独白
「シエル」
僕を呼ぶあの子の声がする。
ふわりと羽が舞うような……けれど確かに芯のある透き通った声。
僕と声質自体はそう変わらないはずなのに、本当に何もかも全然違うように聞こえる。
僕が愛してやまない、大好きなあの子の声だ。
「シエル?」
この子に名前を呼ばれるのは、まるで魔法にかけられているかのようだと僕は思う。……だって、この子に名前を呼ばれただけで、僕はこんなにも心地よくて幸せになれてしまうんだから。
わがままが許されるのなら、この子には僕の名前を何度だって呼んでほしい。もっとたくさん。
そして、その呼びかけに僕はどんなときだってこたえて、すぐに駆けつけたい。
それくらい、僕はこの子を溺愛している。
「シエル…?」
この子が名前を呼んでくれるからこそ、自分が“ シエル・ファントムハイヴ”でいられるのだと思ってしまうくらいに。
世界がどれだけ僕の邪魔をしようとしても、僕はこの子の傍にいたい。本当は片時だってその手を離したくない。
ずっと、ずっと、ずっと……この子の傍にいられるのなら、それ以外は何も望まないから。
——お前が理想とする兄の姿で、いつまでもこうしてお前の傍にいられたのなら。それが叶うのなら、僕はどれだけ幸せだろうか。
物心がついたときから、僕は想像している。この子に寄り添い続けることが許される……そんな明るい未来ばかりを。
けれど、“あの忌々しい指輪”のせいで、僕らは生まれた時から離れることが決まっていた。
ファントムハイヴ家の長男として生まれ、伯爵になる未来が決まっている僕は、ずっとこの子の傍にいることなんてできやしない。
次男であるこの子は、いつかこの屋敷を出て行かなくてはいけないから。
僕の望みなど、現実の前では所詮絵空事に過ぎない。
……ねぇ。なんで、僕とお前なんだろうね。
どうして僕達は、生まれた時から定められた運命によって、こんなにも残酷に、無慈悲に、引き離されなくてはいけないの?
それは、いくら問いかけたって無駄なこと。頭では本当はわかってること。
どれだけ子供の自分が足掻いたって、離れ離れの結末は変わらないって……僕自身が一番わかってる。
それでも、僕は…………
「もう、シエルってば……! 聞いてる?」
控えめに抑えながらも、鋭くかけられた言葉にはっと顔を上げると、シエルは宝石のように煌めく二つの青に捕われた。
シエルと揃いの青い瞳は今日も変わらずとても綺麗だけれど、今はご機嫌斜め一歩手前であることがよく読み取れるものである。
それなのにシエルが「ごめんね、少し考え事してた」などと笑って誤魔化すので、更に弟は眉をひそめ、頬を僅かに膨らませてみせた。ご機嫌斜めの弟は、シエルが一手を間違えた故に誕生してしまった。
慌てたシエルが宥めるように額を合わせて機嫌を取ろうとするも、そんなものは付け焼き刃に過ぎず……弟はシエルから顔を逸らし、瞳さえ合わせてくれない始末だ。
「……今日は外からお客さんがたくさん来てて、じいや達の見張りも手薄だから、こっそり抜け出して散歩に行こうって誘ったのはシエルなのに」
「あー……えーと」
「それなのにシエルは、別のこと考えてたんだ」
提案したのも誘ったのも全てシエルだ。そしてその約束をしておきながら、上の空で弟の呼びかけにすぐに応じず、意図せず無視してしまったのもシエルに間違いない。
弟が、シエルが自分の事をほっぽり出して別の事を考えていたと思い込むのには十分で、だからこそ蔑ろにされた寂しさからすっかりむくれてしまっているのだろう。正直なところ、むくれているその姿すらもシエルからしたら愛おしいものなのだが、これ以上の失言をしている場合ではないし、この一連をシエルの失態といわずしてなんと呼ぼう。
この状況を反省したシエルは静かに気持ちを落ち着かせつつ、何とかして弟のの機嫌を直さねばと精一杯小さな頭に詰まっているものを回した。
「ーーーー、本当にごめんね。僕が悪かった。……この間話をしたときに、お前が行きたがってた教会近くの花畑にもちゃんと案内するし、今日一日お前のことは僕が最後までエスコートするから……ね?お願い、僕を許して」
