続きそうで続かない毛色の違う話
アニメ終了後、良亜美が成立した時空で大きな戦いがあり、セーラームーンを残して戦士達が死亡。
銀水晶の力で転生したら、良亜美が幼馴染でした、という書きたいところだけ書いた続かない話です。
割とシリアス。死ネタ。良くんからうさぎへの感情が強め?かも
ーーーーーー
ぐらりと身体が傾く。
膝をつく前にコンソールに手を突いてなんとか身体を支えた。
猫たちの慌てた声が遠くに聞こえる。
このまま目を閉じてしまいたい。踏ん張ることを止めて、身体を床に放り出して。
……いや、あの場に行かなくては。
目の前に迫る闇を振り払い、良は両脚に鞭を打つ。
そのまま踵を返して司令室の扉に手を掛けようとした時。
「うさぎちゃん!!!!」
プリンセスのパートナーの悲痛な声が背後から聞こえた。
思わず振り返ると、モニターには眩く輝く光。
あまりに白く、美しく、恐ろしいまでの神々しい力。
倒れた愛する人を抱えながら、総てを包む愛の戦士は眼前を見据える。
強い意志を込めて、己の手の内の水晶を輝かせる姿は正に月の女神と呼ぶべき神聖さを感じさせた。
けれど、流れ落ち続ける涙と比例して、表情から柔らかさが消えていくように感じられる。
絶望と表現してしまってもいいだろう深い哀しみ。
……漠然と、あの明るい笑顔の同級生を見ることはもうないのだろうと、良は思った。
きっと訪れるだろうと信じていた未来。
暖かな光の中、祝福と共に笑う美しい人たち。
並び立つ友人たち。その中で幸せそうに微笑む水星の守護者。
……良が誰よりも敬愛する人。
彼女が笑っていてくれるなら、自分はそこに居なくとも構わない。今でも心からそう思っている。
けれど……彼女が居ないのならば……
滲む視界に、より強い光が届く。
輝きを増した銀水晶が闇を祓うのが分かった。
終わったのだ。すべて。
そう思うと身体から力が抜ける。ドアを背にずるずると床にへたり込んだ。
すべきことは山ほどある。だというのに、これからのことを考えることが出来ない。
ただ無気力にモニターを見つめる。
終幕と共に収束していく筈の光は一層輝きを増していく。
何故、と疑問が浮かぶと同時に良の視界は白い輝きに焼かれ、そこで意識は途切れた。
……どのくらい時間が経ったのだろう。
宙に浮いているように、波に漂うかのように。
曖昧だった手足の感覚が戻ってくる。
重い瞼を開こうとした時、聞き間違える筈のない声が聞こえて良は前のめりに叫んだ。
「亜美さん!!」
目を開き、声の主を探す。
光に目が眩むかと思えばそんなことはなく、不自然なことにそこは先程までいた司令室でもなかった。
「……なあに?」
きょとん、という言葉が相応しい様子で大切な人が目の前にいた。
「良くん、どうしたの? どこかいたい?」
心配そうな顔をして、亜美は良の顔を覗き込む。距離の近さに驚いて思わず後ずさりながら、良は勢いよく首を振った。
頬に熱が集まる。今更こんなにも照れるとは、と不思議に思いながら視線を下げて、良は目を見開いた。
「……これは……」
自分の履いている靴が明らかに子供のものだった。膝の見える半ズボンを履いて、よく見れば手も小さい。
改めて周りを見渡すと、そこは公園だった。しかし子供用の遊具が想像よりも大きい。
ベンチの上の藤棚も、雲梯も、ジャングルジムの頂上も、今の良の目線よりも遥かに高い場所にある。
「良くん、本当にどうしたの?」
心からこちらを案じているのだと分かる声に良は慌てた。そして彼女の全身を視界に映す。
……そこにいたのは自分の知る水野亜美ではなかった。恐らく十数年前の彼女ならこのような容姿なのだろう、と思われる少女。小学校にもまだ通っていないのではという年齢の子供が良を見ていた。
「亜美ちゃん? どうかしたの?」
「おばさま!」
とてとて、と亜美らしい少女が駆けていく。
「良くん、なんだかつらそうなの」
「あら……良ちゃん? どうしたの?」
亜美と話していた女性がこちらにやってくる。
膝をついて視線を合わせて、心配そうに良の額や首を触った。
「熱がある訳じゃなさそうだけど……どこか気持ち悪い?」
「……母さん」
その姿は紛れもなく、良が幼い頃に見ていた母のもの。
これも敵の仕業なのだろうか。何か精神に干渉する術を受けてしまって存在しない記憶を見せられているのだろうか。
