ポメガノン
「今日も今日とて平和だねぇ……」
窓から青い空を見上げ、煙草の煙を燻らす。くったりと椅子の背もたれに腕を乗せ、行儀悪く逆向きに座るデスマスクに、もごもごと口を動かしながら男たちは声を投げた。
「似合わんな」
「君も平和に思いを馳せることがあるのかね」
「デスマスク、おかわり」
「……人に飯たかりに来といて随分言ってくれんじゃねーかよ」
やいのやいのと言いながら、食事の手を一向に止めない同僚にデスマスクは悪態をつく。しかし吸っていた煙草を灰皿に押し付け、アフロディーテが空にした大皿を持ってキッチンへ向かうのだから、たかられているのは自分の責任である。
うまいうまい、と言われながら、作ったものがあっという間に無くなっていく様はある種爽快だ。だがしかし。
「お前ら、もっと味わって食う気はねえのかよ」
追加した料理の皿をごとんとテーブルに置けば、手が伸びてくると同時に味わっているとも、と異口同音が返ってきた。
「不味い飯を食いにわざわざ降りてくるか」
「君はこの手の才能だけはあるのだ。このシャカもそれは認めているとも」
「私の宮が双魚宮でなければ毎食君に作ってもらうところだ」
三者それぞれに突っ込みどころ満載だが、デスマスクは敢えて言わんぞ、と心に決めた。
「大飯食らいのお前らにしょっちゅう作ってやってる俺様、偉い。優しすぎ」
材料は自分で調達していない。基本的に作れと持ってくるので、調理してやっているのである。自分一人だと適当に済ませてしまうし、まあいいだろうと思っている。冷蔵庫に残してある夕食分は後で下の宮の双子に差し入れしてやろう。
(サガの好みは分かるが、カノンはどうだ……? まあ、そんな変わんねーだろ)
なんなら追加で作ってもいい。代わりに教皇補佐殿秘蔵のワインに預かることにしよう。
勝手にそう決めて、新しい煙草に火を付けようとした時。けたたましい叫び声と共に青い毛玉が飛び込んできた。
「大変だ!!!!カノンが縮んで毛玉になった!!」
「は?」
青い毛玉が毛玉を抱えて、喚いている。
意味が分からん、と足が出たのは不可抗力だ。
「落ち着け。分かるように話せや」
一先ず真っ青な顔で泣きそうになっているミロを床に転がし、煙草に火を付けて一服する。
足蹴にした時、ベシッ、でもゴン、でもなくドガンッと音がしたが聖闘士なら問題ない。若干床が抉れた気がするが気のせいだ。
「それで、ミロ。カノンがどうした」
ご丁寧に空の食器に手を合わせたシュラが問う。アフロディーテとシャカに至っては満足そうに口を拭いていた。
黄金聖闘士には我が道を行くものしかいないのだろうか。……いないだろうな。全員個が強いというか、アクが強い。
「……カノンの小宇宙はこの部屋から感じるな」
「は?」
目を閉じたまま言ったシャカの言葉にデスマスクは眉をひそめた。
とはいえ、シャカが言うなら間違いであるはずがない。一応自分でも部屋の中を探ってみる。
すると確かに、双子の片割れの小宇宙をすぐ側から感じた。
「でも、カノンの姿は見えないけど……」
「ここだ」
話題の主が持つ、独特のバリトンが響いた。
元々部屋にいた四人の視線が一斉に発声源らしきものを見る。
そうするとブルブル震えていたミロが、腕に抱えていた毛玉を皆の視界に入るよう少し持ち上げた。
「よ!」
それはどこからどう見ても小さな丸いもふもふ……ポメラニアンだった。
ご丁寧に前脚を片方、ぴこんと持ち上げた愛らしい毛玉から成人男性の声がする。
「驚かせてすまんな。問題はないので放っておいてくれて構わんぞ」
「いやいや、待てコラ。問題ないわけあるか!?」
眼前に居る小さな犬から、間違いなくカノンの小宇宙を感じる。黄金聖闘士の中でも上位の力を持つ、海将軍筆頭の小宇宙だ。まったくもって信じられないが、何らかの理由でカノンがポメラニアンに姿を変えてしまったのは疑いようがなかった。
「ふむ……犬畜生に転ずるとは……一体どんな悪行を積めば、畜生道に堕ちる前にこのような事になるのかね」
ぶつぶつと呟きながら、シャカはカノンの前脚を握ったり、尻尾に触れようとしたりしている。心なしか表情が輝いている気がしなくもない。
「おい、ミロ。そろそろ降ろせ。抱かれてるのは性に合わん」
「わ、分かった……」
床に降ろされたカノンは後脚に体重をかけて伸びをし、ブルブルと毛並みを震わせた。
「ふむ」
「おい!シャカ!抱き上げるな!降ろせ!」
