シエシエ ワンライ詰め





 夏がもうすぐそこまでやってきたこの季節は、まだ肌寒い日もあるけれど、温かくて過ごしやすい。その優しい天候と気温に、季節の変わり目には体調をよく崩していた弟の容体もようやく落ち着いてきた。
 そうとなればまだまだ幼いシエルとしては、やはり弟と外で遊びたい気持ちが湧いてくる。けれど遊びすぎて弟の体調が悪くなってしまうのでは良くない。
 せっかくならば遠出をするのもいいかもしれない。出かけるのであれば、弟とどんなことをするのがいいだろうかとシエルは小さな頭を回し続け、複数のアイディアを生み出す。

 あの子がいけなかった春先のボート遊びに、改めていくのはどうだろうか。……でももし川に落ちた弟が風邪をひいてしまったら。
 それなら自然じゃなくて、思い切ってロンドンまで買い物にいってみるのはどうだろう。……ああでも、前にあの子は人混みに酔っていた気がする。
 だったら教会に…………いや、遊ぶところじゃないってじいやに叱られるよね。

「うーん……」

 困った、中々いい案が浮かばない。
 シエルは小さくため息をついて、座っていたソファにごろんと倒れ込んだ。
 しかし、隣にはいつの間にか誰かが座っていたようで、それに気づかなかったシエルは思い切り、無遠慮に体重をかけて寄りかかってしまうことになる。

「……わぁっ……びっくしりした。どうしたの、シエル」

 隣にいたのは弟だった。さきほどまで、何か別のことをしていたような気がするのだが、いつの間に隣にきていたのだろう。シエルは瞳をゆっくりと閉じてゆっくりと開く。弟を驚かせてしまったのはシエルだけれど、シエルもまたびっくりしていた。

「ごめん、隣にいるの気づかなくて。いつからそこにいたの」
「いま座ったばかりだよ。シエルが何か唸ってたからどうしたのかなって」

 話しかけようと思ったら急に倒れ込んでくるからびっくりした。
 
 弟が困ったようにくすくすと笑うので、それにシエルもつられて笑みをこぼす。そのまま弟にうりうりとさらに寄りかかって密着すると、弟は一体何をするのだと言いたげなのに、口にはせずシエルの好きなようにさせてくれる。受け身な弟のそんなところが好きで堪らず、気持ちが溢れそうになるシエルはしばらくそうしていたい気持ちもあったけれど、せっかくが弟がいるならと弟にも話を振ることにした。

「良い天気だから、お前とどこかに出かけたくて考えごとをしてたの。どうやったらお前が……。その、楽しんでくれるかなって」

 体調を気にかけてることを口にするか悩んだけれど、心配されてすぎることを弟はきっとよく思わないだろうと、シエルは言葉を濁す。余計な間が一瞬空いてしまったことを悟られないと良いのだが。
 そんなシエルの心配は杞憂に終わり、話を振られた弟は目を輝かせている。ああこの顔はきっと弟も僕と遊ぶのを楽しみにしてくれるのだと、シエルにもわかってしまうくらい嬉しそうな顔だ。

「……実は僕もシエルと外に出かけたいなって考えてたんだ。本当に良い天気だから」
「お前も考えてたの?同じこと考えてたなんて!」

 寄りかかっていたシエルが飛び起きると、「ね、またびっくりしちゃった」と弟は煌めいていた瞳を細めるので、シエルも同じように瞳をきらきらとさせる。鏡合わせのようによく似た表情をお互いに浮かべて、同じ思考をしているのはなんだか不思議だけれど双子ならではの光景だろう。

「ねぇ、お前は何がしたい?」

 興奮気味のシエルが弟に尋ねると、弟は少し間を置いてから口を開いた。

「えっと、お茶会はどうかな」
「お茶会?」
「うん、綺麗な景色を見ながら甘いものを食べて……シエルとのんびり過ごしたいな」
「っ……!! それすごくいいね!」

 弟のアイディアにシエルが笑顔を浮かべる。弟の提案はシエルには思いつかなかった素敵なものだったから。何よりのんびりと過ごす、というのは弟が無理をせずに楽しめるものだし、弟と一緒に綺麗な景色を見るのも甘いものを口にするのも、シエルにとっては想像しただけでわくわくと心が躍るような気分にさせてくれる。
 シエルのその様子に提案した弟もまた、頬を僅かに色づかせて柔らかな笑顔を浮かべた。
 
「どこに行きたいかも決めてるの?」
「……薔薇園がいいかなって。この間、アン叔母様が少し遠くにある薔薇園に行った話を聞かせてくれたの、シエルも覚えてる?」
「覚えてるよ、珍しい青い薔薇が咲いてたんだって興奮してたよね」

 もしかして、あの話を聞いた時から弟は想像していたのだろうか。そう思うと益々シエルの気分は高揚し、「もうこれは決まりだね」と弟の両手を絡めとりぎゅっと握った。
 弟はシエルの一声に目を瞬かせているけれど、シエルにはもうこれ以上の最高のプランは思いつきそうにない。今すぐにでも支度をして、薔薇園でお茶会したいくらいに気持ちが昂っていた?

「いいの?シエルも色々考えてたんじゃ……」
「考えてはいたけれど、正直どれもしっくりこなかったんだ。それにお前の提案があまりにも魅力的すぎるもの」

——本当にすごいよ、お前は最高のプランナーだね!

 そうシエルが褒めると、弟は下を向いてしまう。思っていたことをありのまま伝えたつもりなのに、自分ばかりがはしゃいでしまって気落ちさせてしまったのだろうかと、シエルが弟の名前を呼ぶと、その呼びかけに弟は僅かに顔を横に振る。顔を覗き込もうとしても顔を逸らされてしまった。
 
「ごめん、何か気に障った……?」

 そう尋ねると弟は、それは違うと否定しながらようやく顔をあげてくれた。その顔を見たシエルは目を見開く。

 弟の顔は赤く染まっていて、耳元までほんのりと色づいている。そんな顔をする理由がシエルにはわからないけれど、何かを恥じるようなその表情はとても愛らしくてシエルの何かを射止めた。

 うっかり「そんな可愛い顔してどうしたの」なんて聞いてしまうと、弟は「シエルのせいだよ」と目を逸らす。褒められなれていない弟の気持ちは、シエルにはまだうまく伝わらない。
 
 弟にとって一番大きな存在である兄からの言葉。お世辞でもなんでもない、心からの褒め言葉。
 シエルが口にする素直でありのままのまっすぐな褒め言葉は、弟にとっては胸焼けするくらいの甘さがある。それを与えられて、素直に喜ぶよりも先に照れてしまうのも無理はない。

 気に触るようなことはしていないのに、自分のせいだという難題の答えをシエルはすぐには導き出せず、シエルはただ狼狽えることしかできずとってつけたように「ごめんね」ともう一度謝ることしかできなかった。



「えっと、あとでお父様達にお話しに行こうね」
「……うん」
「お、お茶会、楽しみだなぁ」
「…………うん」





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