそう言うお客に、黒髪の店員がそっと手を差しのべる。
 お客は驚いて顔を上げると、店員の顔をじっと見つめた。
 「大丈夫。きっと大丈夫ですよ」
 琥珀色の瞳が優しくお客に笑いかけた。


*


 少女は机の上に飾られた写真をじっと眺めていた。
 写真の中で、黒い大きな犬と少女が寄り添いあって笑っている。
 「ブラック」
 額にはめられたガラスの上からそっと写真をなぞる。
 その指先がわずかに震えて、少女はきゅっと唇を噛み締める。
 「ブラック……」
 すると、
 「クゥーン」
 足元から小さな鳴き声がして、少女は思わず視線を落とす。
 だがそこにいたのは見慣れた大きな黒い体ではなく、何とも頼りなさそうな白い小さな塊。少女を見上げているのも、懐かしい茶色い瞳ではなく、ボタンみたいにまん丸な黒い目。
 「キュウウーン」
 少女が自分を見てくれたことが嬉しいのか、小さな赤い舌を出しながら一生懸命しっぽを振っている。
 一瞬、少女の瞳が優しく緩む。
 仔犬に触れようと手を出しかけて、けれどすぐにハッとしたようにその手を引っ込めた。そして慌てて視線を仔犬から反らしてしまう。
 「クゥーン。キューン」
 少女が自分を振り向いてくれた嬉しさ。そしてそれがたった一瞬だけのものだった寂しさ。両方がない交ぜになった感情を、仔犬は何とか少女に訴えようとしっぽを振り続ける。
 しかし少女は頑なに仔犬のほうを見ようとしない。それどころか、
 「うるさい!あっちへ行って!!」
 仔犬を邪険に追い払おうとする。
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