あの時、プリンセス・セレニティによって敵は退けられたのではなかったのだろうか。
記憶を手繰ろうとしたものの、光に包まれる前後のことをはっきりと思い出せない。
ルナやアルテミスが何か言っていたような気がする。プリンセスの声が聞こえた気がする。
……大丈夫。今度こそ、みんなはあたしが守ってみせるから
ぞわり、と全身が粟立つ。呼吸が浅くなり、頭痛がした。
思わず屈み込むと母たちの慌てる声が聞こえる。
母は良を抱えるようにして、背を摩った。そして誰かに何かを言っている。
そのまま抱き上げられたのは分かったが、もう目を開けているのも辛かった。
幼い頃のように母に身体を預けて、良は目を閉じる。きっと夢は見ない。見るのは未来のことだ。
予知能力の発動前後は体調が優れないことが多い。……特に、忌まわしい出来事を示すのであればより一層。
ひとつ願うとすれば、この不可思議な状況が少しでも理解出来る予知であるといい。そう思いながら、良は意識を手放した。
そんなことがあってから、十年近くの時が経った。
良は亜美と共に十番中学に入学した。
……幼馴染として。
父は記憶と変わらず忙しい人であったが、所謂転勤族ではなかった。亜美の母も医師として働くシングルマザーではあるが、亜美の父とは以前よりも連絡を取り合っているようだ。時折、父と会えると亜美が嬉しそうにしていることもある。良も何度か直接会う機会があった。
似ているようで全く違う環境。敵の攻撃というには意図が掴めない。というよりも、生活している内にこれが現実なのだと思わざるを得なかった。
タイムリープと呼ぶには状況が不自然だ。少しでも情報を、と思う中で良は「逆行もの」と呼ばれるフィクションのジャンルを知った。
転生し人生をやり直す。
あり得るだろうか。
いや、最期の記憶にあるのは銀水晶の光だ。全くあり得ないとは言えない。寧ろその方が納得がいく。かつて、ダークキングダムとの戦いが終わった時と同じように、プリンセスの願いに応えた銀水晶が奇跡を起こした。
そう思うのが自然に思えた。
……もし本当にそうなのであれば、今生も彼女たちは出逢うのだろう。
きっと月のプリンセスはこの学校に入学する。他の戦士たちも、やがては惹かれあって、目覚める。
良は迷っていた。頭ではそうあるべきだと思っている。かつての親友と再び出会えるという奇跡を歓迎しない理由がない。
けれど、どうしてもあの光景が頭から離れなかった。
最期の戦いで傷付き、倒れ伏した戦士たち。
哀しみの中立ち上がり、文字通り命をかけて使命を果たしたプリンセス。
もしも再び、あのようなことが起こるなら。
あのような哀しい結末を迎えることを良しとしていいのだろうか。
彼女たちは"幸せ"になるために生まれ変わったというのに。
この世界で過ごす中、良は何度も夢を見た。もう悪夢なのか予知夢なのかも分からない。けれど、繰り返し、あの時の夢を見る。
かつて、自分がセーラーマーキュリーの命を奪うという予知に怯えた時、彼女は寄り添ってくれた。未来は変えられると。自分の手で掴むものなのだと。
その言葉通りに未来は変わった。時空は流転し、離れた糸は再び交わり、共に時を過ごせた。
幸せであったと、そう思う。何にも代え難い大切な記憶だ。だが、それが先に待つ災厄の前触れなのだとしたら。
……同じ結末にはしたくないと心から思った。
たとえどれほど罵られようと、どれほどの罪を重ねようと。あの歴史を繰り返すのは嫌だ。
しかし戦う力を持たない自分に何が出来るだろうと考える。考えるがずっと答えは出ない。
それはきっと、迷いが晴れないからでもあるのだろう。
良は亜美が好きだ。彼女の優しさが。柔らかな笑顔が。眩しいくらいに真剣な眼差しが。
少し頭が堅くて、真面目すぎるくらいに真面目で、天才少女と呼ばれた水野亜美という女性が。
そんな彼女を語る上で、月野うさぎという人を外すことは出来ない。
勝手に周りに線を引かれて、どうしていいか分からずに彷徨っていた亜美を本来の姿に引き戻したのはうさぎだった。良との縁を繋いでくれたのもうさぎだ。
誰にでも明るく朗らかに、するりと懐に入ってきて気持ちに寄り添ってくれる。太陽のような笑顔を持ちながら、優しく見守ってくれる月のような人だった。