精一杯許しをこう表情で、シエルが弟の名前を呼びながら訴えかけると、弟はシエルから逸らしていた視線をそろりと戻してくれるので、すかさずシエルは次の行動に出る。
それは、まるで寝物語に読み聞かせられた世界に登場する機嫌を損ねたお姫様をあしらうような王子様のごとく、シエルは弟の手を優しく絡め取ると短いキスを落とす。
その仕草はどこか芝居がかっていて、弟の自分相手に一体何をしているのだと、弟はシエルの行動に思わず一息漏らして、そのまま堪えるように笑い始めた。
お姫様と見立てた最愛の弟の笑い声は、確かに少年のものに違いない。
けれど控えめに笑うその姿は楽しそう可愛らくて、その姿を見ていたシエルもつられて笑みを浮かべずにはいられなかった。
そして、小さな悪ふざけを許してくれるくらいには機嫌を戻した弟を前に、つい興が乗ったシエルが弟の手を取ったままリードするように踊り始める。
しかし突然始まったワルツに、残念ながら弟は付いてこられず……目を見開いた弟から「わかった、もうわかったから!! 機嫌直すから!」と、慌てた声を上げるので、本格的に踊り始める前に、このお芝居は幕を閉じることになった。
「シエルのいじわる……僕が踊るのは苦手だって知ってる癖に」
「いじわるだなんて、そんなつもりはなかったんだけどなぁ。僕はお前と楽しいことがしたいだけだもの」
清々しいまでのシエルの笑顔に、弟はじとりとした冷たい視線を送る。
うそつき。声には出されていないけれど、シエルには確かにそう聞こえたような気がした。
しかしそんな瞳で見られたとてニコニコとはぐらかしてばかりのシエルを相手に、これ以上何を言っても無駄だと理解していた弟はため息をひとつ吐いて、話題を変えることにしたらしい。
「まったくもう。そもそも、シエルはさっき何考えてたの?」
「それは…………お前のこと、だよ」
何気なく掘り返した話題に対して返されたシエルの返答は、弟が想定もしていなかった答えだった。
思わず「僕のこと……?」と聞き返して、大きな瞳を瞬かせながらこてんと首を傾げるその姿は、シエルにとって何も知らぬ純粋無垢を絵に描いたような天使に見えて仕方なく……
「僕はいつだってお前のことばかり考えいるからね」
そう小さな声で返したシエルは我慢ならず、そのままを天使を腕の中に閉じ込めて隠してしまう。
突然抱き寄せられたというのに、弟は嫌がる素振りなんて一つも見せない。それどころか、弟は慣れた手つきで、シエルと同じように抱きしめ返してくれるのだ。
これはいつものことだけれど、無遠慮に抱きしめてくるシエルを、弟は絶対に拒まない。
……だからこそ、シエルはそんな片割れのことが愛おしくて堪らなくなるのだった。
「あのね、兄って生き物は弟が愛おしくて堪らない生き物なんだよ。従姉妹のエドワードだって妹のリジーに対してはそうでしょ?」
「うーん。シエルのとはまた少し違う気もするけど……そういうもの、なのかなぁ」
「少なくとも、僕にとってはそうだよ。兄心弟知らず……ってね」
「あはは、また変なこと言って。まぁでも、シエルがそこまでいうなら、そういうことにしておこう」
先ほどまでむくれていた弟の表情はすっかり打って変わって柔らかく、愛らしい微笑みに変わる。
その笑顔が見られて嬉しくなったシエルが更に強く抱きしめると「苦しい」なんて言いながらも、弟はふわふわと笑うのだった。
——僕は、本当にいつだってお前のことばかり考えているんだよ。
さきほどの言葉は、シエルにとって口にするつもりのない思わず本心が漏れ出してしまったものだった。
こんなことを告げてしまえば、弟のからは「愛が重たすぎる」だなんて一蹴されるかもしれないとシエルは思っていたのが、当人である弟は気にも止めていない様子だ。
失言によりあの子に自分の醜い部分を悟られなかったのは良いことなのかもしれないと思いつつも、悟られてしまったらどうなったのだろうかと、ほんの少しだけ寂しいような、残念な気もした。
それでも、やっぱり今の弟はまだ何も知らない方がいいと、心の内でシエルは自分の気持ちを封じ込めた。
お前は僕と違ってとても純粋で、綺麗だから。
綺麗すぎて…時々僕が触れていいのかと不安になるくらいに真っ白な子だから。
