ロン夢
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地獄の果てまで
浅い眠りから、頃合いだといわんばかりにロンの目がゆっくりと開く。満月が空の最も高いところから差し込むベッドで、恋人の寝顔を見据える。もう、この無邪気な顔を見るのは、これが最後。ロンは陶器のように白いリナの頬を撫でようとして――引っ込めた。今触れてしまったら、離れたくなくなるだろうから。ロンは唇をぎゅっと噛み締め、首をふる。ロンは音をたてずに寝床から抜け出し、あらかじめまとめておいた最低限の荷物を担いだ。
今、ロンにできること。一歩でもリナから遠ざかること。恋人に危害が及ばないようにするにはこれが最善だ。
ケイからの電話によれば、ロンは無免許で探偵行為をやったという罪状で、秘密裏に処刑されることが決まったとのこと。わざわざプライベート用のスマホからかけてきたらしい電話口から流れた、いつも生意気な態度で軽口をたたく後輩の声はロンをストレートに突き刺すものだった。今回の遊園地での騒動で、連盟内でM家に関係する者は根絶やしにするという風潮が強まったらしく、それは半分M家の血が流れるロンにまで及んだ。たとえロンが事件を解決し、M家を光のもとに引きずり出したとしても。彼の身体に宿る犯罪一族の遺伝子は、探偵の世界では目の敵にされてしまうらしい。
また、血の実習事件のあのときみたいに。犯人を追い詰める病が治ってもまた、僕は危害を加えてしまうのか。ロンにはこの世界を恨み、そのすべてを壊すということもできただろう。しかし、今まで探偵として散々犯罪者の血にあらがってきた。今更踏み入れる選択肢はない。
全身に力を込めて後ろを振り向きたい衝動に抗い、ドアノブに手をかける。が、ロンはそこから動くことができなかった。
いやまさか。起きているはずがないのだ。この時間に絶対起きないよう、睡眠薬を飲ませたはずなのだから。ロンはおそるおそる、右肘にかかる重さに向かって振り返る。彼を見上げる茶色の瞳と視線がかち合った。
「どうしてって顔してるわね」
普段のリナからはめったに聞けない、肝の据わった強気な声。ドアノブにかかったロンの右腕が強張った。
「あからさますぎるのよ。あなたらしくない。まるで引き止めてほしいみたいだったわ」
リナが取り出したのは、一つ欠けている8個入りの錠剤。まさにロンが昨日使ったものだった。
「……君も知ってるだろう、今回はわけが違うんだ」
ロンは再び扉のほうを向いて、歯を食いしばる。
「今度は僕のそばにいれば、君は危険な目に遭う。僕が消されたら、君も」
「忘れたの? あなたが声出せるようになったときのこと」
「っ!」
長いまつげに縁取られた双眸が、ロンの射抜く。過去の思い出として奥底に押し込めようとしていた記憶が、月明かりのもとにさらされる。
目覚めた君はひどく泣いていて。せき止めていた分、わっと
クルーズでの事件後、ロンの声帯が治ったとき、彼女はせき止めていたものを一気に放出するかのように泣きじゃくっていた。もう怖い思いをさせない。ロンはあのとき、そう誓ったけれど。今度はロンのそばにいる限り、リナに不自由な生活を強いるだろう。いつ現れるかわからない探偵連盟の追っ手に怯え続けなければならない。血の実習事件でBLUEを追放されたときは、ロンは探偵をしなければ処刑されることはなかったが。今回は見つかった瞬間、問答無用で、待つのは死一択だ。
「誘拐事件のことも、私たちが付き合い始めたときのことも」
リナはさらにロンの心の奥底をノックする。
「そばで守ってくれるって言ったじゃない……」
ロンの服を握るリナの小さな手は絶対離すまいという意思を主張しながら、リナはロンの背中に縋り付く。その声はひどく震えていて、さっきまでは強がっていたようだった。
僕はその手を振り払うこともできた。でも、今ここで手を払えば。どのみち僕は生きる希望をなくすのではないかと思った。
「そもそも私の寝たフリに気づかないなんて。そんなんじゃ、追っ手に見つかってすぐ殺されるのがオチじゃない?」
僕としたことが。こうして恋人に言われないと気付かないほどに、いつのまにか、僕のほうが弱くなっていたのか。怒りの混じったその声で、🦆の思考はみるみる冷静に引き戻される。
僕が血の実習事件で絶望しても犯罪に走らなかったのは、半分流れる探偵の血と――記憶のどこかにあったリナの顔。
「私から離れようとしたら、地獄の果てまで追うから」
ああ、君は本当に。
「僕も君も、戻れないとこまで来てしまったものだ」
「いまさら何を。死ぬときは一緒よ」
