ヤンデレワンライログ

 ゆるゆると意識が覚醒に向かう。ぱちりと目を開けば、和室の天井が見えた。審神者の部屋は洋室だから、和室の天井が見えるのはおかしい。
 ……いや、そもそも。
 自分はいつから眠っていた? 最後の記憶は? 必死に思い出す。
 そうだ。自分は膝丸とけんかをした。それで彼を怒らせてしまって、それから。……それから?
 審神者は起き上がると、部屋を見回した。薄暗い和室。枕元の行灯の明かりだけが頼りだ。なんだか身体が重い。身体を見下ろす。
 ……審神者は花嫁衣装を着ていた。白無垢。結婚する時に身につけるものだ。
「え? な、なん、なんで……」
 意味がわからない。ぐるぐる。考える。すると、部屋のふすまが音も立てずに開き、そこから膝丸が入ってきた。
「目を覚ましたんだな」
 よく見えないが、彼はなんだかひどく疲れた様子だった。少しふらついているようにも見える。
 審神者は後ろ手にふすまを閉める膝丸に問うた。
「ひざ、まる? あのさ、これは……」
「よく似合っているな。用意した甲斐があった」
 君はこういった衣装が好きだからな。
 そんなことを言いながら審神者に歩み寄り、布団の上に座る審神者の頬にそっと触れた。優しく撫でられる。金の瞳の奥は暗い。審神者は背筋に悪寒が走るのを感じた。
 ……逃げなければ。
 本能が告げる。急いで離れないと。審神者は勢いよく立ち上がると、そのまま前に向かって足を踏み出す。だが、花嫁衣装のすそを踏んで畳に倒れてしまった。痛みに耐えながら必死でふすまに手を伸ばす。その手は、背後の膝丸にそっと絡め取られた。指の間に指を滑り込ませ、愛しげにその手を握る膝丸。
「……俺から逃げられるはずもないと言うのに。可愛らしい足掻きだ」
 余裕と侮りを感じさせる口ぶりだ。
 膝丸はこんな男だったか?
 審神者の知る膝丸は、冷静で誇り高く、兄と主を大切にする優しい刀のはずだ。
「君が悪いのだぞ」
 そのままズルズルと布団に引っ張りこまれる。
「君が俺から離れようとするから」
 ここに来る前にしたけんかを思い出す。
 ――わたしなんかより、もっといい人がいるよ。
 自分に自信をなくした審神者は、膝丸に別れを告げた。わたしは膝丸に相応しくない。そう言って離れようとしたら、この有様だ。混乱する中、審神者は自嘲する。なんだ、全部わたしのせいじゃないか。
「……膝丸。ここはどこなの?」
「俺の神域だ。居心地は良いように努めたが、君が気に入ってくれるかは……ああ、だが、外には紫陽花が咲く季節だから、眺めはいいはずだ」
 あとで一緒に見に行こう。
 膝丸の手が審神者の花嫁衣装の袷から入り込む。ああ、初夜か。彼は初夜の行為に及ぼうとしているのか。なんとなく察して、審神者は祈るように目を閉じた。
「主、六月に祝言を挙げると、花嫁は幸せになれると言っていたな」
 膝丸は審神者のまぶたに口付ける。
「愛している。必ず幸せにしよう」
 だから俺から離れないでくれ。
 懇願にも似たその言葉。審神者は自分の犯した過ちにただひたすら後悔するのだった。
 膝丸、傷つけてごめんね。
 その言葉が言えぬまま、初夜が始まる。
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