短編集

なぜか動けて話せるおままごと用着せ替え人形のピクシーが、所有者である5歳の女の子『このみちゃん』という所有者を守ろうとプラスチック製の体で必死に奮闘する話です。

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「ママァ! 私ね、ペット欲しいなぁ! わんちゃん飼いたい!」
 このみちゃんが言う。
「うーん。ママね、エダマメの事が忘れられないから……しばらくペットは飼いたくないな」
 ママさんが言う。

(このみちゃん! ペットなんかより、あたいと遊ぼうよ! ねえ! ペットなんか飼ったら、あたいと遊ぶ時間が減っちゃうよ!)


 人はあたいを人形と呼ぶ。
 ああ、別に顔やスタイルを自慢してるんじゃないよ。
 
 本当にあたいの体はプラスチック製で、自慢のつやつやした合成繊維の髪の毛はブロンドだ。身長は20センチ。すこし大きめの、オママゴト用きせかえドールだ。名前はピクシー。なんでって商品名が『ピクシー・キューピッド おままごと用きせかえ人形(キューピッド家の7姉妹)』だから。
 
「見て! この子、ピクシーちゃん。かわいいでしょ!」と所有者のこのみちゃんはよく言う。
 
 あたいを知り合い全員に自慢したこのみちゃんとあたいは言うならば、相思相愛だし、リビングや子供部屋のどの人形にも、この友情は壊すことができない。
 このみちゃんは、間違いなく天使みたいな良い子だ。
 
 このみちゃんが困ってるなら、あたいは何でもする。たぶん、きっと、時が来たなら、殺人だっていとわない。
 
 
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「どうしよう。ピクシーちゃん。あのね、絵本で読んだんだけどね」
 このみちゃんがささやき声で言う。まるで、誰かに聞かれちゃマズイみたいな小声だ。
 
「ベッドの下にはおばけが居てね、悪い子を食べちゃうんだって」
 不安そうな声でこのみちゃんがあたいに囁いてくる。トイレに連れ込まれて、お喋りをする仲というのはちょっと仲が良すぎる気がするけど、まぁ、あたいは人形だからね。
 
(大丈夫! もしそんな化け物が家の中に不法侵入してきてベッドの下に居座っても、あたいがそいつの顔面に飛び膝蹴りを食らわしてやるから!)
 
 それにしても、ママさんも感心しないね。このみちゃんを怖がらせるような絵本を読むなんて。それにあたいはパパさんはもっと感心しないと思っている。
 
 パパさんはこのみちゃんが怖がったり泣いたりしてると、嬉しそうに笑うから。いつかこの手をパパさんの鼻の中につっこんだ後、もう片方の手でカラテ・パンチを食らわせて、号泣させてやりたい。

 このみを傷つけるやつは、かたっぱしから抹殺してやりたいけど、このみちゃんは優しいからたぶんいやなヤツのためにも泣くだろう。我慢しなくちゃ。


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 夜になってあたいは部屋に戻ってきた。このみちゃんの手はまるくて温かい。あたいを握る時もパパみたいに無骨に握るんじゃなくて、優しくそっと扱ってくれる。このみちゃんは紳士だ。女の子だけど。
 
 このみちゃんは、お気に入りのお子様リュックを背負って、パパとママの元へ急いだ。大好物の『3種のチーズ・ハンバーグ お子様セット』と『ミニ苺パフェ』が食べれるファミレスへ、晩ごはんを食べに親と外出するらしい。


「あれ。コノちゃん、”ピクシーちゃん”は~?」
 ママさんが珍しく良いことを言う。
「うーん。もうすぐ一年生だし。いいや」
「ピクシーちゃんが寂しがるぞぉ。ほーら、このちゃん、連れてってぇ~って」
 パパがからかいながら言う。
「外でもお人形遊びしてたら、誰も遊んでくれなくなるじゃん。パパ、ばっかみたい」
 このみちゃんが、初めて、パパに冷たいことを言った。
 パパは「え……あ……」と言う声が聞こえた。ママは吹き出したらしい。
 
