お題「待ち合わせ」




 教室から出て、待ち合わせの場所まで一直線。木陰にあるあまり目立たないベンチは、二人で決めた放課後の待ち合わせ場所だ。

 寄宿学校に籍を置いてる間は、二人で一緒にいられる機会もぐんと減ってしまう。それはシエルにとっても弟にとっても、ずっと一緒に過ごしてきたからのそ、寂しさを感じることだった。
 だから、登下校だけは一緒にしようと決めた。この待ち合わせ場所は、その為の場所だった。
 少しだけでも、学校から寮までの短い距離だけでも。話して、歩いて、過ごす。それは二人にとって必要なものだった。

 しかし、本日のシエルはいつもよりも教室を出るのが遅くなってしまった。
 待ち合わせ場所には小走りまでして向かったものの、待っていてくれた弟はややむくれていて、ベンチに座ったまま不満げにこちらを見つめていた。

「ごめんね、上級生から急に呼び出されちゃって」
「……それにしたって遅い」

 シエルを見つめたその先の空の色は、茜色が少しずつ暗闇に塗られ始めている。
 今日の授業が終わる頃にはまだ茜色になったばかりだったから、少なくとも一時間以上も弟をここで待たせてしまったことになる。
 シエルとの約束を守って、それだけ待っていてくれたのだ。

 ——待っていてくれたことは正直すごくうれしい。でもこの子はいま怒ってるし、そんなことを伝えても火に油を注ぐだけだ。

 待たされている弟は怒っている。
 しかし、だからといって何か余計な言い訳をしたり、簡単に謝ろうとしても弟には効果がない。まずはそう、様子を見て、弟が何に不満をいだいているか観察するところからはじめよう。
 
 シエルは手始めにまずは弟の前に手を差し出す。

「待っていてくれてありがとう」

 差し出されたその手を弟は数秒見つめてから、小さくため息をついてその手を掴むとベンチから立ちあがってくれた。
 よし、一緒に帰ってくれる意思はありそうだ。

 けれど、シエルがほっとするのはほんの一瞬だった。

「……?」

 弟を立ち上がったものの、シエルの手を掴んだまま離さないどころか、そのままシエルの手を繋ぎ直すとそのまま手を引くように先を歩いていくのだ。
 手を繋いで登下校をするだなんて、今まで一度もしたことはない。そもそも、そういうことをシエルがしようとしては、いつも弟に断られているのに。

 ——どういう風の吹き回しなんだろう……?

 何も声をかけられずにいるシエルに、弟は人通りのほとんどない道の途中で、少しだけ止まると、シエルの方を振り返った。

「今日は誰も見てないから」
「……え?」
「だから、今日は誰も見てない……から」

 たまにはいいだろと、小さな声でぶつぶつとそう言っているのが聞こえたシエルは、堪えきれずにくすくすと笑いだす。
 すると、弟は耳を赤くして「笑うな」と言う。それなのにシエルの手を強く握るのだから、可愛い弟の姿に、シエルはやはり笑みを浮かべずにはいられなかった。

 弟は強く握ったシエルをまたひっぱって先を歩くので、シエルは笑顔のまま、それについていく。
 弟は今度こそこちらは振り返らなかった。
 だけど、今の弟はきっと自分と少し似た表情をしているに違いないとシエルは思った。

 目の先にはもう二人が在籍する青寮が見えてきていた。
 寮までの距離は、二人で過ごす時間としてはやはりとても短い。だけどこんなささやかな時間が、忙しい寄宿学校の生活の中では何よりも尊いものだとも思えた。



「少し羨ましかったんだ……あの先輩がシエルと手を繋いでいたから」

 ——あんな人通りの多い廊下で、目立つのに。仲良さそうに手なんて繋いで。僕もいるのに。


 寮につく一歩手前で、語られた弟の怒りの真実はシエルにとっては少し意外だった。
 待たされていたことももちろんあるだろう。だけどそれよりも、“手を繋ぐこと”が弟の怒りのトリガーになっていたのだ。
 確かに、弟は入学してから何かと人目を気にするようになったし、シエルとのスキンシップとどこが自制気味だ。
 手を繋ぐだけのスキンシップさえ、この半年はまともにしていなかった。だからこそ、シエルが他の生徒と簡単に人前で手を繋ぐことに敏感になっていたのだろう。

 少しだけ訂正するのであれば、あの上級生はちょっとした困りごとでシエルを慌てて呼び出しにきて、勝手に手を引いてきたものだから……手を繋いだと言うのは少し語弊があるのだが。それでも弟の判定上、アウトならば下手な言い訳は無用だろう。

 ……まったくもう、嫉妬だなんて可愛い反応を見せてくれるんだから。
 こんなことで嫉妬なんてしなくてもいいように、少し安心させてあげたいな。

 シエルは弟に見えないところでまた笑みを深めた。
 そして小さな声で弟の名前を呼ぶ。
 あとは、振り返っきた弟をこちらに引き寄せるだけ。

 音も立てずに、一瞬だけ重なった唇。
 その衝撃に弟は目を見開いて、それから頬を赤く染めていく。
 その姿に満足したシエルはゆっくりと近づけた顔を戻して、そっと弟の唇を指でなぞった。




「大丈夫、“今日は誰も見てないから”……ね?」


 
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