1.Over the Rainbow

(こんな所で商売なんて怪しすぎる)
 香奈はじっと看板を見つめた。
 バスが通っているのさえ不思議なくらいのこんな山奥で喫茶店を営むなんて、よほどの変わり者か、やる気がないとしか思えない。やはりどう考えても胡散臭い。
(でも、まあ、一時間もあのバス停で待っているよりは良いかも。ゆっくり単語帳や参考書も見られるしね)
 そう考え直して、思い切って扉を開けた。

 カランカランカラーン……
 扉を開けると、ドアベルが澄んだ音を立てた。
「いらっしゃいませ」
 それと同時に、カウンターの中から、綺麗な顔をした黒髪の青年が声を掛けてきた。
 青年の隣には香奈と同じか一、二歳年下くらいの少年が立っているが、こちらは無言で頭を下げただけで、声を掛けてきた青年に小さな声で叱られていた。少しくすんだこげ茶色の髪に、灰色がかった青い瞳をした少年で、不貞腐れたような表情とは裏腹に、どこか育ちの良さそうな印象を受ける。
 きっと黒髪の方が店長で、こげ茶髪の男の子はアルバイトに違いない。
 落ち着いた雰囲気の店内には、コーヒーの良い香りと清潔な空気が流れていて、カウンター席には三人ほどのお客もいる。年配の優しそうな紳士と、すごく可愛い顔をした小さな子供と、外国語の雑誌を読んでいるインテリ風の美人。何だか不思議な取り合わせだ。
 三人とも間を空けた席に座っていて、どう見ても連れという様子ではない。こんなに小さな子供が一人で喫茶店にいるなんて、親はどこへ行っているのだろうと首を傾げたくなる。
 それから改めて店の中を見渡してみる。
 造りは小さいが、瀟洒で感じの良い店という印象だった。
 入り口の扉だけではなく、壁に取り付けられた飾り棚も、お客たちが寛いでいるカウンターも、カウンターの横にあるショウケースもすべて木製で、ナチュラルな木目が美しいレトロなデザインだ。
 飾り棚の中には花や鳥の柄が描いてあるカップや綺麗なカッティングが施されているグラス類が整然と並べられ、テーブルの上に置かれた花びらの形のランプから柔らかな光が漏れていた。大きなソーダガラスが嵌め込まれたショウケースの中にはいくつかの雑貨が並んでいて、こちらはどうやら売り物らしい。
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