 軽い夫婦喧嘩が始まった。あたいは、ただ、固まっていた。
 
 そしてあたいは、置いてけぼりになった。


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 まあ、そういう気分の時もあるよねと、ひとり納得する。そう、友達っていうのは、四六時中べったりするものじゃなくて、一人になりたい時にそっと一人にしてくれるっていうのが友達で……。
 
 ゴニョゴニョと一人つぶやくけど、人形の目がうるうるする。
 やばい。あたいはまだ、涙を流す奇蹟の人形としてバチカンに治められたくないし、というかお寺さんに連れて行かれて燃やされたくもない(TVでママさんが怪奇スペシャルを見てたとき観た)。なのに、目からぼろぼろと涙があふれそうになる。

(うう……うっ。やっぱり、このみちゃんも、人間のお友達が欲しいみたいだ……)


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 ところで。
 
 なんであたいに魂が宿ってるのかは知らない。
 
 でもあたいが考えたり喋ったりできるってこのみちゃんに教える訳にはいかない。TVの映画みたいに『喋る呪いの人形』として捨てられたくもない。
 だから、無茶なことはしないって決めてたのに。

 
「がるるる、ぐるるるる!」


 茶色のボールに目玉と口と動物の耳をつけたみたいな化け物が、ベッドの下から這いずり出てきた。


「…………!」

 思わずあたいは距離を取った。久しぶりに自分で動いたせいで、関節がめちゃくちゃ痛い。びりびり痺れる。
 
「あんた、まさか……」

 嫌な想像が膨らんだ。このみちゃんが怖がってた、絵本に載ってた悪い子を食べるベッド下のモンスターって、お前のことじゃないのかと。
 
 このみちゃんを食べに来たのか。
 このみちゃんは良い子なのに、どうしてとか、そもそもおばけなんて実在する訳がないとか、いろんな考えが頭をめぐるけど。
 
 
「あんた、今すぐ家から出てきなよ!」

 慌ててあたいが言う。もちもちしたボールみたいな怪物は、きゅるんとした目を向けてハッハッ、と息をしている。

「この怨霊! ばけもの! 出てけ! でてけっ! シッシッ!」
 どの口がとかそんな事は考えずに、精一杯威嚇する。
 思いっきり叩いてやったけど、ぺちっと可愛い音がした。その怪物は「くうん……?」と謎の声をあげた。
 
 ぺちっ。ぺちぺちっ。てしてし。ぽよん。ぺちんっ。
 
 よわよわしい音が響く。
 
 ああ、あたいは、呪いの人形かもしれないけど、人を殺すどころか、ちいさなおばけ一匹倒せないくらい、弱いんだなと知った。体に冷たい感覚が走った。……初めて感じるおおきな恐怖。
 
 でも、このばけものは近寄ってきて、あたいの足にまとわりつくと、「くうん……」と寂しそうに鳴いた。
 
 
 そして、その怪物は、このみちゃんが帰ってきても消えず、あろうことか、このみちゃんが寝ているベッドの上にあがった。必死で止めたけど、力が強すぎてすぐにあたいは突き飛ばされた。
 
 怪物は真横でベロベロとこのみちゃんの顔を舐めた。このみちゃんはうなされながら、「くすぐったいよおー」と寝言で言っている。このみちゃんにはこの怪物は見えていないみたいだ。
 
 
「やめなったら! 食べ物じゃないんだよコノちゃんは!」
「きゃん! きゃんっ」
 抗議するみたいに鳴かれた。……ふん。食べるつもりはないらしいけど……。
 
「起きたらどうするの! 寝不足は病気の原因になるんだよ。このみちゃんが長生きできなくなるじゃない!」
 あたいが小声で言って、もちもちしたおばけを引っ張って、ベッドの下の方まで移動させる。
 
