プロローグ 予感
林道をしばらく歩くと、木々の中に埋もれるように建っている赤いレンガ造りの小さな建物が見えてきた。建物の入り口には大きな木製の扉があり、上半分にステンドグラスが嵌め込まれている。
そのまま素直に扉を開ける気になれず、ささやかな抵抗とばかりに、入り口の前で足を止める。今ならまだ引き返す事が出来るかもしれないと考えながら、彼は目の前のステンドグラスを注意深く観察した。
少し風変わりな絵柄で、この建物とよく似たレンガ造りの家屋の前に、黄色い首輪をつけた一匹の黒猫が座っているというものだ。訪れたものを出迎えるように、行儀よく両手を揃えて、琥珀色の瞳をまっすぐこちらへ向けている。
黒猫の背後には、可愛らしい人形のオーナメントが飾り付けてあるクリスマスツリーがあり、足元には、向かって右側にオルゴールの木箱、左側には茶色いテディベアが置いてあった。それらを囲むように、四つ角にはそれぞれ、黄色いタンポポ、白いライラック、オレンジ色の薔薇 、桜色の貝殻と色とりどりのシーグラスの飾り枠が配されている。
「季節感も何もあったもんじゃないな」
彼は呆れたように溜め息を吐いた。
扉の両脇には大きめの鉢植えが置かれ、うつむき加減に咲く小さなベルのような形の乳白色の花が、赤いレンガの壁に勢いよく蔓を這わせていた。こんな真冬に生き生きと花を咲かせているなんて、ずいぶん元気がいいと感心するものの、大して植物に詳しくないので、その花の名前どころか、どういう種類なのかさえ分からない。
乳白色の花の株元には、彼でも名前を知っている植物――赤や白のシクラメン、淡い色合いのパンジー、葉牡丹や班入りのアイビーなどが寄せ植えされている。
冷たい風の中に、嗅いだ事のある清々しい香りが混じってきて、思わずその方向へ視線を向ける。二階建ての建物と庭を生け垣のように囲んでいるのは、見覚えのある低めの常緑樹で、濃い緑色の細長い葉がこんもりと茂り、可憐な青い花をたくさん咲かせていた。
(あの家の庭にも植えてあった、確かローズマリーって名前の木だ)
懐かしい風景を思い出して、胸の奥がちりちりと痛み出した。
それを紛らわすように、建物の両脇にある小さな庭を覗き込む。冬なので花は咲いておらず、まるで枯れたような印象を受けるが、薔薇やラベンダーなどが何本も植えてあるのが見て取れた。
どうやらここの家主は相当な花好きらしい。
きっと花の季節になれば、たいそう美しい景色になるに違いない。
色とりどりの花に包まれたレンガ造りの建物。まるでおとぎ話にでも出てくるような雰囲気だ。
「まさしく聞いた話の通りだな」
そう言いつつ視線を上げる。
扉の上に掲げられた素朴な木の看板には、『喫茶・雑貨 猫目堂』と店の名前が書いてあった。
そのまま素直に扉を開ける気になれず、ささやかな抵抗とばかりに、入り口の前で足を止める。今ならまだ引き返す事が出来るかもしれないと考えながら、彼は目の前のステンドグラスを注意深く観察した。
少し風変わりな絵柄で、この建物とよく似たレンガ造りの家屋の前に、黄色い首輪をつけた一匹の黒猫が座っているというものだ。訪れたものを出迎えるように、行儀よく両手を揃えて、琥珀色の瞳をまっすぐこちらへ向けている。
黒猫の背後には、可愛らしい人形のオーナメントが飾り付けてあるクリスマスツリーがあり、足元には、向かって右側にオルゴールの木箱、左側には茶色いテディベアが置いてあった。それらを囲むように、四つ角にはそれぞれ、黄色いタンポポ、白いライラック、オレンジ色の
「季節感も何もあったもんじゃないな」
彼は呆れたように溜め息を吐いた。
扉の両脇には大きめの鉢植えが置かれ、うつむき加減に咲く小さなベルのような形の乳白色の花が、赤いレンガの壁に勢いよく蔓を這わせていた。こんな真冬に生き生きと花を咲かせているなんて、ずいぶん元気がいいと感心するものの、大して植物に詳しくないので、その花の名前どころか、どういう種類なのかさえ分からない。
乳白色の花の株元には、彼でも名前を知っている植物――赤や白のシクラメン、淡い色合いのパンジー、葉牡丹や班入りのアイビーなどが寄せ植えされている。
冷たい風の中に、嗅いだ事のある清々しい香りが混じってきて、思わずその方向へ視線を向ける。二階建ての建物と庭を生け垣のように囲んでいるのは、見覚えのある低めの常緑樹で、濃い緑色の細長い葉がこんもりと茂り、可憐な青い花をたくさん咲かせていた。
(あの家の庭にも植えてあった、確かローズマリーって名前の木だ)
懐かしい風景を思い出して、胸の奥がちりちりと痛み出した。
それを紛らわすように、建物の両脇にある小さな庭を覗き込む。冬なので花は咲いておらず、まるで枯れたような印象を受けるが、薔薇やラベンダーなどが何本も植えてあるのが見て取れた。
どうやらここの家主は相当な花好きらしい。
きっと花の季節になれば、たいそう美しい景色になるに違いない。
色とりどりの花に包まれたレンガ造りの建物。まるでおとぎ話にでも出てくるような雰囲気だ。
「まさしく聞いた話の通りだな」
そう言いつつ視線を上げる。
扉の上に掲げられた素朴な木の看板には、『喫茶・雑貨 猫目堂』と店の名前が書いてあった。
