短編集

魔女っ子ベサと皆から呼ばれる娘の祖母がしきる魔法薬店にはいつもお客様がやってくる。ある日から、用事ができた祖母に店番を任されたベサは、自分が恋心を寄せているお客様の来店に喜ぶ。猫耳としっぽの生えた人間の男性、アルヴローズ。優しくて容貌も素敵なアルヴローズが嬉々としてベサに注文した物は、惚れ薬だった。好きな人ができたらしい。ベサは絶望するが、仕事は仕事と、彼に薬を作って渡すのだが……(アルヴローズさんの好きな人って誰だろう。あたしの知ってる人だろうか?)。

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「やぁやぁ、お客様。いらっしゃい!」

 魔女のあたしが声をかけると、お客様はその大きな猫耳をぴくっと動かして、愛想よく微笑む。「~ベサリアおばあちゃんの魔法薬店~」略してべサの魔法薬店という魔法薬販売事務所の店長の孫娘であるあたしは、魔女っ子ベサと呼ばれて皆からおっちょこちょいで仕事ができないと思われている。
 
「やぁ、ベサ。今日もきみの飼ってるフランボワーズは元気だねぇ」と言った。
「ああ。噛みつかなかった?」
「良い子だよ。顔を舐められそうになって、大変だったけど」
「ああ。仕方ないよ、フランボワーズは誰かの顔や体を舐めるのが日課なんだ。わるい日課もあるもんだよ」
「人懐っこい良い子だけどね……。よだれまみれの舌で舐めようとするのは止めて欲しいかも」
 ははは、と彼が爽やかに笑い声をあげた。
 
 ちっちゃな背丈って訳ではないあたしから見ても身長《たっぱ》の高い彼のきらきらしたクリーム色の金髪は、それから彼の緑の深い森の中でひっそりとそこに森のかみさまや精霊が宿っているような静かな湖畔のような瞳は、チョコレートバーよりも甘い声は、どうしてこうもまぁ。
 
(なんで彼のぜんぶがこう、真夏のお日様みたいにぎらぎらと眩しいんだろう)
 
 目がまわる。頭がくらくらしてしまう。でも彼はとってもいい匂いがするので、胸にはいい気分が広がる。
 
 容姿のどれをとっても、性格のどこをとっても、彼はあたしみたいな男に関心がないし色気もないことで有名な『魔女っ子ベサ』から見ても、ハンサムで素敵に見えるこの人は、何をこの魔法薬店にお求めなのだろうか。

「で、お客様。今日は何をお探しで?」
「惚れ薬……」
「……ほれぐすり?」
「惚れ薬が欲しいな。いくらする?」
「……誰か好きな子でもできたの?」
「それはプライバシーに抵触するよ」
「……まぁ、そうね」

 魔女っ子ベサには秘密がある。そして特技がある。
 
 魔女っ子ベサの秘密は、アルヴローズというこの若々しい見た目の成人男性が、恋愛対象という意味で、好きなこと。
 魔女っ子ベサの特技はポーカーフェイスと興味関心がないフリをすること。
 
 そう。片思いをしているのだ。
 彼に。
 
「ベサ、どうしたの? ……まさか、売ってないとか?」
「売ってますとも。ただ、ホンモノですって認可証はあるけど、在庫がないから、今から作らないとね」
「そうなんだ。いくら?」
「……そうだなぁ。応援の気持ちと長年通ってくれてるお礼でお代は要らないよ」
「またお婆さんに怒られるよ?」
「良いの良いの。じゃあ、そうだな。相手にこれを飲ませて成功したらお代を頂こうかな」

 苦しい。薬草と液体と粉を混ぜて作ったそれは、……あたしの怨念入りだけれど、効果は絶対効く。効き目が良すぎて、飲ませた側が今度は『幻滅させ薬』をくれって頼みに来るくらいに。

「じゃあ、これ。あと、サイン書いてね。一応、暴行ドラッグとも性質が似てるので、もしもの事件の時のために、書くように法律で義務付けられてるし。…………。まいど、ありがとーございましたぁ!」

 まあ、あたしの処方する惚れ薬は多少なりとも相手に魅力を感じてないと効果は一日できれてしまうんだけれども。


●  ●  ●  ●  ●


 翌日。
 
「あれ。またのお越しで。どうしたの、アルヴローズさん。相手に飲ませられなかった?」
「ううん。マフィンを焼いたんだけど、味見して貰いたくて」
「味見? 誰かにあげるの?」
「うん。そうだね。好きな子に」
「…………」
「大好きな子なんだ」
「……へえ」
「ぶっきらぼうで無愛想だけどほんとは明るくて、人見知りだけど慣れると笑顔が可愛いんだ」
「そ、そうなんだ。へぇー。いただこうかな。美味しそうだし」

 情けないくらい虚しくなってきた。お帰り願いたいくらいだ(仕事中だし)。
 でも裏切り者のあたしの体は「彼の作ったマフィン! 食べる! たべたい! ギャアーッ!」と叫んでいる。
 
 そしてひとくち、かぷりとマフィンにかじりついた。チョコレートが美味しい。わ、あたしの大好きなオレンジピールも入ってるみたいだ。しかも! あたしのさらに大好きな乾燥イチジクも入っている。……袋もあたしの大好きな愛犬のフランボワーズと似た大型犬が描かれている。しかも、……ううん、なんとも微妙なことに、ハートマークまでついている袋だ。これ、好きな子が見たら、あたしが好きな子って勘違いされちゃうんじゃ……?
 
