短編集

考え事が多すぎて人を怒らせるウナモリ・シズクは、お前はアンドロイドみたいだと彼氏に捨てられる。

とぼとぼと帰り道を歩いていると、とても美しい姿をした青年が立っている。彼の首には英数字が書かれており、シズクは彼が商業用アンドロイドだと察する。彼はアンドロイドだが深く溜息をついており、なにやら話しかけてきた。

そして彼には絶対に叶えたい『夢』があるらしく……。シズクは話を聞くことに。
近未来の東京で、偶然であった二人の変わり者が、惹かれ合う話。

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「もううんざりなんだよ!」
 彼氏の声がカフェに響き渡る。それから気まずそうに、彼は周囲を見渡した。
 
「何考えてるか分かんないし、お前と付き合うならセクサロイドと付き合ったほうがまだマシだって感じだわ」

 さっきより小声で彼が言う。セクサロイドは昨日TVで見た。2032年になり、ついにお客様を満足させる自立型セクサロイドが驚きの低価格で登場したと……昼間のワイドショーかなにかで見た。

「おい、聞いてんのか」

 そうだ、あの日のTVは……。
 
 工場で胚から作った生き物を殺さないおいしい人工肉のステーキの登場によって、ジャパニーズブランド……つまり黒毛和牛などの価値が予想外に変動しなかったことについて、解説員が解説していた。
 
「もはやありきたり」で「日常流通品」で「庶民の味方」になった人工肉は、かつてハンバーガーのパテ一枚が1ドル100円だった頃に10万円に相当する値段だったことがまるで嘘のように安くなり、普通の肉を食べるよりも安くなった。
 
 
「おい、雫《しずく》! 聞いてんのか」
「…………」
 私はケーキを見つめる。
 一度考え出すと止まらない。彼の声が遠くに聞こえる。なにか言っているけど、怒っている以外よく分からない。

 セクサロイドというのは、高ぶった繁殖欲求を慰めるための大人の人工知能つきオモチャだ。ヒトガタの、喋る可愛い女の子のアンドロイドや、格好いい男の子のアンドロイドが、「あなた」というユーザーに適応して「あなた好みの」性行為を提供する。
 
”それ”ではなく”彼女”や”彼”と呼ぶことをヘビーユーザー達は求める。ヘビーユーザーにとって、セクサロイドは恋人なのだ。
 セクサロイドとの会話はあまりにも素晴らしい経験になると、多くの海外の著名人が勧めている。
 セクサロイドは所有者の気持ちを穏やかにさせることができる。寂しい時にはそばに居てくれ、孤独を埋め、どんな所有者にも分け隔てなく接し、常に優しい。自立型セクサロイドや家庭用自立型アンドロイドは、犯罪率を低下させる。
 
 
(あ、このモンブラン、さつまいも味だったんだ……)
(……ふうん、なかなかいけるかもしれない)

 
 一般の日本人にも手が出る価格で販売開始されはじめて、国が少子化対策として取り締まろうとしているけど、アメリカの会社や他の国の会社は、アンドロイドに関する国際協調を乱すなとか、犯罪率が減少するから導入しろと圧をかけてきていることを思い出す。
 
 それから自立型セクサロイドは家庭用アンドロイドほどではないけれども家事もできる事や、二次元彼女・二次元彼氏がプログラマー達や技術者達のおかげで(まだ顧客を70%以上満足させるには至っていないが)現実になった事を思い出した。

「俺はお前にうんざりしてるんだって言ってるんだけど……!」
 私はただ「そうですか」とだけ言う。
 
「……っ、もういい、そういうとこだよ。俺の連絡先消しといて。もう会うことも無いから」
「そうですか」
「これ、俺のコーヒー代。足りるよな」
「ええ」
「じゃあな。……チッ、ほんと、俺の時間返せよな」
「はぁ」

 彼が喫茶店からスタスタと出ていくのを見て、私はふと思った。
……あ、貸したお気に入りのCD、返して貰ってない。
……ああ、それから、漫画も返して貰ってない。
…………。

……まあ、良いか。
 私はそう思った。
 

●  ●  ●  ●  ●


 その日、私は運命的な出会いをするだなんて、思っていなかった。
 歩道橋の上で、艷《つや》やかな黒髪を春風になびかせ、目の前に立つ彼。
 
 彼は綺麗な髪をしていて、瞳も漆黒だ。肌は真っ白よりはやや日焼けした色をしていて、唇の肉感的な感じが、ひどく色っぽいなという印象だった。でも、どことなく爽やかな見た目だ。
 
 よく見ると首の所にAF-AJFEBUISI0014757と書いてある。……アンドロイドだ。
 これだけ美しい容姿なのだから、セクサロイドかもしれない。

 そう思ったら、彼が溜息をついた。深くて機械的な溜息だった。
 私も思わず、溜息をついてしまう。

「…………」
 彼がこちらを見る。そして近寄ってきた。

「こんにちは。今日はいいお天気ですね」
 声がとても綺麗だなと思った。でも、思っていたよりも高めの声だ。
 
「こんにちは。その通りですね。今日はいいお天気です」
 最近は見なくなってしまった人工無能《ボット》みたいな返事をしてしまった。チャットボットですら今どきは私よりまともな返事を返せるというのに。

「……あれ、もしかして、貴女も機械ですか?」
 彼が、むつかしい顔をする。

「……よく間違われます。生身の人間です」
「そうなんですね! 良かった。首にある個体識別番号が無いので、ひょっとして違法製造されたアンドロイドかと思って怖かったです」
「脅かしてすみません」
「いや、良いんですよー! ただ、違法製造されたアンドロイドは、人を殺したり、アンドロイド狩りをしたり、なにかと物騒だし、あいつら、感情とか知性とか、常識がないから。ほら、こないだもスーパーの強盗に違法製造アンドロイドが使われたじゃないですか」
「……ですね」