青藍の毛を持つ小型犬を持ち上げて、シャカは中々にご満悦そうだ。後脚がプラプラと浮いているカノンは前脚を器用に使い、脇を抱えているシャカの腕をペシペシと叩いている。
中身が人間と思えばその挙動も分かるが、見た目は完全に犬である。違和感が物凄い。生まれてこの方、こんな色をした犬を見た記憶はないが……。
「いや、待てよ? この犬……」
「……この犬、何か既視感ないか?」
「こんな色の犬、一度見たら忘れないと思うんだけど……思い出せないね」
「いぬいぬ、言うな。カノンと呼べ」
何か思い出せそうだが、分からない。喉に小骨が引っかかっているような感覚を覚える。どうも腐れ縁の二人も同じ事を考えているようだ。
当のカノンといえば、自分を弄り倒すシャカに諦めたらしい。腕の中でぐったりとしていた。
時々ミロが助けようと手を伸ばしているが、いかんせん、頼りない小さな身体だ。力加減を間違えるとどうなるか分からないので、取り戻せずにオロオロしている。
「取り敢えず、教皇と女神……あとサガに報告行くか」
「待て! 騒ぎ立てる必要はない!」
上に報告しない訳にはいかない。そうだな、とデスマスクが相槌を打とうとした時、慌てた様子のカノンが声を上げた。
「暫く大人しくしていれば元に戻る! 女神の御心を煩わせる事はない!!」
「……何故元に戻ると分かるんだい?」
見た目だけ柔らかく微笑んだアフロディーテがカノンに薔薇を近付けた。攻撃にも使う赤い薔薇。その、棘が付いたままの茎の先を。……それは首先に刃物を突き付けられている様なものだ。
思わず、といった風にじたばた暴れたカノンをシャカが取り落とした。危なげなく着地したカノンだが、間髪入れず、アフロディーテは手にしていた薔薇を投げる。予測していたのか、華麗に避けたカノンは大きくジャンプしてミロの頭に飛び乗った。
「……あっぶねぇだろうが! 俺を殺す気か!?」
「貴方が避けられないなんて思っていないよ」
グルルと唸るカノンをアフロディーテは鼻で笑った。
「それより、貴方は現状の答えを知っているのでは? そして、それを教皇や女神に……いや、サガに知られたくない。違う?」
指摘は図星だったのだろう。ふいっと顔を背けたカノンは頼りない声で違う、とだけ答えた。
窓から青い空を見上げ、煙草の煙を燻らす。くったりと椅子の背もたれに腕を乗せ、行儀悪く逆向きに座るデスマスクに、もごもごと口を動かしながら男たちは声を投げた。
「似合わんな」
「君も平和に思いを馳せることがあるのかね」
「デスマスク、おかわり」
「……人に飯たかりに来といて随分言ってくれんじゃねーかよ」
やいのやいのと言いながら、食事の手を一向に止めない同僚にデスマスクは悪態をつく。しかし吸っていた煙草を灰皿に押し付け、アフロディーテが空にした大皿を持ってキッチンへ向かうのだから、たかられているのは自分の責任である。
うまいうまい、と言われながら、作ったものがあっという間に無くなっていく様はある種爽快だ。だがしかし。
「お前ら、もっと味わって食う気はねえのかよ」
追加した料理の皿をごとんとテーブルに置けば、手が伸びてくると同時に味わっているとも、と異口同音が返ってきた。
「不味い飯を食いにわざわざ降りてくるか」
「君はこの手の才能だけはあるのだ。このシャカもそれは認めているとも」
「私の宮が双魚宮でなければ毎食君に作ってもらうところだ」
三者それぞれに突っ込みどころ満載だが、デスマスクは敢えて言わんぞ、と心に決めた。
「大飯食らいのお前らにしょっちゅう作ってやってる俺様、偉い。優しすぎ」
材料は自分で調達していない。基本的に作れと持ってくるので、調理してやっているのである。自分一人だと適当に済ませてしまうし、まあいいだろうと思っている。冷蔵庫に残してある夕食分は後で下の宮の双子に差し入れしてやろう。
(サガの好みは分かるが、カノンはどうだ……? まあ、そんな変わんねーだろ)
なんなら追加で作ってもいい。代わりに教皇補佐殿秘蔵のワインに預かることにしよう。
勝手にそう決めて、新しい煙草に火を付けようとした時。けたたましい叫び声と共に青い毛玉が飛び込んできた。
「大変だ!!!!カノンが縮んで毛玉になった!!」
「は?」
青い毛玉が毛玉を抱えて、喚いている。
意味が分からん、と足が出たのは不可抗力だ。
「落ち着け。分かるように話せや」
一先ず真っ青な顔で泣きそうになっているミロを床に転がし、煙草に火を付けて一服する。
足蹴にした時、ベシッ、でもゴン、でもなくドガンッと音がしたが聖闘士なら問題ない。若干床が抉れた気がするが気のせいだ。
