世界一の探偵は愛する人をデートに誘うのがぎこちない

　ロンはそわそわしていた。後ろに隠された両手には、日本百名泉の雑誌。目の前には、背を向けて探偵事務所の本棚にあった推理小説に夢中の#リン#。恋人になってからそこそこ長い付き合いになるにもかかわらず、未だ恋人をデートに誘うのに慣れないでいた。まさか自分が、一人の女性に心を乱されるなんて。学生時代の自分には絶対信じてもらえないだろう。ロンは心の中で呆れた。彼女とデートに行きたい気持ちが先行し、彼女と温泉に行くのを想像して気づけば細かいところまで計画を立ててしまっていた。

　幼い頃に父親から犯罪スキル叩き込まれているロンは、詐欺師に欠かせないテクニックとして相手を巧妙に口説くすべを習得している。女性を温泉に行く気にさせるだけなら造作もないのだ。でも、本当に好きな人にはそんなこなれたテクニックなど使いたくない。彼女のように、自分の言葉で、自分の気持ちをまっすぐ伝えたいのだ。だが、まっすぐ伝えるのはいっこうに慣れない。

　口説くなら造作もない。詐欺師に口説くテクニックとかも仕込まれているはずのロン。でも、本当に好きな人をデートに誘うときは未だに緊張してしまうらしい。

　温泉、行こう、一緒に。

　意を決して、ロンはリナの名を優しく呼んだ。