1.Over the Rainbow

 表情を失くして呆然と立ち尽くす香奈に、獣医師は穏やかに声を掛ける。
「確かにそうかもしれませんが、少なくともライラちゃんの痛みを和らげることは出来ます。今ライラちゃんはひどい疼痛を抱えています。言葉にはなりませんが、必死に痛みを堪えているんです」
 香奈ははっとして顔を上げた。
「足を切断すれば、今より痛みはなくなると思います」
「……」
 ぐっと唇を噛み締める。
 早く決断しなくてはいけないのは重々承知している。
 その決断が出来るのは香奈だけだという事も分かっている。
 でも。それでも。
「ライラちゃんにとって何が一番良いのかは分かりませんが、私も獣医師として出来る限りの事はしたいと思っています」
 獣医師の真摯な言葉を聞きながら、香奈はそっとライラを見つめた。
 診察台の上でぐったりとしているライラ。痛みを我慢しているのか、その顔はひどく苦しそうだった。
「ライラ」
 そんな状態なのに、香奈が名前を呼ぶと、ライラはすっと顔を上げた。
 ライラの澄んだ瞳がじっと香奈を見つめている。何の疑いもなく信頼しきった瞳で、ライラが香奈を見つめてくる。
「ライラ……」
 香奈は両手を伸ばし、ライラの小さな頭をそっと抱き寄せた。
「ごめんね、ライラ」
 もっと早く気が付いてあげられなくて。こんなに痛い思いをさせてしまって。
 それなのに、少しでも長くライラに生きていて欲しいと思ってしまって。
 色々な思いが込み上げてきて、香奈の両目から大粒の涙が零れた。
「本当にごめんね、ライラ」
「クゥーン」
 香奈の涙を拭うように、ライラが香奈の頬を舐める。
 その温かさにますます涙が零れた。ライラの、いのちの温かさに、涙が零れた。

 右足を切断して数か月もすると、ライラは三本足で元気に走り回れるようになった。
 さすがにフリスビーで遊ぶことは出来なくなったが、以前のようにドッグランに出かけて行って、仲の良い犬たちと追いかけっこをしたりしていた。
 楽しそうなライラの様子を見ていると、香奈も嬉しかった。
 こんな風に走るライラの姿をまた見る事が出来て良かったと素直に思う。
(そう。これで良かったんだ)
 他の犬たちと遊ぶライラを見つめながら、香奈は自分に言い聞かせた。
(ライラのためにも、これが一番良かったんだ)
 その気持ちは今も変わっていない。
 あの時の自分に出来る最良の選択だったのだと、香奈は今も信じている。
 でも、それ以上に申し訳ないという思いが、香奈の心を締め付ける。
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