ひとりごと

シエシエと「死」について語りたい

2025/05/22 22:50
シエシエと死は切っても切り離せないものだなぁと思った本日です。
思いの丈を文章に起こしておきたかったので……今日も筆をとりました。

尚、小説の移管作業は大苦戦中です。
何かと思い入れの深い「甘い罠」の編集作業がなかなか進まないのと……最近再熱したソシャゲが楽しくてつい誘惑に負けています……いけませんね。
いつもながら目標通りに行かず、お恥ずかしい限りなのですが、どうかのんびりやらせていただければと思います。


話はさておき、今日はシエシエの死について。

つい私はこの二人のしあわせを願うあまり、勝手に二人を死から切り離して「事件の起こらなかった明るい未来」や「死がふたりを分かつことのない世界」「理不尽の起こらない都合のいい世界」を想像して……希望的観測なそれらを創作に落とし込んでしまいがちなのですが……
シエシエを語る上では、果たして本当にそうであっていいものかと考える日もあります。最近は特にそれが多いです。悩みの種です。

どうかしあわせであってほしいと願ってはいるけれど、この二人を語る上で欠くことなどできないほど魅力を放つ、二人の傍らに佇む「死」というもの。そして「死」に纏わる二人の揺れ動く関係性、葛藤、衝動、交差する想い。

シエシエを語るにはやはり「死」が必要不可欠であり、ただ甘々させたいほのぼのさせたい欲求をぶつけてるだけではシエシエの魅力は全く描けておらず……自分の願望とシエシエの魅力に対する葛藤、そして自分がその二つを満たせるほどの創造性を持ち合わせていないことが本当に悔しくて、もどかしいです。そんなシエシエの物語を描けるようになりたい。

しあわせでいてほしい、お願いだからしあわせであってほしいと「絶望」や「死」から二人を遠ざけようとすればするほど、二人の発揮する本来の魅力から遠ざかっていくの本当に意味がわからない、理不尽すぎやしませんかこの二人……シエシエって……本当にもうシエシエって……!!!!

…………でもやっぱり好きです、シエシエ。狂おしいほどに好きです。いつまでも心奪われて狂わされています。

この二人にとって、「死別」は絶対的なものであり、覆せない原作で展開された物語。
そして「死別」のその先が描かれている。
「死別」のその先の結末は、いずれは訪れるもの。

待って、シエシエってつまり二回死別するってこと?

激鬱……いや、この二人に沼ってからは何となく分かっていましたけど、事実に基づいた、紛れもない現実となる事柄ですけど。
文字に起こすと益々とめどない絶望が溢れかえって泣きたい気分に駆られます……紛れもない事実って本当に残酷すぎる。ああ苦しい。苦しい〜〜〜。
やっぱり「死」なんてシエシエを不幸にするだけじゃないですか……絶望に至らしめる元凶じゃありませんか。願うなら隅っこに追いやってしまいたいですよ。近づかないで欲しい。
でも「死」が無いと!!!二人を満足に語れない!!!!それがすごく嫌!!!!ジレンマ!!!!

坊ちゃんが兄シエルの名前を騙って成り代わり、兄シエルの願った兄シエルになると誓ったこと。自分のことなんてとうの昔に葬り去って「シエル」として生きているのに、窮地に立たされたときには真っ先に兄シエルを呼んでしまう、縋りたくなってしまう事実。

兄シエルが幼い頃から坊ちゃんの傍にいる未来、坊ちゃんが自分から離れていかない未来を望み続けたこと。どれだけ絶望的な状況下で、どれだけ苦しめられても懸命に坊ちゃんを守ろうとしたこと。そして死して尚、坊ちゃんの傍にいようとしている事実。

…………これが、これがないとシエシエはシエシエでは無いのでは。これこそがシエシエの魅力であり、本質なのではと……頭ではわかっているんです。

でもこの二人、じゃあどうやってしあわせになるんですかって自分に問いかけるとすぐifの世界に走って逃げたがるのです。
いつかこの二人のしあわせの正解を、本編で見られる日ってくるのでしょうか。本編で起こる「二度目の死別」がしあわせを魅せてくれるのでしょうか。
期待は半分に、それをただ恐れながらも待つことしか今はできませんね。
でもお願いだから、決別はしないで……円満とはいかずともお互いに納得のいく別れ方をして欲しいと祈るばかり。

今日はそんな、シエシエと死についてのお話でした。

シエシエのしあわせってもはや永遠のテーマですね。一緒に読み解いてくださる方、大募集中です。

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