彼女といる時の亜美はとても楽しそうだった。亜美だけでなく、他のセーラー戦士も、地球の王子も。前世も使命も何も関係ない周囲の人々も。皆が笑顔で、彼女を見守っていた。
約束された幸せを享受する日々を願っていた。
……もし、亜美がセーラーマーキュリーとして目覚めないとしたら。
彼女はどうなるのだろう。月のプリンセスとして、セーラー戦士としての使命をたった1人で背負うのだろうか。
そんなことにはさせたくない、と。そう思うのもまた事実だった。
「良くん、お昼どうする?」
「……そうですね、中庭にでも行きませんか」
天気もいいし、まだ暑い季節には遠い。そう思って亜美を見ると、何やら不服そうな顔をしていた。
「……また敬語を使ってるわ」
「え? あ、すみ……ごめん」
昔のことを考えていたからだろう。つい気が抜けてしまった。
記憶が戻る前の幼い自分は当然ながら亜美に敬語など使っていなかった。記憶が戻った後、改めて顔を合わせた時に「亜美さん」と呼んでしまい、幼い彼女を泣かせてしまったのは苦い思い出だ。
「良くん、実はあたしのこと嫌いだったりする?」
「そんな訳ない!」
誓って違う。必死に言い訳をして、謝って、そんなことをあの日から幾度繰り返しただろう。
最近では諦められたのか、慣れたのか、良が慌てふためく姿を見て楽しんでいる節もあるように思う。
「そうね。許してあげるわ。行きましょう?」
ニコリと笑う亜美に頷いて教室を出る。
話題は自然と午後の授業や中間テストの話になった。こういうところは世界が変わっても変わらないのだろう。亜美らしくて、愛おしいと思う。
何事もなく、穏やかで平和な時間。この時が永遠に続けばいい。そう思うが、きっと叶わない願いだ。だから、今生の亜美にこの想いを告げるつもりはなかった。勿論、良の持つ能力についても。
校舎を出て、木漏れ日の中を進む。
空いているベンチがあればいいが、と辺りを見回していると、誰かの叫び声が聞こえた。
「危ない!!」
え、と思うまもなく、後頭部に何かが飛んできた。勢いと段差につんのめって地面に手を突く。
「良くん!?」
「ごめんなさい!! 大丈夫ですか!?」
どうやらボールで遊んでいた生徒が間違ってこちらに飛ばしてしまったらしい。
壁に跳ね返って転がって来たバレーボールを拾い、詫びる生徒に向き合った。
「大丈夫です。でも気をつけてくださいね」
「はい。本当にごめんなさい!」
勢いよく頭を下げる女生徒の頭には大きな緑のリボン。彼女と共にいたのだろう生徒は見覚えのある眼鏡の少年だった。
「なるちゃーん! ボールありました?」
「ありました?じゃないわよ! 海野がノーコンなせいで人に当たっちゃったんだから!!」
当たった、と聞いて顔色を変えた海野がこちらに走って来て勢いよく頭を下げる。
大丈夫だから、と苦笑いしていると、やけに凛とした声が響いた。
「なるちゃんも海野もその辺にしておいたら? かえって困らせてるよ?」
あ、と良は目を見開いた。
そこにいたのは、腰まで伸ばした金色の髪を耳の下辺りで2つに束ねた女性。かつてトレードマークにしていた"お団子頭"でこそなかったが、月野うさぎその人だった。
「ごめんなさい。楽しくて調子に乗ってしまったの。もう少し人のいないところに移動するわね」
「後から来たのはあたし達だもの。それに貴女たちだってスペースは確保していたのでしょう? 事故だから仕方ないわ」
ね、と目配せする亜美に同意して、良はボールを海野に手渡す。
うさぎはふわりと微笑むと、ありがとう、と言って踵を返した。なると海野も、もう一度頭を下げてうさぎに続いた。
みんなは、あたしが守ってみせる
かつてのような快活さとは程遠い笑い方に良は嫌な胸騒ぎを覚えた。そして最期の戦いの中、もうあの笑顔を見ることはないだろう、と考えたことを思い出す。
「良くん? 大丈夫?」
「……うん。大丈夫。……あっちの方なら座れそうだね」
そうね、と微笑む亜美と連れ立って歩きながら、良は考える。
腰よりも長い金色の髪にお団子頭。友達を作る天才、と呼ばれた人懐っこさ。はっきり言って、見つけようと思えば容易いと思っていた。
けれど実際にはこうして出逢うまで気付かなかった。胸に付けられたバッチには同じ学年であることが刻まれていたが、入学式で見かけた記憶がない。
何故気が付かなかったのだろう。もしかしたら気付かれたくなかった?