 ていうか、ずいぶんあたしと食べ物の好みが似た子なんだなぁ。乾燥イチジク、この地方では「つぶつぶがグロい」とかいう理由できらいな子も多いと思うんだけど。
 
 あ、あれ……。なんか、アルヴローズさんが近寄ってきた。
「美味しい?」
 緑色の目を見るたびに思い出すのは、幼い頃一度だけおばあに連れられて行った聖なる賢者の森だ。森に知性や意思を感じたのはあの時が初めてだった。
「う、うん……」
 なんでそんな至近距離なの? やめてよ。胸が、うるさくなって、どくどく、どくどく鳴って、脳みそは沸騰しそうで、お腹がよじれて、胸が彼を認識したことで狂喜乱舞して、のたうち回っている。
 
……な、なんで?

「どう? 効いてきた?」
 唇が、しっとりしてて、きれいだ。この唇とキスするのは、あたしじゃなくて誰か別の女の子だ。
「きいてきたって、な、なにが?」
 いつもよりも声があまったるく可愛い声になってしまう。そんな自分に嫌悪感と違和感と拒否感がすごく湧く。
「惚れ薬」
「え? え……あ……。え……っ?」
 もじもじしてしまう。聞き間違い? これは悪い夢だろうか?
 
「ベサ、付き合って」
「……どうして? どういうこと……」
 良いよという代わりにそんな言葉が口をついて出た。ひとかけらの理性と、魔女は薬への耐性が強いことがきっと関係している。
 
「……ベサは魔女だけど純血のヒト種だから、猫耳の亜人種なんて、イヤかなって……」
「そんな訳ないじゃん! ”亜人種なんて”って何!?」
「でも、ベサは、うーん、俺のことそこまで好きじゃなかったでしょ」
「そんな訳……」
「最近はなんでかいっつも目が合うと目を逸らすし」
「それは……」
 すきだからだよ……!
 
「一日だけでも良いから、ベサに俺のこと好きになって欲しくて」
「……えっと……本気で言ってるの……?」
「ベサ、こないだ駅前のクリームソーダのこと、『流行りモノなんてちゃんちゃらおかしくて食べれるかぁ!』って言ってたけど……。俺にチラシ見せびらかして言いながら、食べたそうな目でずーっとチラシ見てたよね」
「……う、うん。まあ、それは事実と認めるけど……」
「クリームソーダ食べに行こう。あと、ベサがお気に入りの映画館で映画を観て、その後はベサが行きたいところに行こう」
「……いいよ」
「キスとかは、しなくて、良いから。ただ、ベサと一緒にどこかに行きたくて……」
 慌てたように言う。後ろめたそうだ。
「キスぐらいならしてもいいですよ」
「貞操観念どうなってるの」
「まぁ、魔女だから……?」
「…………」
「……いや、違くて! 何その目! べつに誰彼構わずキスしてまわるキス魔じゃない!」
「良かった。いや、残念かも」
「どういう感想!」
「行こっか」
「……惚れ薬の効果、ずーっと続いちゃうかも」
「えっ。半日で、切れるよね?」
「薬が切れても、デート行ったり、手つないだり、してくれる……? アルヴローズさん」
「…………。…………」
「てれちゃってますね」
 ゆでダコみたいだ。まるで恋とか愛を辞書でしか見たことのない少年少女のようなうぶな反応だ。どんな人でも彼になれば自信たっぷりに変身できそうなほど華やかな見た目とあまりにそぐわない反応なので、面白くてちょっぴりニヤケ面で笑ってしまう。
 
「薬が切れたら、変なもの飲ませたお詫びに100回キスして下さいね」
 自分が何を言っているのか、よく分からないけど、ふわふわして楽しい気分だ。お酒なんて飲んだことないけど(子供時代におばあのぶどう酒を「きれいでいい匂いだから」って理由で盗み飲みしようとして鉄拳制裁されかけたことはある)、酩酊気分ってヤツは、こういう気持ちなんだろーか。
 
「……100回でも、1000回でもするし、デートも毎週行こうね」
 目が泳いでいたと思ったら、急にこっちをしっかり見据えて、勇気を出したような声で言われた。惚れ薬で頭がふわふわして意味はよく分からないけれど、アルヴローズさんがあたしを見ているのが嬉しい。
「へへへ」
「好きだよ、ベサ」
「やったー! へへへへへ」
 アルヴローズさんの腕にひしとしがみつくように抱きついて、あたしは店をとっとと閉めて街へ出かけることにした。アルヴローズさんのしっぽがゆらゆらと揺れた。白くてつるつるのゆで卵みたいなほっぺが赤い。猫の耳も嬉しそうに動いている。
 
 あたしはただ今日みたいな気分がいつまでも続けばいいのにと願った。
 
 
 ●  ●  ●  ●  ●
 
 
 ところで。
 あたしが店番をしてくれていると思い込んでいたおばあが帰ってきて、お店を放置していたことにカンカンになるのも、人から貰った物をほいほい口に放り込むな! 簡単に魅了魔法にかかるな! それでもお前は魔女か!? と怒鳴られるのも、それはまた別のお話。
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