お前に対しての感情がとめどなく溢れて、歪みを生み、仄暗い色で染まってる僕のことを正面から見てしまったら……お前は僕の大好きな、今のお前じゃなくなってしまうかもしれないしね。
……ああでも。
もしお前が僕がお前に向けるこの感情を理解しようとしてくれる日が訪れるのなら、その時は僕がそれはそれは優しく、優しく、僕の色で内側からゆっくりと全部染め上げてしまいたいな。
そうすれば僕がお前のことしか考えられないように、お前も僕のことだけ考えるようになる。
白いものが黒く染められる……まるでお前が好きなゲームみたいにね。
…それはどんなに素敵なことだろうか。
白いこの子が自分の色に染められていく姿を想像したシエルの顔は、子供には不相応な歪みを浮かべる。
弟を抱きしめていた腕には余計な力を込めてしまい、そうなってくると腕の中に閉じ込めたまらまの弟のことをこのまま離せなくなりそうだったので、惜しくも頃合いを見て解放してあげることにした。
それでもいざ腕を離すと名残惜しくなり、シエルは弟の額にキスを落とた。
唇ではないとはいえ、実の兄から受けるキスに対してされるがままの弟に再びにやけそうになる口元を悟られぬよう、シエルは弟の手を取る。
そろそろ、出発しよう。誰にも邪魔されない屋敷の外の世界へ。
「ほら今だ、いくよ」
「……っ、うん!」
病気で部屋にこもりがちな弟は、使用人だけが使う裏口のことも、そこから続いている抜け道のことも知らなかっただろう。
けれど以前からシエルは、いつか弟をこっそり外に連れ出すための算段を整えていた。使用人の目を掻い潜るルートにも抜かりはない。
「ね、僕のいった通り、手薄だったでしょ」
裏口を抜けたあとは、門の隅にある子供一人分くらいの隙間をシエルが先にくぐり抜け、それに弟も続く。
抜け道を通り抜けた弟の服についた土をシエルが甲斐甲斐しく落としていると、シエルの頭についた葉っぱを摘んだ弟がふわりと笑った。
「すごい。こんな簡単に……外に出られちゃった」
星屑を閉じ込めたように煌めく瞳を細めて、僅かに頬を赤らめて、口元は緩やかにカーブを描く。
大事に丹精を込めて育てていた一輪の花が開いたような、弟のその笑顔からシエルは目が離せなくなる。
「ありがとう、シエル」
シエルの両手を包み込むようにとった弟は、幸せそうにお礼を言った。
まだ屋敷の外に出ただけだ。どこへも連れていけてはいないのに、それだけのことで弟がこんなにも幸せそうに笑ってくれるだなんて、シエルは想像していなかった。
喜ばせることができて嬉しい気持ちには変わりはないものの、当然複雑な気分も混じる。
……だって、この弟の姿は、普段それだけの我慢を強いられている証明になってしまうから。
シエルは屋敷の窓から外の様子を見ている弟の姿を思い出した。
屋敷の外でふとしたときに窓を見上げると、そこにはいつもこちらの様子を見ている弟がいる。そんな弟にシエルが手を振ったときの、あの寂しそうな、それでもシエルに応えようと浮かべる……何かを取り繕ったようや笑顔。
その笑顔を思い出しただけでシエルはやるせない気持ちが込み上げてきて、耐えきれず弟を再び抱き寄せた。
「シエル……?」
さきのようにじゃれ合う訳でもない、前触れもなかったシエルの行動に、弟はやや困惑を滲ませた声でシエルの名前を口にした。
理解が及ばないまま、おずおずと回された弟の腕はどこかぎこちなくて…それでも抱き締め返してくれる弟の行動は、シエルを拒んでいないとよくわかるものだった。
そんな弟をシエルは一層弟を強く抱きしめた。
“いつだってお前のことばかり考えている”だなんていいながら、僕がいつもお前をひとりにして……それを当たり前にさせてしまったんだよね。
大好きな弟を苦しめて、孤独を味わわせてきたのは他の誰でもなく、僕自身にある。
僕が先に生まれたからお前は伯爵になれないし、いつかはこの屋敷を出ていかなくちゃいけない。
それどころか周囲の人間からは、やれスペアだのなんだのって……そんな目で見られる原因だって、自分のことを“シエルのおまけ”だなんて思い込むようになってしまったのだって、本当は全部僕のせいなんだ。
……その事実から目を逸らして、僕は今日もお前が苦しみに苛まれなくてはいけない理由を別の誰かに擦りつけようとさえしている。