考えすぎだろうとは思いつつ、良にはうさぎが自分達と関わりを持ちたくないと思っているのではないか、という疑念を払えなかった。
去り際の彼女の表情は、口元こそ穏やかに微笑んで見せていたが、蒼い瞳はまるで笑っているように思えなかった。
どうして……やっぱりね……
そんな声が聞こえて来そうな冷たい目。
そんな印象が浮かんでしまって、良は首を振った。まるで、うさぎも前世の記憶があると決め付けているような考えだ。
少し印象が違うだけで、仮説を立てるには早計すぎる。もっと彼女を知らなければどうしようもない。
……知ってしまえば、きっと戻れない決断を下さなければならない。
それでも自分の中で答えは決まっていた。
前世ではそろそろセーラーVが世間を賑わせた頃だ。その動向を追わなければ。
……そんな矢先、見たことのない厳しい顔で戦うセーラームーンの夢を見ることが増えていった。
銀水晶の力で転生したら、良亜美が幼馴染でした、という書きたいところだけ書いた続かない話です。
割とシリアス。死ネタ。良くんからうさぎへの感情が強め?かも
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ぐらりと身体が傾く。
膝をつく前にコンソールに手を突いてなんとか身体を支えた。
猫たちの慌てた声が遠くに聞こえる。
このまま目を閉じてしまいたい。踏ん張ることを止めて、身体を床に放り出して。
……いや、あの場に行かなくては。
目の前に迫る闇を振り払い、良は両脚に鞭を打つ。
そのまま踵を返して司令室の扉に手を掛けようとした時。
「うさぎちゃん!!!!」
プリンセスのパートナーの悲痛な声が背後から聞こえた。
思わず振り返ると、モニターには眩く輝く光。
あまりに白く、美しく、恐ろしいまでの神々しい力。
倒れた愛する人を抱えながら、総てを包む愛の戦士は眼前を見据える。
強い意志を込めて、己の手の内の水晶を輝かせる姿は正に月の女神と呼ぶべき神聖さを感じさせた。
けれど、流れ落ち続ける涙と比例して、表情から柔らかさが消えていくように感じられる。
絶望と表現してしまってもいいだろう深い哀しみ。
……漠然と、あの明るい笑顔の同級生を見ることはもうないのだろうと、良は思った。
きっと訪れるだろうと信じていた未来。
暖かな光の中、祝福と共に笑う美しい人たち。
並び立つ友人たち。その中で幸せそうに微笑む水星の守護者。
……良が誰よりも敬愛する人。
彼女が笑っていてくれるなら、自分はそこに居なくとも構わない。今でも心からそう思っている。
けれど……彼女が居ないのならば……
滲む視界に、より強い光が届く。
輝きを増した銀水晶が闇を祓うのが分かった。
終わったのだ。すべて。
そう思うと身体から力が抜ける。ドアを背にずるずると床にへたり込んだ。
すべきことは山ほどある。だというのに、これからのことを考えることが出来ない。
ただ無気力にモニターを見つめる。
終幕と共に収束していく筈の光は一層輝きを増していく。
何故、と疑問が浮かぶと同時に良の視界は白い輝きに焼かれ、そこで意識は途切れた。
……どのくらい時間が経ったのだろう。
宙に浮いているように、波に漂うかのように。
曖昧だった手足の感覚が戻ってくる。
重い瞼を開こうとした時、聞き間違える筈のない声が聞こえて良は前のめりに叫んだ。
「亜美さん!!」
目を開き、声の主を探す。
光に目が眩むかと思えばそんなことはなく、不自然なことにそこは先程までいた司令室でもなかった。
「……なあに?」
きょとん、という言葉が相応しい様子で大切な人が目の前にいた。
「良くん、どうしたの? どこかいたい?」
