シエシエ ワンライ詰め





「今日は客人から菓子をもらってね。二人で仲良く食べなさい。ああ、そうそう、中身はチョコレートらしい。確か前にチョコレートが好きだとお前言っていただろう?」

 父親から渡されたのは、引き出しのついた二段重ねの箱だ。深い青色を中心に使われた星空をイメージしただろう手の込んだデザインは、腕の立つ職人に依頼しているのが幼いシエルにもわかる。大き過ぎず小さ過ぎず、程よいサイズがインテリアにさえなるだろうと思う。ここまでくると、チョコレートよりも中のつくりが気になるシエルは父親にお礼を言って、部屋に持ち帰ることにした。

——そもそも、チョコレートが好きなのは僕じゃなくて、あの子だしね。


 好きなお菓子は何かと聞かれたら、僕はいちごのケーキと答えて、弟のあの子はチョコのケーキだと答える。単なるケーキの好みではあるものの、僕はケーキ以外でもいちごを使用したものを好み、あの子はチョコレートを使用したものを好んでいるのだ。
 双子の僕達は、幼い頃から耳にタコができるくらい「鏡合わせのようにそっくり」「見分けるのが難しい」とばかり言われてきたからこそ、お互いの「違うもの」「似ていないもの」を発見したときは何と無くお互いの存在を濃く感じることができたようで嬉しかった。
 もちろん、弟と「好きなものが一緒」のときも「苦手なものが一緒」のときも、共感することができてそれはそれで嬉しいことに変わりはないから……結局のところ、僕は同じであろうと無かろうと、何よりも、この弟のことを知ること自体に喜びを感じていたのだと思う。好きな人に対して、そう思うのはきっと当然のことだろう。僕は弟のことは何でも知っていたい。

 そして、それと同じくらいに湧き上がる感情もある。

 弟自身のことは、僕だけが知っていればいいのだと……独占してしまいたいたくなる、やましい感情。

 さっきだって、父親は僕がチョコレートを好きだと勘違いしているのに僕はそれを訂正しようともせず、チョコレートが好きな弟はきっとすごく喜ぶだろうことを教えることすらしなかった。ほとんど無意識に弟の好みを隠そうとした。実の親に対してこんなことをしてしまう僕は少しおかしいのかもしれない。

 部屋に戻ると、弟はソファに座っていた。
 シエルが戻ってきたタイミングで、本に向けられていた視線は僕の方に向き、その表情がパッと明るいものになったように見えるのは僕の気のせいではないはずだ。ソファから立ち上がってこちらに寄ってくる姿が愛おしいものに思えて仕方ない。

「見て見て。お父様からお菓子をもらったよ」

 そう言って箱を弟が見やすいように前に出すと、弟はその箱を見てその瞳をきらきらとさせた。頬も僅かに紅潮している。

「……綺麗なデザインだね、星空みたいで」
「あ、やっぱりそう見えるよね?僕も同じこと考えてたんだ。ちなみに中身はお前の好きなチョコレートだよ」
「チョコレート!」

 どんなのが入ってるんだろう。食べるのが楽しみだと嬉しそうに声を上げる弟に、僕も満面の笑顔で答える。好きなものに対して、弟はとても素直になる節があって、いつも大人しい弟のはしゃいでる姿を見るのが僕は好きだった。
 だからといって、可愛い可愛いと愛でようとしても拗ねられてしまいそうで簡単には言えないんだけどね。

「さっそく何か味見してみようよ」
「うーん、夕食前なのにじいやに見つかったら叱られないかな」
「こんな美味しそうなもの、この時間に渡してきたのはお父様だもん。まだ幼い子供の僕達はその誘惑に負けちゃっただけ、バレたってお咎めなしに決まってるよ」
「あはは、シエルは言い訳が上手いなぁ。確かにこの誘惑には抗えないよね。……箱、僕が開けてもいい?」
「もちろん、ソファで食べよう」

 チョコレートと聞いてから、きっとどんなチョコレートが入っているか楽しみで仕方なかっただろう弟は、シエルから箱を受け取るとソファに座り膝の上にそれを置いた。隣にシエルが座ると、「じゃあまずは一段目から」と期待に染まる瞳で、引き出しをそっと引く。わくわくとしたその様子にシエルも釣られるように弟の肩へもたれるように身を寄せて中身を一緒に確認した。
 中にお行儀よく並ぶチョコレートはどれも繊細なデザインが施されている素晴らしいものだった。箱のデザインといい、貴族向けに作られているものかもしれない。チョコレートが魅せるその美しさに隣の弟はすっかり心を奪われてしまったようだ。
 惚けてしまっている弟に「二段目は見ないの?」と声をかけると、はっとした弟は二段目に手をかけた。けれどその手を引こうとはせずに一段目を開き直してしまう。

「あれ、二段目は見なくていいの?」
「楽しみは、とっておきたいから。また後でにしたいんだ」

 シエルもそれでいい?と可愛くおねだりするような弟に見つめられて、NOと意地悪な答えをする兄がこの世のどこにいようか。もちろん、僕はすぐに頷いて弟の選択を尊重する。

 そういえば、弟が楽しみをあとにとっておきたいタイプなのも、実は僕とは違う部分だ。弟と違って僕は焦らされるような我慢は苦手だから。好きなものを目の前に出されたらすぐに欲しくなってしまうし、あとにとっておいたものをもし他の誰かに奪われたら……と、そんな嫌な想定までしてしまい気が気じゃなくなる。
 弟のように好きだからこそとっておきたい、楽しみにする時間を長く感じていたい気持ちの余裕は僕には持ち合わせていないものだ。だけど、好きなものに対する弟の向き合い方は弟らしくて、そんな弟だからこそ僕はのめり込むように夢中になってしまう。

「あ、シエル。この淡いピンクのチョコレートはきっといちご味だと思うよ。好きだよね?」

 隣の弟がふんわりと僕に笑いかける。僕が弟の好きなものを覚えているように、弟が僕の好きなものを覚えていてくれることに幸せを感じた。



「………大好きだよ」







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