2.Home, Sweet Home

 しかし、この一件があって、子供たちはいよいよ本気で和男を説得にかかりました。
「どうしても家を離れたくない。それが駄目なら、少しでもこの家の近くにいたい」
 そう訴える和男に、子供たちはほとほと困り果て、話し合いの結果、和男は山を一つ越えた場所にある介護施設に入る事になりました。

 最初のうちは、子供たちも何度か家の手入れに来てくれたのです。
 施設にいる和男にもこまめに会いに来てくれました。
 けれど、子供たちにも皆それぞれの家庭や生活があります。しかも、車や電車を使って、何時間も離れた場所からやって来るのです。
 三度の訪れが二度になり、二度の訪れが一度になり、おのずと足が遠のいて、やがて誰も訪ねて来なくなってしまったとしても、どうして責める事が出来るでしょう。
 和男もそれは十分承知していたと思います。
 施設に顔を出してくれる子供たちに、山奥に残してきた家について尋ねなくなったのは、けだし和男なりの思いやりだったのでしょうね。

 施設に入って十数年後、和男は亡くなりました。九十七歳で老衰でした。
 最期の朦朧とした意識の中で、彼はやっと本心を口にする事が出来ました。
「もう一度、あの家に帰りたい」
 子供たちは、和男のその言葉を聞いて、深く後悔しました。
 和男の葬儀を済ませ、子供たちがやっと訪れた時には、かつての和男の生家とその周りの様子はすっかり変わり果てていました。
 誰も通る事のなくなった山道は、伸びた草や木々の枝で一段と狭くなり、手入れのされなかった畑は、雑草の生い茂る草むらになっていました。唯一変わらなかったのは、庭の片隅にある大きな山桜の樹だけでした。
 肝心の家については、外観こそそのままの姿で残っていましたが、人が住まなくなり、放っておかれた家は、あっという間に寂れてしまいます。
 日の射さなかった室内はかびと埃にまみれ、至る所に蜘蛛の巣が張り、鼠の糞があちこちに散乱していました。襖も畳もすっかり傷んでしまい、もうこの家に人が住むのは難しいような有り様だったのです。
 本当は取り壊してしまった方が良かったのでしょう。
 でも、子供たちには、とてもそんな真似は出来ませんでした。
 三人は話し合いの末、家をそのまま残す事にしたのです。
 いつか自然に朽ち果てるまで、せめてこの家を残しておこう、と。


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