2.Home, Sweet Home

 ハルの疑問を置いてけぼりにして、カイトとお客の会話は弾む。
「でも、もうしばらく飲んでいないので、本当に久しぶりですよ、この香りを嗅ぐのは」
 そう言って、お客は挽きたてのコーヒー豆の香りを吸い込んだ。
「ああ、良い香りだ」
 懐かしそうに細められたお客の瞳の色が、一瞬だけ濃くなったように見えたのは、ハルの気のせいだろうか。
 コーヒーを淹れるカイトの手元を見つめながら、お客は独り言のように話し続ける。
「最後の家族が施設に入ってしまってから、家でコーヒーを淹れる者がいなくなってしまいましてね。誰もいなくなると、音も匂いも気配も、何もなくなるものだと初めて知りました」
「そうですね。誰もいない家というのは、しんと静まり返ってしまいますから」
 手を休める事なく、カイトは相槌を打つ。
「そうなんです。それこそ怖いくらい静かで。それまで当たり前のように在ったものがなくなるというのは、何とも寂しいものですね」
 独り言のようにお客が言うと、
「失って初めてその大切さが分かる、などと言いますが、確かにその通りかもしれませんね」
 カイトもしんみりと頷く。
 何だか自分だけ仲間外れにされているようで、ハルは少しだけ面白くない。
 だいたいカイトとこのお客は知り合いなのだろうか。それにしては、お互いに他人行儀な話し方をする。
 問い質したいのはやまやまなのだが、二人の会話に割って入ってはいけないような気もして、どうしたら良いのか分からない。むず痒いような妙な感覚にとらわれる。

「どうぞ」
 そう言ってカイトがお客に差し出したのは、いつも使用している花や鳥が描かれたボーンチャイナの茶器ではなく、素朴な土色をした焼き物のコーヒーカップだった。
(へえ、こんなカップもあったんだ)
 この店にこんな食器が置いてあったとは知らず、ハルは少しばかり驚いた。
 だが、ハル以上に驚きを隠せなかったのは、コーヒーを出されたお客だった。
「どうして、これがここに?」
 お客は震える手でカップを手にすると、コーヒーが零れないよう用心しながらカップを持ち上げ、カップの底の裏の部分を覗き込んだ。
 束の間カップの底を観察した後、
「ああ、やはり間違いない。これはかつて私の家族が作ったものですね。カップの裏に、イニシャルとこれを作った日付けが刻まれています」
 それまであまり感情の見えなかったお客の表情が、突然ぱっと明るく輝いた。
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