「ぐるるるるる……!」
 威嚇されたけど、威嚇したいのはこっちだ。
 
 
「……くうん」
 あたしが何もしないと分かったら、化け物は寂しそうに鳴いた。
 ムカついたからお餅《もち》みたいな見た目のコイツをひっぱたいてやろうかと思ったけど、なんだかすごく寂しそうなので、「なんだよ……」と言ってしまう。
 
「…………」


『――外でもお人形遊びしてたら、誰も遊んでくれなくなるじゃん』


 このみちゃんの冷めた声。胸がぎゅっと締め付けられる。
 このみちゃんとのお別れの時が近づいている気がする。
 
 あたいが、この部屋でお飾りのお人形になるか。
 押し入れにしまわれたまま忘れ去られて、引っ越しのときに捨てられるか。中古品としてリサイクル・ショップで売り飛ばされるか、お寺で焼かれるか、親戚に与えられるか。
……不燃ごみで捨てられるかは分からないけれど。
 
「うっ、ううううー!」
 思わず泣いてしまった。あたいの体のどこに水分があるのかとか、そういう事は全然あたいには分からないけど、でも、確かに、ぼろぼろ、ぽろぽろ、ぽろりととめどなく涙が流れた。
 

「……わっ、やめなよ!」
 今度は茶色のもちもちした丸いヤツが、あたいの顔を舐めてきた。たぶんプラスチックだから大丈夫だけど、ひょっとしたら顔のインクとかがとけて、ぶさいくな面かホラーな顔になってしまうかもしれない。
「やめて!」
「わんっ!」
「……あんた、ひょっとして、エダマメ?」
 ふと、つぶやく。
 
 この家には、エダマメという小さなプードル犬が昔居て、このみちゃんが生まれてから4年後に老衰で亡くなったって話を聞いた。
 
 今のコイツはどう見ても、老犬ってより子犬って感じだけど、もしかしたら……と思う。

「わんっ……! わん……」
 
 それは犬っぽい鳴き声を発した。そしてまた、べろべろとあたいを舐めてくる。かと思ったら、このみちゃんのほうへ向かって、このみちゃんをベロベロと舐めた。
「ほんとに、節操がない子だね、あんたは!」
 あたいは呆れてつぶやく。
 
「くうぅん……」
 寂しそうに鳴かれた。叱られた……みたいな声だ。
 
「なんだよ。分かったよ……。い、一応、出ていかなくても良いよ。そうだね、あんたのほうが先にこの家に居たみたいだし、あたいのほうが新参者だしね。……うん。でも」

 あたいが警告するみたいに指をつきだして言う。
 
「もしこのみちゃんに噛みつくとか、何か悪い事でもしたら、あたいは絶対許さないからね!」
「わんっわんわんっ」
 犬がこのみちゃんにべったりくっついて眠り始めた。あたいはなんだかむなしくなって、犬をはさんでこのみちゃんの横で眠った。

 そしてあたいも眠りについた。
 朝が来た。悲鳴があがった。
 
 
●  ●  ●  ●  ●


「おかあさん! ピクシーちゃんが動いてるう!」
「はいはい。コノちゃんが寝ぼけて動かしたんでしょ」
「ちがうううう! ピクシーちゃんがあああ! ピクシーちゃんが動いたあああ! 横で寝てるもん!」

 泣き声と大絶叫が聞こえて、あ、しまったな……と思った。
「わん!」と楽しそうに犬のおばけが言って、部屋にあったボールをころがして追い始めた。部屋の物がいくつかぐちゃぐちゃになり、犬がボールを追って棚に体当たりしたせいで、ほかの人形が棚から落ちて、大きな音がした。


(あ、ああ……! あたいの人生が……!)
 
「わんっ!」「お前ぇぇ!」
 私が追いかけると楽しそうな犬っころの声がする。


「きゃ、きゃあああああ!」
「ほらね! 動いてるでしょ!」

 部屋に入ってきたこのちゃんの怒った声と、ママさんの、それは大きな大きな悲鳴だけが、聞こえた。 

 
(完)
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