ギリシャ神話

「ヘラ。ヘラ……」
窓辺へ一羽のカッコウが降り立った。
その鳥は逞ましい男の声で、わたくしの名を呼ぶ。
「また来たの。懲りない子ね」
よく知った声は末の弟のもの。
どうも弟は、姉であるこのわたくしを妻としたいらしい。
「諦めの悪さには自信があるのだ。ヘラ、美しき姉上。今日こそは私のものとなってはくれまいか」
そんな言葉を囁きながら、肩に乗って来ようとする身体を扇で押し留め、床へと導いた。
不服そうに翼を動かしながらも、ゼウスはめげずにわたくしの膝へ近付こうとしてくる。
膝を動かし接触を避けようとすれば、空けた距離と同じだけ小さな脚を動かして距離を埋める。
そして同じ動きを繰り返すうち、脚を止めたゼウスがわたくしを見上げた。
「……ヘラ。そんなに私が嫌いか……?」
「男としての貴方をわたくしが好いていると思って?」
ファサッと音をさせ、扇を開く。
それで口許を隠すようにしながら視線だけを下げた。その先にいたのは、円な瞳で首を傾げるようにわたくしを見上げるカッコウ。頭から背にかけての曲線は美しく、しなやかな翼の動きはいっそ腹立たしい。
テミスさまという妻がありながら不貞を繰り返す愚弟でなければ、存分に愛でることが出来たのに。
「ヘラ。美しき、愛しき私の女神。君を得られたならば、私はこれまで以上に輝くだろう。君の力が、私を比類なき王とするだろう」
つらつらと流れるように出て来る言葉は甘い割に酷く薄い。しかしその声は不思議と響く。軽薄なのに纏わり付くようなそれらは、なるほど拒絶するのは簡単ではないだろう。そしてそれを意識的にやっている男のなんと汚らわしいことか。

自分がここまでして堕ちない筈がない。

そんな想いが透けて見える。
吐き気がする。
……だというのに、この男自身を憎めはしないのは何故なのか。
情けなさに溜息が止められない。
当分止みそうにない口撃をこれ以上聞いていたくなくて、わたくしはゼウスの視界を遮るように、扇を眼下にかざした。
「……よくってよ。貴方がわたくしを愛人ではなく正妻にするというのなら」
ああ、忌々しい。今のわたくしは一体どんな顔をしているのでしょう。
この男には絶対に見せてなるものか。そう決意する中、たっぷりと3秒沈黙したゼウスはとても下品な叫び声を上げた。
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