都合の悪いものからは目を逸らしてばかりの、そんな見るに耐えない狡い生き物。それが僕だ。
それなのに……こんな考えをもつ僕に気づかないこの子はいつだって僕を慕ってくれて、疑おうとすらしない。
——ときより僕達を『鏡合わせのようにそっくり』だと言う人がいるよね。でも僕はあの言葉が嫌いなんだ。
外見は確かにそう変わらないかもしれない。
けれど、中に詰まっているものは決して似ても似つかない。……ふとした瞬間に、僕達は根本から全て、ほんとうに何もかもが違うのだと強く思うから。
「……今日のシエル、なんだかいつもよりもすごく甘えん坊だね?」
「そう、かもね」
「あ、否定しないんだ」
静かにくすくすと笑う弟の声だけが、荒々しくなりそうなシエルを包み、癒していくようだった。
声変わりしていない少年特有のソプラノの音は上品で、愛らしいもの。今のシエルが一番欲しいもので、欲しがらずにはいられない。
シエルがもっと弟の声を聞いていたくて欲張るように弟へと擦り寄った際、シエルの髪が弟の耳元を掠めてしまうと、その擽ったさに弟からは「ひゃ」なんて愛らしい声が漏れた。
その音に気分を良くしたシエルは、弟が何も言わないのをいいことに、こっそりと弟の弱点である耳に触れ続けてしまう。
すると弟の身体はもどかしそうにシエルの腕の中で身を捩ったり、ぴくりと跳ねたりして…その反応の良さにシエルは更に機嫌を良くした。
「ふふ。そういえばお前こそ、僕がこうやって抱きついてきても無理に剥がしたりしないよね」
「別に嫌ではないし…っ、ん…こらシエル! ……ぁ、いたずらするなら離せ!」
「あはは、ごめんって。……もうなにもしないからあともう少しだけ」
そう言い終えるなり、シエルは改めて回していた腕をほんの少し強くして逃げ出そうとしていた弟を引き寄せる。
思ったよりも強く抱きしめられた弟はバランスを崩してしまったのか、足元がややふらついてしまったようで、力の抜けた身体がシエルの方に倒れてきた。
それを難なく受け止めることができたシエルはそのまま数秒間、弟を優しく抱きしめてから解放してあげた。
せっかく解放してあげたのに当の弟は「もういいの?」なんて聞いてくるのだから……兄心、弟知らずとはまさにこのこと。
——そんなこと言われたら、僕が今日一日中お前とこうしていたくなってしまうだなんて、知りもしないんだろうなぁ。
そんなことを言って弟を困らせたい気分にもなったが、今日ばかりは目的がそれてしまうのは宜しくないので……弟の危うさ感じる発言には乗らず、シエルは笑顔を浮かべたまま小さく頷いて見せた。
それなのに弟は何かを思い出したように、口を開く。
「そういえば、この間新しく入ったメイドの人がいってたよ。ハグにはリラックスできて、幸せな気分になれる効果があるんだって」
「……そうなんだ」
思い出した言葉をゆらゆらと綴った弟にシエルはうっかり興味無げな空返事を返してしまう。
だって大好きな目の前の弟がいつも自分を抱きしめ返してくれる理由が、使用人からの入れ知恵だったのかと思うと……どうしてか、それはとてもつまらないと思ったから。
嫌な感情に支配されそうだ。
じわりと、洋白紙にインクが滲んでいくようにシエルの中で黒い何かが溢れだす。
この感情にはどんな名前が似合うのだろう。
子供のシエルにはまだわからないことだ。
「シエルは、どう?」
「なにが」
「えっと、僕とハグしたら、リラックスできてるかなって……幸せになれたりする?」
「…………そんなのわからない」
シエルのそんな素っ気ない返答に、弟は「そっか……」と呟くと顔を下げてしまう。その姿は項垂れているようにもみえる。
話の内容はさておき、流石にここまであからさまな返事をしてしまったのは不味かっただろうか。
弟の表情は俯き気味で読めないが、不必要に傷つけてしまったのかもしれないと、反省したシエルが声をかけようとしたが、シエルが声をかける前に弟から再び口を開いた。
「やっぱり、上手くいかないな」
顔を上げた弟は困ったような顔で笑っていた。
