ひとりごと
愛し合うとは、なんぞ〜
2026/03/26 00:20考えれば考えるほど、そのカプにおける「愛し合う」とはなにか……「愛し合う二人」ってどんな感じなのか、わからなくなるんです。
お互いのすべてを理解して受け入れれば、愛し合ってるといえるのか。
お互いを支配して依存関係を構築すれば、愛し合ってるといえるのか。
お互いを支え合って満たされて日々を過ごせれば、愛し合ってるといえるのか。
全部、愛し合ってる。愛し合う二人なことに変わりはありません。
じゃあ、シエシエは?シエシエはそういうものに当てはめれば愛し合えるのかって考えるとやっぱりなんだか、ちがうような気がして。
シエシエって、お互いに考えてることが違くて、お互いを理解出来ていなければ理解してもらおうとはしなくて、だからすれ違う。
非対称的なままでも、愛し合ってる二人だなと直観的に思うから不思議なんですよね。
そう、ただ根幹だけをみるならば、ちゃんと愛し合っているんです。そうは見えないと言われればそうは見えないのもまた不思議。
複雑な、本当にどこまでも複雑な二人です。
そんな解釈的概念を落とし込んだのが、今回アップした「相愛」です。
上手くまとまらない感じを、そのままお話にして見ました。
この二人は気持ちが通じ合うのではなく、願いが重なることで、相愛の形が完成しています。
相愛って言葉自体、対称的に通じ合う、のお手本みたいな言葉ですけど……実際、対称的であることや通じ合うことよりも「相手からの愛を肯定できるか」が肝になると思うのです。
ひとって他人のことって、いくら足掻いたってやっぱり100%理解できなんです。だから理解しようとすることは美徳とされますが、実際に必要なものって理解じゃなくて肯定なのではないかと、個人的にこの頃思ってまして。
思考思想の全肯定じゃなくて、自分に対して向けてくれる感情の全肯定。それが鍵なのかもなって。そういう見解も混ぜ込んでます。
愛し合うって、なんでしょうね。
愛って突き詰めれば突き詰めるほど、本当に難しいテーマで、やっぱりそういうのを考えたり、なにか形にしてみよう、表現しようとしたりする時間が楽しいです。