最後まで、探偵として僕の責務を全うするまでだ。ロンは小さな身体をそのたくましい腕に閉じ込めた。
浅い眠りから、頃合いだといわんばかりにロンの目がゆっくりと開く。満月が空の最も高いところから差し込むベッドで、恋人の寝顔を見据える。もう、この無邪気な顔を見るのは、これが最後。ロンは陶器のように白いリナの頬を撫でようとして――引っ込めた。今触れてしまったら、離れたくなくなるだろうから。ロンは唇をぎゅっと噛み締め、首をふる。ロンは音をたてずに寝床から抜け出し、あらかじめまとめておいた最低限の荷物を担いだ。
今、ロンにできること。一歩でもリナから遠ざかること。恋人に危害が及ばないようにするにはこれが最善だ。
ケイからの電話によれば、ロンは無免許で探偵行為をやったという罪状で、秘密裏に処刑されることが決まったとのこと。わざわざプライベート用のスマホからかけてきたらしい電話口から流れた、いつも生意気な態度で軽口をたたく後輩の声はロンをストレートに突き刺すものだった。今回の遊園地での騒動で、連盟内でM家に関係する者は根絶やしにするという風潮が強まったらしく、それは半分M家の血が流れるロンにまで及んだ。たとえロンが事件を解決し、M家を光のもとに引きずり出したとしても。彼の身体に宿る犯罪一族の遺伝子は、探偵の世界では目の敵にされてしまうらしい。
また、血の実習事件のあのときみたいに。犯人を追い詰める病が治ってもまた、僕は危害を加えてしまうのか。ロンにはこの世界を恨み、そのすべてを壊すということもできただろう。しかし、今まで探偵として散々犯罪者の血にあらがってきた。今更踏み入れる選択肢はない。
全身に力を込めて後ろを振り向きたい衝動に抗い、ドアノブに手をかける。が、ロンはそこから動くことができなかった。
いやまさか。起きているはずがないのだ。この時間に絶対起きないよう、睡眠薬を飲ませたはずなのだから。ロンはおそるおそる、右肘にかかる重さに向かって振り返る。彼を見上げる茶色の瞳と視線がかち合った。
「どうしてって顔してるわね」
普段のリナからはめったに聞けない、肝の据わった強気な声。ドアノブにかかったロンの右腕が強張った。
「あからさますぎるのよ。あなたらしくない。まるで引き止めてほしいみたいだったわ」
リナが取り出したのは、一つ欠けている8個入りの錠剤。まさにロンが昨日使ったものだった。
「……君も知ってるだろう、今回はわけが違うんだ」
ロンは再び扉のほうを向いて、歯を食いしばる。
「今度は僕のそばにいれば、君は危険な目に遭う。僕が消されたら、君も」
「忘れたの? あなたが声出せるようになったときのこと」
「っ!」
長いまつげに縁取られた双眸が、ロンの射抜く。過去の思い出として奥底に押し込めようとしていた記憶が、月明かりのもとにさらされる。
目覚めた君はひどく泣いていて。せき止めていた分、わっと
クルーズでの事件後、ロンの声帯が治ったとき、彼女はせき止めていたものを一気に放出するかのように泣きじゃくっていた。もう怖い思いをさせない。ロンはあのとき、そう誓ったけれど。今度はロンのそばにいる限り、リナに不自由な生活を強いるだろう。いつ現れるかわからない探偵連盟の追っ手に怯え続けなければならない。血の実習事件でBLUEを追放されたときは、ロンは探偵をしなければ処刑されることはなかったが。今回は見つかった瞬間、問答無用で、待つのは死一択だ。
「誘拐事件のことも、私たちが付き合い始めたときのことも」
リナはさらにロンの心の奥底をノックする。
「そばで守ってくれるって言ったじゃない……」
ロンの服を握るリナの小さな手は絶対離すまいという意思を主張しながら、リナはロンの背中に縋り付く。その声はひどく震えていて、さっきまでは強がっていたようだった。
僕はその手を振り払うこともできた。でも、今ここで手を払えば。どのみち僕は生きる希望をなくすのではないかと思った。
「そもそも私の寝たフリに気づかないなんて。そんなんじゃ、追っ手に見つかってすぐ殺されるのがオチじゃない?」
僕としたことが。こうして恋人に言われないと気付かないほどに、いつのまにか、僕のほうが弱くなっていたのか。怒りの混じったその声で、🦆の思考はみるみる冷静に引き戻される。
僕が血の実習事件で絶望しても犯罪に走らなかったのは、半分流れる探偵の血と――記憶のどこかにあったリナの顔。
「私から離れようとしたら、地獄の果てまで追うから」
ああ、君は本当に。
「僕も君も、戻れないとこまで来てしまったものだ」
「いまさら何を。死ぬときは一緒よ」
最後まで、探偵として僕の責務を全うするまでだ。ロンは小さな身体をそのたくましい腕に閉じ込めた。