シエシエ ワンライ詰め





 未練があるか。そう聞かれたらイエス以外に答えるものなんてない。今まではそう思っていた。
 ……自分の死に対して、後悔しかないと。
 けれど、弟と再会を果たしたあの日からは“悪くもない”と思うようになってきた自分がいる。

 別に死んでよかったなんて思ってはいないし、ましてや他人の手で人生の幕を閉じられたことを悪くないだなんて思うわけがないけどね。
 それに、死んだ当時のことを思い出す度に浮かぶ、あのときの弟の顔や声を思い出すだけで感情が酷く揺さぶられるから。

 僕の記憶に残る最後の弟の姿が、目に焼きついて離れなかった。だからこそ、僕の中には未練と後悔が膨らみ続けてきた。
 どうして僕がこんな目に合わなくてはいけないのか、なんて思う前に、どうして弟にこんな姿を見せなくてはいけないんだろうって。どうして僕が弟に刻み込むものがこんなに残酷でなくてはいけないのかって。

 だから死人として、いやビザールドールとして、再び意識を取り戻したとき、全てを思い出したとき。僕は思ったんだ。

——あの日の死をなかったことにしたい。弟との人生を何かもをやり直したい。




「……それなのに、今ではこんな筋書きも悪くはないと思うようになったんだ。どうしてだと思う?」

 紅茶にも菓子にも手をつけない、お茶会の主は相変わらずただそこに座っているだけ。言葉を発することもできない。

「だってあの子ったら、僕を見て怯えたんだよ」

 堪えきれずに僕は満面の笑み浮かべながら、カップを手にとる。今のあの子が気に入っている茶葉を、あの子が選んだお気に入りのカップで。口に含む一口は贅沢な味わいだ。

「……本当、あの顔はずるいよ。あんな顔するなんてさ……まるで告白みたいだ、なんて思わない?」

 カップの縁をなぞりながら、僕はあの日の弟の姿を思い出す。雨に濡れていることさえ忘れて、青ざめた顔に浮かべるのは怯えた表情。驚いただけなんて説明がつかないし、涙は流してなかった。震えたその身体が本当に愛おしくてたまらなかった。全身で、僕を意識していたその姿に心奪われてしまった。
 ティーカップの中には映るのは、弟の怯えた姿に嬉々としている、弟と同じ顔をもつ僕が一人。

 お茶会の主はやはり口を開かない。一人じゃ寂しいからと誘っては見たけれど、これじゃないなくても一緒だ。僕は席を立って、主のそばへと向かう。



「……あの子の中で、僕は生きてた」

 たった一瞬で、それがわかった。その事実に僕は震えたんだ。だって、この弟は僕を絶対に殺すことなんてできない。僕ではさえ未練のある“死”を誰よりもあの子が否定していた。
 それなのに、僕がビザールドールとして目の前に立ったら……そんなの、弟にとっては冒涜でしかないんだろうね。
 だって、ビザールドールとして蘇った僕を“シエル”だと認識するには、まず弟の中に生きている“シエル”を殺さないといけないからね。それをあの子が一瞬でできるわけがない。
 割り切って見ることができるようになったとしても、僕のことを“シエル”とは認めてくれないんだろうな。

 僕が死んだのは三年前。三年。三年だ。死して三年もの間、僕は弟の中で生き続けている。そんな事実を突きつけられて、喜ぶなと言われる方が無理だ。
 確かに未練が完全に消えたわけではないけれど、死がなければ、僕を生かしている弟を見ることはできなかった。そんな弟に会いに行くことさえ、本来はできなかったこと。
 それが叶ういまを思うと、不思議と未練というのは形を潜める。やるせない感情も、高揚し別のものへと変わっていく。
 
「きっと、僕はこれからもずっと、あの子の中で生き続けるんだ」

 僕を切り捨てて殺すことができないあの子を、あの子の中にいる僕が縛り付けて、呪いを囁くように誘導して……あの子はそれをわかっていて、僕を生かし続けることを自ら望み、選択する。

 その事実を、告白と呼ばず何と呼ぼうか。
 

 お茶会の主をそっと抱き上げると、頭に乗っていた小ぶりのシルクハットが落ちていく。そのまま身につけられた眼帯を外し、現れた瞳に僕はキスをする。
 反応なんてあるわけない。彼は元よりただのぬいぐるみなのだから。



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