続きそうで続かない毛色の違う話

待ち合わせ場所に着くと、いつもは本を読んでいる恋人がスマートフォンを横向きにして何かの操作をしていた。
「何してるの?」
「!?」
何でも、と良は慌てた様子で端末を後ろに隠す。珍しい態度にじっと見上げると、彼は観念して亜美に画面を示した。
「……ゲーム?」
「友人たちに勧められて、息抜きに……」
勉強を疎かにするような事は誓ってしていません、と力説する姿が何だかおかしくて笑ってしまった。良に限って、そんなはずはないと理解っているのに。
自分が所謂サブカルチャーに疎い事は重々承知している。とはいえ、そういう話題を好む仲間たちと恋人が雑談していたような記憶もない。真面目な彼が息抜きに遊ぶと言うのだ、どんなものかと興味が湧いて画面を覗いた。
そこには金髪碧眼の、柔らかな雰囲気で笑う子供が写っている。幼子特有の中性的な顔立ち。ゆったりとした白い服に何故だか親近感を覚えた。
「まい、ますたー?」
画面の下部に平仮名で書かれたテキストはたどたどしい英語を話す設定を反映しているのだろうか。聞けば、かの有名な航海者を意味する無人探査線をモチーフとしているのだという。他にも古今東西、歴史や伝説上の偉人が数多く登場するらしい。
「良くんもゲームが好きなの?」
「好き、というか……まあ、人並みには……」
何となく視線が合わない気がするのは亜美が詳しくない類のものであると知っているからだろう。理解してくれている事、気遣ってくれるのは素直に嬉しい。しかし面白くはない。
「スマホがあれば誰でも出来る?」
「え?」
良は戸惑った様子だったが亜美が真剣であると察したらしく、出来ますよ、と言ってゲームのタイトルを教えてくれた。
アプリストアでタイトルを打ち込み、検索して端末にインストールする。完了を待って起動すると、イメージしていたようなゲームシステムとは違うと分かった。
「始まるまで時間がかかるのかしら?」
「チュートリアルは少し長いですね。導入部分ですし、きちんと確認しておいた方が良いと思いますから、続きは家に帰ってからにしますか?」
その方が良いかもしれないと思った。しかし、一人の時に進めようとしても進められなくなるに違いない。
「良くんさえ、良ければ……このまま教えてくれない?」
「僕は構いませんが……取り敢えず座りましょうか」
今更ながらに、立ったままだったと思い至る。
二人揃ってベンチに腰を下ろし、小さな一つの画面を覗き込む。当然縮まる距離に鼓動の音がよく聞こえた。
画面の上部にキャラクター。下部に会話と地の文章が表示されるシステムは物語を読んでいるようで分かりやすい。ゲームというと、うさぎや美奈子が話題に出すアクションやRPGを思い浮かべる亜美には新鮮だった。
ノベルゲーム、というジャンルが近いのだと良が言う。このゲームは少し違うが、選択肢を選ぶだけでバトルがないゲームもあるらしい。本当に知らない世界だ、と亜美は思った。
世界観とバトルの説明を終え、良が自分のスマートフォンを操作する。
「何をしているの?」
「フレンド登録をすると、お互いの冒険を手伝えるんです」
決まった番号を打ち込み、完了の旨が表示される。
ふと良の顔を見ると、あまり見ない表情で笑っていることに気付いた。
年相応、というか、屈託ない、というべきか……いや、かわいらしい。そう。可愛らしい笑顔、というのはきっと今の彼の表情の事を言うのだろう。そんな風に思えるほど、自然な顔で良は笑っていた。
「……良くん」
「はい? ……どうしました?」
首を傾げる良は見慣れた、穏やかな表情に戻っている。
だが、亜美が何か後ろ向きな思考に嵌っていると気付いているらしい。青みがかった鉄黒の瞳が揺れている。
「……わたし、本当にお勉強しかしてこなかったから……他に取り柄もないし……」
呆れたでしょう、という言葉は音にはならなかった。
スマートフォンを持つ手に力が入る。俯いてしまうのは悪い癖だな、と自覚はしていた。
「……一生懸命に勉強するのは悪い事ではないですよ」
そっと手を重ねて、良が続ける。見透かしたような、優しい声で。
「僕は、真っ直ぐに努力する貴女を尊敬しています。少し不器用なところも。純粋なところも、大好きですよ」
「ずるいわ」
全く自分勝手極まりないのだが、こんな自分を受け入れてくれる彼にムッとしてしまう。亜美自身よりも、亜美の心を理解しているような言葉が嬉しくて、くすぐったい。
少し睨むように顔を上げれば、良はやはり穏やかに笑っていた。
「肌寒くなってきましたし、クラウンにでも行きませんか?」
亜美さんさえ良ければ、続きはそこで。
そう言って良は立ち上がり、亜美に手を伸ばした。
「……ええ。私きっと分からない事だらけだもの。沢山教えてくださいね? 先輩」
お互いの手を重ねて、笑い合う。
握り締めた端末の中、新しく出会った後輩もこちらを見て笑ってくれていた。
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