シエシエ ワンライ詰め
葬儀屋が“死者蘇生”を口にしたとき、すぐにはその思想を受け入れられなくて、理解できなくて、何故そのようなことをという疑問が浮かび、ただ死者の蘇生に執着する彼を不気味だと思った。
……けれど、後になって気がついたんだ。僕は確かにそれを願ったことがあると。
——誰よりも心から愛していた君の体温を失ったあの瞬間を、僕は今でも鮮明に覚えている。
あの日、悪魔から願いを叶えてやると言われて、まず最初に僕が願ったのは“シエルが生き返ること”だった。シエルの死を何よりも僕は拒絶していたから。叶えられるのなら叶えて欲しかったが、それは不可能なことだ言われて断られた。
悪魔を喚び出す渡り賃として使われたシエルの命は取り戻せない。そしてシエルの魂を犠牲にしたのは他の誰でもない、僕だったのだから。認めたくないことだけれど、それが覆すことのできない事実であり、僕を絶望に陥れた。
それでも“もう君はいない”という現実を僕はあの時ちゃんと受け入れて、だからこそ“君の願った君になる”とそう誓った。
……そう誓っていたはずなのに。
僕は今でも君を夢に見ては、縋りたくなってしまっている。
あれだけ弱い自分を拒んでおきながら笑える話だ。今の僕を見たシエルは一体なんて言うんだろう。……いっそ幼い頃のように「お前は馬鹿だな」とそう笑ってくれたらいいのに。そうだったならよかったのに。
「…………シエル……」
その名前を呼んだのは、いつぶりだったろうか。
先日のドイツでの一件の中で錯乱状態に陥ったとき、酷い有様だった僕は確かにその名前を口にしていた。その記憶は確かにあり、長い夢の中でもシエルとの逢瀬を繰り返していた。君はもういないのに、何度も君に縋りたくなっては、僕を愛して守ってくれる君の姿を思い描いた。決意が無ければ、きっとあのまま落ちていくことさえ選んでしまっただろう。君の弟は、君と違ってとても弱いから。
でも、今の僕は、シエル・ファントムハイヴ伯爵だから。もう立ち止まったり後退したりなんてしない。そんな選択肢はどこにもない。僕のために、勝利を掴むために、どんな犠牲を払おうと誰に恨まれようと、選んだこの道を終点まで突き進むだけ。
……ああでも、やはり少し胸騒ぎがする。
ベッドに入ってだいぶ経つというのに、ここまで寝付けないのは何故だろう。確かに僕は眠りが浅いし、寝付けない夜は少なくないけれど。
あらゆる事にひと段落がついた今日こそは、ようやく深い眠りにつけると思っていたのに、嫌な予感が身に付き纏って、妙に寝付けない。
死者蘇生……ビザールドール……
あの葬儀屋が何を考えているのか、何を目的としているのかはまだわからないが、そんな得体の知れないものに手を出していて……それでいて彼はファントムハイヴにも深い繋がりがあることがわかっている。
そんな彼がもし、甦らせる相手して選ぶのが……あのシエルだったら……?
その予感が浮かんだその瞬間、自分の呼吸が止まったような気がした。そんなわけがないと否定しきれない事実に、震え出した自分の身体を抱きしめる。それでも落ち着いて上手く息を吸うことができずに、僕はベッドから起き上がって何度か咳き込んでから深呼吸を繰り返す。
こんな思考を放棄してしまいたいと願っても、その可能性に目を背けることができない僕は、溢れ出す冷や汗を止める術もなく、ベッドの上で身体を丸めることしかできない。
君が死体のまま蘇ったとして、僕は一体どんな顔をすればいいんだろう。
だってそんな君を僕は受け入れることなんてきっとできない。認めることなんてできない。
——じゃあそんな彼が目の前に立ち塞がったとき、僕は彼を殺すことができるのか?
受け入れることも認めることもできない。だからといって、そんな自分の問いかけに僕はすぐには答えられなかった。
その上で、あくまでも仮定の話をここまで広げる必要なんてないと首を振る。その姿をもし誰かに覗かれたのなら、僕がだだ逃げ出したいだけなのが見え透いていただろう。
嫌な胸騒ぎは、夜が明ける頃になっても、いつまでも僕から離れることはなかった。
そして、そんな夜からしばらく経った酷い大雨の日に僕は…………
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