「シエルはさ。フランシス伯母様からの稽古もそうだけど、いつも僕よりたくさん勉強してるだろ。伯爵になる為の勉強。……それで疲れたりもするんじゃないかって。だから、今日のお礼になにか僕もお返しが出来たらって思ったんだけど」
でもやっぱり、僕じゃ役に立てなさそうだね。
そう言いきった弟は寂しそうな笑顔をに浮かべたまま、気まずそうに視線を下げてしまった。
“僕じゃ役に立てなさそう”という弟が溢した最後の一言にシエルは自分の顔が強ばりそうになったけれど、それをぐっと堪え、シエルは大きなため息をついたあと…………思い切り弟の頭をわしゃわしゃと撫でた。
撫でられた当人は「うわぁぁ」なんて情けない声を上げるのでシエルは声をあげて笑うしかない。
「今度ははなに!?」
「だって可愛いんだもの、お前」
訳が分からないと言いたげな顔でシエルを見つめる弟に、シエルは言葉を続ける。
「ハグはもちろん嬉しいよ。でも何か特別なことなんてしようとしないで……僕は、お前がいるだけで十分なんだ。……ずっとそばにいてくれるならそれだけで幸せだから。」
「そんなことで、いいの……?」
「何度も言っているけれど、僕はお前といるのが一番うれしくて楽しいんだよ。お前の顔見てたらいくら疲れてたって一瞬で吹き飛んじゃうくらいなんだ」
僕は、お前をいちばんに愛しているからね。
愛していると言い切ったシエルはとびきりの笑顔で弟を見据える。
そうすると弟は呆気に取られた数秒後、その顔を小さ手で隠すように覆った。隠れることが出来なかった耳元は真っ赤に染っている為に、見えないはずの弟の顔は見えているも同然だった。
「自分で言ってて恥ずかしくなるんだけど、シエルって僕のことすごく好きだよね」
「えー今更?伝ってないんだったら……」
「伝わった、伝わってるから!」
十分だよ!と顔を赤くしたままの弟が、両手でシエルの口を抑える。
シエルを写したのは、羞恥でゆらゆら揺れる美しい青。
それは光の刺した水面下のように煌めく。
その美しい青の瞳は自分も同じものを持っているはずなのに、彼のもつは青は自分の青よりも何倍も綺麗だと、何も語れぬシエルは小さく思った。
「も、もう! 時間も無駄に出来ないんだから行こう、シエル。今日は最後までエスコートしてくれるんだろ?」
シエルの口を塞いでいた手を外し、いつもより強気な態度の弟がシエルに右手を差し出してくるので、それにシエルはくすりと笑って「…タナカに気づかれる前に戻らなくちゃね」と続けた。
そのままシエルが手を引くと、弟はシエルの笑顔に答えるよう微笑んでくれる。
「まずはどこにいくの?」
「うーん、どこがいいかな。……」
悩む素振りをしつつ、シエルの頭には行先のことなんてひとつも浮かんでいなかった。
それなのに目の前の弟は、キラキラさせた大きな瞳でシエルを見つめて、彼からの提案を待ち続けている。
「………」
ねえ。
いっそこのまま散歩なんてしないでさ。
この屋敷から、この領地から、この世界からお前を連れ出してしまいたいって言ったら、お前はついてきてくれる?
優しいお前は断れなくなってしまうのかな、それとも馬鹿なことを言うなって叱ってくれるのかな。
……なんてね。
「………うん、まずは教会から行こうか。屋敷からも一番近いしね。」
本当は、散歩なんてただの口実だ。
僕がお前と二人きりになるための口実。
そもそも病弱で身体の弱いこの子をこうして外に出すのはあまりいい事じゃないだろう。
散歩に連れ出したところでお前が僕だけのものになるわけでも、ましてやどこか遠い世界に逃げられる訳でもない。
そうわかっていながらも、僕は時よりお前をこうして外の世界へ攫っていく。
だって、いま僕達がいる世界は残酷すぎる。
僕達二人の未来を勝手に決めて引き裂こうとして……その上でそれを当たり前だと、仕方の無いことなのだとみんな口を揃えて語るのだから。
だから僕は、いつか外の世界に僕とお前だけの世界を作りたいって思ってるんだ。
僕とお前二人だけでも、いつまでも幸せに暮らせるおとぎ話の……夢物語のような世界をね。
もしそんな世界を作れるというのなら。
そんな方法があるのだとすれば…………
きっと、僕は手段を選ばないだろう。
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