「それで、ミロ。カノンがどうした」
ご丁寧に空の食器に手を合わせたシュラが問う。アフロディーテとシャカに至っては満足そうに口を拭いていた。
黄金聖闘士には我が道を行くものしかいないのだろうか。……いないだろうな。全員個が強いというか、アクが強い。
「……カノンの小宇宙はこの部屋から感じるな」
「は?」
目を閉じたまま言ったシャカの言葉にデスマスクは眉をひそめた。
とはいえ、シャカが言うなら間違いであるはずがない。一応自分でも部屋の中を探ってみる。
すると確かに、双子の片割れの小宇宙をすぐ側から感じた。
「でも、カノンの姿は見えないけど……」
「ここだ」
話題の主が持つ、独特のバリトンが響いた。
元々部屋にいた四人の視線が一斉に発声源らしきものを見る。
そうするとブルブル震えていたミロが、腕に抱えていた毛玉を皆の視界に入るよう少し持ち上げた。
「よ!」
それはどこからどう見ても小さな丸いもふもふ……ポメラニアンだった。
ご丁寧に前脚を片方、ぴこんと持ち上げた愛らしい毛玉から成人男性の声がする。
「驚かせてすまんな。問題はないので放っておいてくれて構わんぞ」
「いやいや、待てコラ。問題ないわけあるか!?」
眼前に居る小さな犬から、間違いなくカノンの小宇宙を感じる。黄金聖闘士の中でも上位の力を持つ、海将軍筆頭の小宇宙だ。まったくもって信じられないが、何らかの理由でカノンがポメラニアンに姿を変えてしまったのは疑いようがなかった。
「ふむ……犬畜生に転ずるとは……一体どんな悪行を積めば、畜生道に堕ちる前にこのような事になるのかね」
ぶつぶつと呟きながら、シャカはカノンの前脚を握ったり、尻尾に触れようとしたりしている。心なしか表情が輝いている気がしなくもない。
「おい、ミロ。そろそろ降ろせ。抱かれてるのは性に合わん」
「わ、分かった……」
床に降ろされたカノンは後脚に体重をかけて伸びをし、ブルブルと毛並みを震わせた。
「ふむ」
「おい!シャカ!抱き上げるな!降ろせ!」
青藍の毛を持つ小型犬を持ち上げて、シャカは中々にご満悦そうだ。後脚がプラプラと浮いているカノンは前脚を器用に使い、脇を抱えているシャカの腕をペシペシと叩いている。
中身が人間と思えばその挙動も分かるが、見た目は完全に犬である。違和感が物凄い。生まれてこの方、こんな色をした犬を見た記憶はないが……。
「いや、待てよ? この犬……」
「……この犬、何か既視感ないか?」
「こんな色の犬、一度見たら忘れないと思うんだけど……思い出せないね」
「いぬいぬ、言うな。カノンと呼べ」
何か思い出せそうだが、分からない。喉に小骨が引っかかっているような感覚を覚える。どうも腐れ縁の二人も同じ事を考えているようだ。
当のカノンといえば、自分を弄り倒すシャカに諦めたらしい。腕の中でぐったりとしていた。
時々ミロが助けようと手を伸ばしているが、いかんせん、頼りない小さな身体だ。力加減を間違えるとどうなるか分からないので、取り戻せずにオロオロしている。
「取り敢えず、教皇と女神……あとサガに報告行くか」
「待て! 騒ぎ立てる必要はない!」
上に報告しない訳にはいかない。そうだな、とデスマスクが相槌を打とうとした時、慌てた様子のカノンが声を上げた。
「暫く大人しくしていれば元に戻る! 女神の御心を煩わせる事はない!!」
「……何故元に戻ると分かるんだい?」
見た目だけ柔らかく微笑んだアフロディーテがカノンに薔薇を近付けた。攻撃にも使う赤い薔薇。その、棘が付いたままの茎の先を。……それは首先に刃物を突き付けられている様なものだ。
思わず、といった風にじたばた暴れたカノンをシャカが取り落とした。危なげなく着地したカノンだが、間髪入れず、アフロディーテは手にしていた薔薇を投げる。予測していたのか、華麗に避けたカノンは大きくジャンプしてミロの頭に飛び乗った。
「……あっぶねぇだろうが! 俺を殺す気か!?」
「貴方が避けられないなんて思っていないよ」
グルルと唸るカノンをアフロディーテは鼻で笑った。
「それより、貴方は現状の答えを知っているのでは? そして、それを教皇や女神に……いや、サガに知られたくない。違う?」
指摘は図星だったのだろう。ふいっと顔を背けたカノンは頼りない声で違う、とだけ答えた。
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