1.Over the Rainbow

「え?嘘ですよね?」
 立ち上がり、思わずそう訊き返してしまう。
 運転手は肩を竦めて、無情にもバスのドアを開けた。
「ご乗車ありがとうございました。一時間ほどしたら次のバスが来ますので、そちらをご利用ください」
「は?」
 どうやら冗談ではないらしい。運転手は表情一つ変えず、香奈がバスを降りるのを辛抱強く待っているようだった。
「こんな山の中に一時間もいなくちゃならないの?」
 呆気に取られて立ち尽くす香奈を、さすがに可哀想に思ったのか、運転手はバス停の向かいにある細い林道を指さした。
「あの林道の突き当たりに、赤レンガで建てられた喫茶店がありますから、そこで次のバスを待たれたらいいですよ」
「喫茶店?こんな山奥にですか?」
 家どころか人の姿も見当たらないし、ここへ来るまでに対向車の一台もすれ違わなかった。こんな寂れた山道の、更にその奥にあるような喫茶店なんて、どう考えたってお客なんか来るはずもない。そんなの絶対に胡散臭いに決まっている。
 ますます不安になりながら、縋るような視線を運転手に向けた。しかし、
「申し訳ありませんが、急いで戻らなければなりませんので」
 深々と頭を下げられて、それ以上は何も言えなくなってしまう。
 香奈は仕方なしにバス停に降り立った。すると待っていたかのように、彼女を残してバスはあっという間に去って行ってしまった。
 香奈は途方に暮れながらバスを見送ると、念のため時刻表を確認した。
 運転手の言葉通り、次のバスまでは一時間以上もある。
「うわ、めちゃくちゃ時間のロスだわ」
 せめてもの救いは、先ほどスマートフォンに届いた休講のメッセージ。どういうわけか担当講師の体調不良や急用が重なり、香奈の取っている授業は午前中の分がすべて休講になってしまったのだ。この偶然がなかったら、確実に間に合わなかったに違いない。
 運が良かったのか悪かったのか、何とも微妙な気持ちになる。
 それにしても、見知らぬ山奥に一時間以上もたった一人きりでいなければならないと思うと、とても心細くなってくる。夏にはまだ早いとはいえ風が冷たく、肌寒ささえ感じるのも、こんな山の中にいるからだろうか。
 こうなったら、くだんの胡散臭い喫茶店で待つ方がよっぽどましかもしれないと思えてきてしまう。
「風邪なんて引いて、学校やバイトを休む羽目になったら洒落にならないし。だけど、こんな所に住んでいる人が本当にいるのかしら?」
 ぶつぶつと独り言を言いながら林道を歩いて行くと、深い緑に囲まれるようにして赤いレンガ造りの建物があった。
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