心配そうな顔をして、亜美は良の顔を覗き込む。距離の近さに驚いて思わず後ずさりながら、良は勢いよく首を振った。
頬に熱が集まる。今更こんなにも照れるとは、と不思議に思いながら視線を下げて、良は目を見開いた。
「……これは……」
自分の履いている靴が明らかに子供のものだった。膝の見える半ズボンを履いて、よく見れば手も小さい。
改めて周りを見渡すと、そこは公園だった。しかし子供用の遊具が想像よりも大きい。
ベンチの上の藤棚も、雲梯も、ジャングルジムの頂上も、今の良の目線よりも遥かに高い場所にある。
「良くん、本当にどうしたの?」
心からこちらを案じているのだと分かる声に良は慌てた。そして彼女の全身を視界に映す。
……そこにいたのは自分の知る水野亜美ではなかった。恐らく十数年前の彼女ならこのような容姿なのだろう、と思われる少女。小学校にもまだ通っていないのではという年齢の子供が良を見ていた。
「亜美ちゃん? どうかしたの?」
「おばさま!」
とてとて、と亜美らしい少女が駆けていく。
「良くん、なんだかつらそうなの」
「あら……良ちゃん? どうしたの?」
亜美と話していた女性がこちらにやってくる。
膝をついて視線を合わせて、心配そうに良の額や首を触った。
「熱がある訳じゃなさそうだけど……どこか気持ち悪い?」
「……母さん」
その姿は紛れもなく、良が幼い頃に見ていた母のもの。
これも敵の仕業なのだろうか。何か精神に干渉する術を受けてしまって存在しない記憶を見せられているのだろうか。
あの時、プリンセス・セレニティによって敵は退けられたのではなかったのだろうか。
記憶を手繰ろうとしたものの、光に包まれる前後のことをはっきりと思い出せない。
ルナやアルテミスが何か言っていたような気がする。プリンセスの声が聞こえた気がする。
……大丈夫。今度こそ、みんなはあたしが守ってみせるから
ぞわり、と全身が粟立つ。呼吸が浅くなり、頭痛がした。
思わず屈み込むと母たちの慌てる声が聞こえる。
母は良を抱えるようにして、背を摩った。そして誰かに何かを言っている。
そのまま抱き上げられたのは分かったが、もう目を開けているのも辛かった。
幼い頃のように母に身体を預けて、良は目を閉じる。きっと夢は見ない。見るのは未来のことだ。
予知能力の発動前後は体調が優れないことが多い。……特に、忌まわしい出来事を示すのであればより一層。
ひとつ願うとすれば、この不可思議な状況が少しでも理解出来る予知であるといい。そう思いながら、良は意識を手放した。
そんなことがあってから、十年近くの時が経った。
良は亜美と共に十番中学に入学した。
……幼馴染として。
父は記憶と変わらず忙しい人であったが、所謂転勤族ではなかった。亜美の母も医師として働くシングルマザーではあるが、亜美の父とは以前よりも連絡を取り合っているようだ。時折、父と会えると亜美が嬉しそうにしていることもある。良も何度か直接会う機会があった。
似ているようで全く違う環境。敵の攻撃というには意図が掴めない。というよりも、生活している内にこれが現実なのだと思わざるを得なかった。
タイムリープと呼ぶには状況が不自然だ。少しでも情報を、と思う中で良は「逆行もの」と呼ばれるフィクションのジャンルを知った。
転生し人生をやり直す。
あり得るだろうか。
いや、最期の記憶にあるのは銀水晶の光だ。全くあり得ないとは言えない。寧ろその方が納得がいく。かつて、ダークキングダムとの戦いが終わった時と同じように、プリンセスの願いに応えた銀水晶が奇跡を起こした。
そう思うのが自然に思えた。
……もし本当にそうなのであれば、今生も彼女たちは出逢うのだろう。
きっと月のプリンセスはこの学校に入学する。他の戦士たちも、やがては惹かれあって、目覚める。
