シエシエ ワンライ詰め
「……綺麗だ」
隣にいる弟からうっとりとした声が漏れ、その声を聞いた僕は咄嗟に同じ方向を見つめた。
そのさきには、僕たちと年があまり変わらないだろう少女がひとりいるだけ。僕から見れば、何がいいのかさっぱりわからないごく普通の少女だった。
ましてや、人の多い夜会の会場では余計にその影は極端に薄く、魅了される要素が全くもって理解できない。否、正確には理解したくない。
こんなつまらない嫉妬をするなどよくないことだと頭ではわかっていつつも、僕は弟の袖を少しだけ引いて「お前のほうが綺麗だと思うけど」なんて不満気に伝えると弟は一瞬目を丸くした。
そして数秒の間に僕が何を思ったのか理解し、弟は口元に手を当てて小さく笑う。
「そういう意味で言ったわけじゃないぞ」
「だったら一体どういう意味なの?」
弟の言葉が気に食わず、僕は唇を尖らせながら弟の腕を引いてわざとらしく擦り寄る。
わかりやすく拗ねている僕の態度に弟は困ったように笑いながらも、僕の背を撫でながら「もうシエルったら」と甘やかすような声を出した。
そしてもう一度あの少女の方を見つめるので、僕もそれにならう。
——やっぱり特筆する箇所なんて何もない、平凡な少女ではないか。
そう言いたくなるのを抑えていると弟がうっとりとした瞳で少女の姿を追っているのが目に入った。
奪われた弟の視線を無理矢理にでも引き戻してやりたいと、余計なことを考える僕だったけれど、そんな僕の考えを打ち壊すように弟はまた「やっぱり綺麗だ」と口元を緩める。
「あのドレス、すごく綺麗だ」
「は……ドレス……?」
「うん、さっきすれ違ったときにもう少し見ておけばよかった」
——ニナから前に教えてもらったけど、ああいうタイプの刺繍は相当な技術が求められるものだし……生地も滑らかで触り心地が良さそう。デザインも斬新なのにこの会場によく溶け込んでいる。きっと僕たちみたいにお抱えの職人がいるんだろうな。
弟から語られるドレスの感想に、僕はただ呆然としていた。弟が見つめていたものの対象は僕にとってあまりにも予想外すぎて、思考が追いつかなかったのだ。
「それにやっぱり、あの深い青にキラキラした銀色の刺繍。星空みたいでシエルにも似合いそうだなって思ったんだ……うん。絶対に似合う、シエルなら」
「ふぅん……僕にあのドレスを着せたいの?まさかお前にそんな趣味が」
「あ、ちが、違う!! ドレスに限らず例えばシャツとか」
「あぁ女物のレースに塗れた可愛いシャツがご所望?さっそくニナに頼んでおこうか」
「シエル!!!!」
僕の名前を大きな声で呼んだ弟の顔は、可愛いものだった。ほんのりと染る頬に、こちらをキッと睨みつける揺れた青い瞳、そして今にももっと怒り出しそうな口元。
完全に意識が僕の方へと向いている弟に、僕の抱く必要のなかった嫉妬心もようやく浄化されて天に召されていく。
弟を揶揄って満足するなんて酷い兄だなと思いつつ、僕が「ごめんね」と謝れば弟もそこまでは怒っていなかったようで、ため息ひとつ着いて機嫌をを治してくれた。
口にしたら怒られてしまいそうだけれど、僕は弟の怒った顔が結構好きだ。無論怒った顔に限らずどんな表情であっても全部好きだけれど。僕に感情をぶつけるその姿が何よりも愛おしいのだ。
本人には言えないことを心の中で呟いていると、遠くから父親が僕たちを呼ぶ声がする。今日の夜会はそろそろお開きとなるのだろう。
弟と二人きりの時間が恋しくなっていた僕は、弟の手を引いて駆け出した。後ろでは「こらシエル、会場は走ったら駄目だろ」なんて弟の文句が飛んでくるけれど、気に留める理由なんてない。
——いつだって弟の手は、僕の手を強く握り返してくれるのだから。
(「ベッド」の要素も追加したかった、おまけ)
後日、僕は二人きりの寝室で弟にあるものを披露した。
「じゃーん」
「シエル……!? その格好は……」
それはあの日夜会で見かけた少女が着ていたドレスによく似た、いや、それよりももっと素敵な星空のようなドレス。ニナに事情を話して作ってもらった特注の僕専用のドレスだ。
その姿を見た弟は意外にも大人しくて、混乱しているだろうに、その瞳は僅かにうっとりとしているのが読み取れた。わかりやすいその姿に僕はにんまりと笑って、弟がいるベットの上に乗り上げて、天蓋から垂れるカーテンを閉じて二人きり閉じた空間を作り出す。
これは二人で“内緒のこと”をするときの、僕からの合図だ。
弟はさっきまで釘付けだった瞳を逸らして気付かない振りをする。いたいけなその姿にぐっときた僕はなんだか楽しくなってきてしまう。
「ね、どう?よく似合ってるかな」
「……聞かなくてもわかってるくせに」
「わかってても聞きたいんだもの」
甘えるように弟の名前を囁いて弟のそばによると、弟は分かりやすく頬を染める。あの夜会ではあんなに否定したくせに、やっぱり僕の見立て通り、この格好の僕が見たかったんじゃないかと、僕は溢れる笑みを抑えきれない。
最後の一押しで弟の頬にキスを贈ると、弟は観念したように真っ赤な顔で僕を見つめ返した。
「すごく似合ってる、綺麗だ」
もらいたかった言葉を受け取った僕は本当に夢心地の気分だった。
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