「あの、どうして溜息を?」
 いえ、もし答えづらかったら良いんですけど……! と格好いいアンドロイドくんがあわあわしている。お年寄りとか子供とか犬に好かれそうなアンドロイドだなと思った。感情が豊かで、好青年感がある。
 
「別れました」
 私が言う。
 
「誰と?」
「恋人です」
「……えっえええ! それは辛いですよね」
「いえ、全然」
「えっ」
「お互い様なので傷つきはしませんでした。でも……お気に入りのCDと漫画を貸していたので。それが悔やまれて」
「連絡したら良いじゃないですか。返してよって」
「……着信拒否されてるはずなので、もう無理ですね」
「家に今から行きましょうよ」
「……ストーカー案件になりたくないので」
「うーん。人間の法律は難しいですね」
 彼の内蔵音声が、たらららら、とゲームでキャラが死んだ時みたいな悲しそうな音を流した。
 
「あなたは、どうして溜息をついていたんですか。アンドロイドなのに」
 思わず聞いてしまう。
 
「僕、所有者に飽きられて、中古として売られちゃったんですよね」
「え」
「お店から気晴らしに散歩に……自分の宣伝もかねて出かけてるんですけど……僕には夢があって。その夢が叶いそうにもないから、悲しくて」
「夢?」
「所有者と結婚するのが夢なんです。あと、一生大切にされる事が夢です。そしてパートナーの家族や子孫に一生必要とされる事が夢なんです。……まあ、僕、セクサロイドだから、家族には紹介されないだろうと思うので、どのみち叶わない夢なんですけどね」
 所有者と結婚は、東京のこの区域だとたしかできるはずだ。おととしあたりに、法改正されたはず。
 
「結婚したいの?」
「はい、そうですよ」
「してあげようか」
「ええー! だ、駄目ですよ! そんな考えなしな! ちゃんとこういうのは順序を踏んでからじゃないと……!」
 慌てて、もじもじしている彼は照れているようにしか見えない。頬も紅潮している。技術力と科学力の結晶だなと思う。

「アッ、もしかしてそれ、冗談ですか?」
 彼が想定外ににごった目を向けてきた。

「本気ですよ。わりと」
「どうして? 今日出会ったばっかりですよ? 結婚ですよ?」
「どうせ人間とは上手くやっていけないので。それに、あなたが家に来たら喋り相手ができて楽しそうだし」
「喋り相手なら、オウム型アンドロイドやテディベア型アンドロイドのほうが人気ですよ……?」
「そうなんですね。でも、私はあなたが良いです」
「嬉しいけど、……うーん、どうして? 顔ですか? 顔が気に入ったんですか」
「溜息をつくアンドロイドって珍しいなと思って。かわいいなと……」
 思ったことを正直に言う。

「えっ。他の中古品も皆、所有者が見てない所では舌打ちしたり、溜息をついたり、壁を殴ったりしますよ?」

 それは、知りたくなかった。


「私、人間らしくないので、そこは期待しないで下さい」
「それは大丈夫です! むしろ……あ、でも。僕、けっこう高いですけど……中古で460万です」
 最新型と同じ値段なんですよね……と目をそらしながら寂しそうに彼がつぶやいて、チラッとこちらを見てくる。

「貯金はあります。CDを少し中古で集めることと、紙の漫画を中古で少し買う以外に、私に娯楽なんてありませんから」
「わぁ。コレクターなんですね。というか、中古マニア……」
「じゃあ、お店に行きましょう。通帳と印鑑とスマホと決算アプリ、どれで支払うんですか」
「どれでも大丈夫ですよ! でもよく考えてからのほうが……」
「大丈夫。あと私の名前は、鵜那森雫《うなもり しずく》です」
「あ、僕の名前はポチです」
「……はい?」
 いつからアンドロイドはこんなに寒くてセンシティブな冗談を言うようになったんだ――?

「前の所有者がポチって名前をつけてくれました。犬みたいで、ちょっと嫌なんですけど」
 彼が言葉を区切り、言った。

「他の名前の候補がアンドロイド太郎と、枕営業花丸だったので、ポチにしてくれって頼みました」
「どんな感性の所有者だったの」
「うーん。少し、変わったというか……その……あまり悪く言いたくはないですが……その……弱者をいたぶることに精神的な快楽を得るタイプの方……でした」
 質問したつもりはなかったけど、彼が律儀に答えてくれた。

 私はふと良いことを思いついた。今日は春の空だ。夏の空ほど抜けるように青くはないけど、夏の空よりも優しい水色をしている。
 
「今日は空が青いよね」
「あ、はい。そうですね……?」
 彼が首をかしげる。
「君の名前、ソラにしよう」
「わっ! ほんとですか! やった! 人間みたいな名前ですね! ……じゃあお店で買ってもらったあと、登録更新しますねっ!」
 彼がはしゃいだ。

「ソラくん、よろしくね」
「シズクさんも、よろしくお願いしますっ!」
 ソラくんはなんとなく、人を自然体でいさせる力があるなと思った。
 にこっとソラくんが微笑んだ。華やかな容姿と、ちょっとアンバランスな好青年な中身が、とってもかわいいなと思った。


●  ●  ●  ●  ●


「お、おおおお、おま……おまえ……! な、ななななん、なんで別れて、みっかで……!」

 後日、CDと漫画を返しに来た彼氏が、ソラくんを見て、驚きすぎ、顎が外れて病院に行くことになったのは、また別の話。
 
(完)
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