良は迷っていた。頭ではそうあるべきだと思っている。かつての親友と再び出会えるという奇跡を歓迎しない理由がない。
けれど、どうしてもあの光景が頭から離れなかった。
最期の戦いで傷付き、倒れ伏した戦士たち。
哀しみの中立ち上がり、文字通り命をかけて使命を果たしたプリンセス。
もしも再び、あのようなことが起こるなら。
あのような哀しい結末を迎えることを良しとしていいのだろうか。
彼女たちは"幸せ"になるために生まれ変わったというのに。
この世界で過ごす中、良は何度も夢を見た。もう悪夢なのか予知夢なのかも分からない。けれど、繰り返し、あの時の夢を見る。
かつて、自分がセーラーマーキュリーの命を奪うという予知に怯えた時、彼女は寄り添ってくれた。未来は変えられると。自分の手で掴むものなのだと。
その言葉通りに未来は変わった。時空は流転し、離れた糸は再び交わり、共に時を過ごせた。
幸せであったと、そう思う。何にも代え難い大切な記憶だ。だが、それが先に待つ災厄の前触れなのだとしたら。
……同じ結末にはしたくないと心から思った。
たとえどれほど罵られようと、どれほどの罪を重ねようと。あの歴史を繰り返すのは嫌だ。
しかし戦う力を持たない自分に何が出来るだろうと考える。考えるがずっと答えは出ない。
それはきっと、迷いが晴れないからでもあるのだろう。
良は亜美が好きだ。彼女の優しさが。柔らかな笑顔が。眩しいくらいに真剣な眼差しが。
少し頭が堅くて、真面目すぎるくらいに真面目で、天才少女と呼ばれた水野亜美という女性が。
そんな彼女を語る上で、月野うさぎという人を外すことは出来ない。
勝手に周りに線を引かれて、どうしていいか分からずに彷徨っていた亜美を本来の姿に引き戻したのはうさぎだった。良との縁を繋いでくれたのもうさぎだ。
誰にでも明るく朗らかに、するりと懐に入ってきて気持ちに寄り添ってくれる。太陽のような笑顔を持ちながら、優しく見守ってくれる月のような人だった。
彼女といる時の亜美はとても楽しそうだった。亜美だけでなく、他のセーラー戦士も、地球の王子も。前世も使命も何も関係ない周囲の人々も。皆が笑顔で、彼女を見守っていた。
約束された幸せを享受する日々を願っていた。
……もし、亜美がセーラーマーキュリーとして目覚めないとしたら。
彼女はどうなるのだろう。月のプリンセスとして、セーラー戦士としての使命をたった1人で背負うのだろうか。
そんなことにはさせたくない、と。そう思うのもまた事実だった。
「良くん、お昼どうする?」
「……そうですね、中庭にでも行きませんか」
天気もいいし、まだ暑い季節には遠い。そう思って亜美を見ると、何やら不服そうな顔をしていた。
「……また敬語を使ってるわ」
「え? あ、すみ……ごめん」
昔のことを考えていたからだろう。つい気が抜けてしまった。
記憶が戻る前の幼い自分は当然ながら亜美に敬語など使っていなかった。記憶が戻った後、改めて顔を合わせた時に「亜美さん」と呼んでしまい、幼い彼女を泣かせてしまったのは苦い思い出だ。
「良くん、実はあたしのこと嫌いだったりする?」
「そんな訳ない!」
誓って違う。必死に言い訳をして、謝って、そんなことをあの日から幾度繰り返しただろう。
最近では諦められたのか、慣れたのか、良が慌てふためく姿を見て楽しんでいる節もあるように思う。
「そうね。許してあげるわ。行きましょう?」
ニコリと笑う亜美に頷いて教室を出る。
話題は自然と午後の授業や中間テストの話になった。こういうところは世界が変わっても変わらないのだろう。亜美らしくて、愛おしいと思う。
