2.Home, Sweet Home
「覚えていらっしゃるんですね」
カイトが優しく微笑むと、お客は力強く頷いた。
「当然です。先代の家主が、新婚旅行の記念にと夫婦で焼きものづくりに挑戦した際の物です。もともとお揃いで二つあったのが、子供たちが小さい時分に遊んでいて一つ割ってしまいましてね。奥様が亡くなった後、このカップを見つめながら『カップと同じ男やもめになってしまった』と寂しそうに笑っていたのを思い出します」
顔を綻ばせて、そんな事を懐かしそうに語る。
最初に店に入って来た時は得体の知れないお客だと思ったが、話しているうちに大分人間らしい印象に変わってきたな、とハルは思った。
「先代が亡くなった時に、どこかへ仕舞い込んでしまったと思っていました。長い間ずっと見かけなかったので、蔵の中にでも眠ったまま、もう二度と使われる事はないのだろうと、寂しく感じていたのですよ」
「このコーヒーを淹れるのに、相応しいと思ったものですから」
カイトの粋な計らいに、
「そうですね。確かにその通りだ」
お客は心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
それから、壊れ物でも扱うように両手でそっとカップを包み込むと、改めてカイトに向き直った。
「ありがとう。忘れられた思い出も、ここではこうして存在する事が出来る。たとえ誰からも忘れ去られてしまったとしても、こうやって消えずに留まる事が出来る。それが分かって本当に嬉しい。これで心置きなくゆけそうです」
しみじみとそう言う。
晴れ晴れとしたお客の顔と相反するように、お客の言葉を聞いたカイトの顔は少しだけ暗く沈んだようだった。
「やはり行ってしまわれるのですか?」
カイトが尋ねると、お客はますます笑みを濃くした。
その瞳に迷いの色は微塵もなかった。
すっと顔を上げて、まるで遠くを見るように眼差しを空中に漂わせる。
「彼が施設に入ってから十数年、その間ずっと彼の帰りを待っていました。しかし、一度も帰らぬまま、先日とうとう亡くなってしまいました。九十歳を超えていましたから、大往生と言えるのでしょうね。実際、十分長生きしたのでしょう。たくさんの家族に恵まれて、たくさんの思い出を残して、最期も大勢の子供や孫たち、ひ孫たちに看取られて、眠るように静かに逝きました。彼の人生は幸せだったと思いますよ。何も思い残す事もなく、満足して旅立ったのだと思います」
「……」
「その証拠に、彼はここへは一度も訪ねて来なかったでしょう?」
カイトが優しく微笑むと、お客は力強く頷いた。
「当然です。先代の家主が、新婚旅行の記念にと夫婦で焼きものづくりに挑戦した際の物です。もともとお揃いで二つあったのが、子供たちが小さい時分に遊んでいて一つ割ってしまいましてね。奥様が亡くなった後、このカップを見つめながら『カップと同じ男やもめになってしまった』と寂しそうに笑っていたのを思い出します」
顔を綻ばせて、そんな事を懐かしそうに語る。
最初に店に入って来た時は得体の知れないお客だと思ったが、話しているうちに大分人間らしい印象に変わってきたな、とハルは思った。
「先代が亡くなった時に、どこかへ仕舞い込んでしまったと思っていました。長い間ずっと見かけなかったので、蔵の中にでも眠ったまま、もう二度と使われる事はないのだろうと、寂しく感じていたのですよ」
「このコーヒーを淹れるのに、相応しいと思ったものですから」
カイトの粋な計らいに、
「そうですね。確かにその通りだ」
お客は心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
それから、壊れ物でも扱うように両手でそっとカップを包み込むと、改めてカイトに向き直った。
「ありがとう。忘れられた思い出も、ここではこうして存在する事が出来る。たとえ誰からも忘れ去られてしまったとしても、こうやって消えずに留まる事が出来る。それが分かって本当に嬉しい。これで心置きなくゆけそうです」
しみじみとそう言う。
晴れ晴れとしたお客の顔と相反するように、お客の言葉を聞いたカイトの顔は少しだけ暗く沈んだようだった。
「やはり行ってしまわれるのですか?」
カイトが尋ねると、お客はますます笑みを濃くした。
その瞳に迷いの色は微塵もなかった。
すっと顔を上げて、まるで遠くを見るように眼差しを空中に漂わせる。
「彼が施設に入ってから十数年、その間ずっと彼の帰りを待っていました。しかし、一度も帰らぬまま、先日とうとう亡くなってしまいました。九十歳を超えていましたから、大往生と言えるのでしょうね。実際、十分長生きしたのでしょう。たくさんの家族に恵まれて、たくさんの思い出を残して、最期も大勢の子供や孫たち、ひ孫たちに看取られて、眠るように静かに逝きました。彼の人生は幸せだったと思いますよ。何も思い残す事もなく、満足して旅立ったのだと思います」
「……」
「その証拠に、彼はここへは一度も訪ねて来なかったでしょう?」