何事もなく、穏やかで平和な時間。この時が永遠に続けばいい。そう思うが、きっと叶わない願いだ。だから、今生の亜美にこの想いを告げるつもりはなかった。勿論、良の持つ能力についても。
校舎を出て、木漏れ日の中を進む。
空いているベンチがあればいいが、と辺りを見回していると、誰かの叫び声が聞こえた。
「危ない!!」
え、と思うまもなく、後頭部に何かが飛んできた。勢いと段差につんのめって地面に手を突く。
「良くん!?」
「ごめんなさい!! 大丈夫ですか!?」
どうやらボールで遊んでいた生徒が間違ってこちらに飛ばしてしまったらしい。
壁に跳ね返って転がって来たバレーボールを拾い、詫びる生徒に向き合った。
「大丈夫です。でも気をつけてくださいね」
「はい。本当にごめんなさい!」
勢いよく頭を下げる女生徒の頭には大きな緑のリボン。彼女と共にいたのだろう生徒は見覚えのある眼鏡の少年だった。
「なるちゃーん! ボールありました?」
「ありました?じゃないわよ! 海野がノーコンなせいで人に当たっちゃったんだから!!」
当たった、と聞いて顔色を変えた海野がこちらに走って来て勢いよく頭を下げる。
大丈夫だから、と苦笑いしていると、やけに凛とした声が響いた。
「なるちゃんも海野もその辺にしておいたら? かえって困らせてるよ?」
あ、と良は目を見開いた。
そこにいたのは、腰まで伸ばした金色の髪を耳の下辺りで2つに束ねた女性。かつてトレードマークにしていた"お団子頭"でこそなかったが、月野うさぎその人だった。
「ごめんなさい。楽しくて調子に乗ってしまったの。もう少し人のいないところに移動するわね」
「後から来たのはあたし達だもの。それに貴女たちだってスペースは確保していたのでしょう? 事故だから仕方ないわ」
ね、と目配せする亜美に同意して、良はボールを海野に手渡す。
うさぎはふわりと微笑むと、ありがとう、と言って踵を返した。なると海野も、もう一度頭を下げてうさぎに続いた。
みんなは、あたしが守ってみせる
かつてのような快活さとは程遠い笑い方に良は嫌な胸騒ぎを覚えた。そして最期の戦いの中、もうあの笑顔を見ることはないだろう、と考えたことを思い出す。
「良くん? 大丈夫?」
「……うん。大丈夫。……あっちの方なら座れそうだね」
そうね、と微笑む亜美と連れ立って歩きながら、良は考える。
腰よりも長い金色の髪にお団子頭。友達を作る天才、と呼ばれた人懐っこさ。はっきり言って、見つけようと思えば容易いと思っていた。
けれど実際にはこうして出逢うまで気付かなかった。胸に付けられたバッチには同じ学年であることが刻まれていたが、入学式で見かけた記憶がない。
何故気が付かなかったのだろう。もしかしたら気付かれたくなかった?
考えすぎだろうとは思いつつ、良にはうさぎが自分達と関わりを持ちたくないと思っているのではないか、という疑念を払えなかった。
去り際の彼女の表情は、口元こそ穏やかに微笑んで見せていたが、蒼い瞳はまるで笑っているように思えなかった。
どうして……やっぱりね……
そんな声が聞こえて来そうな冷たい目。
そんな印象が浮かんでしまって、良は首を振った。まるで、うさぎも前世の記憶があると決め付けているような考えだ。
少し印象が違うだけで、仮説を立てるには早計すぎる。もっと彼女を知らなければどうしようもない。
……知ってしまえば、きっと戻れない決断を下さなければならない。
それでも自分の中で答えは決まっていた。
前世ではそろそろセーラーVが世間を賑わせた頃だ。その動向を追わなければ。
……そんな矢先、見たことのない厳しい顔で戦うセーラームーンの夢を見ることが増えていった。
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