CPなしの小説

観光地、と言うには人の少ない山中の古寺。
それでも、紅葉のシーズンになれば地元の人間が訪れる。
僅かな出店が山道に開かれ、そう数の多くない駐車場は空きが無くなることもあった。
まばらに家族連れや若いカップルが歩く中、境内へ上がる階段の側へ黒塗りの高級車が一台止まる。
場違いとも見える車から、これまた場違いなネクタイとスーツをピシッと着こなした長身の男が降りた。腰まである青銀の長い髪を頸のあたりで一つに束ねた男は優美な所作とは対照にガッシリとした体格をしている。
「では辰巳、17時に迎えをお願いしますね」
男の開けた扉から、鈴の鳴るような少女の声が聞こえた。
かしこまりました、と告げつつ運転席の辰巳は車外から彼女をエスコートするべく手を差し出した男を睨む。
「くれぐれも、くれぐれもだぞ。お嬢様をしっかりお守りするのだぞ」
いいな、サガ、カノン、と念を押す執事にサガは苦笑した。
「心得ている。ミスター」
主人の事となれば、自分とは比べ物にならない力を持つ相手にも恐れず立ち向かえる辰巳をサガはどちらかと言えば好ましく思っていた。
しかし女神にとっては、世話係とも言える彼のお小言は不服のようだった。
「誰にものを言っているのです。サガとカノンですよ」
エスコートの手を取り外に出た沙織は、この二人を揃って害せる者がいるなら逆に会ってみたい、と年相応の仕草で頬を膨らませている。
「沙織さまの仰るとおりだ、執事殿」
俺たちに任せておけ、と反対の扉から外へ出たカノンが運転席の窓から車の中を覗いた。
瓜二つで見分けの付きにくい双子だが、よく見ればカノンの方が日に焼けているし潮風で髪が痛んでいる。何より今日はジャケットこそ着ているものの、ラフにノーネクタイでシャツの第一ボタンを外していた。髪を束ねず下ろしたままにしているし見分けはつきやすい。
上から下までキッチリ締めていて商談中のビジネスマンもかくやな兄とは大違いである。この場に馴染む、と言えば馴染むだろう。どこのモデルか俳優のお忍びか、と言いたくなる容貌を除けば、であるが。
ニヤッと笑うカノンに辰巳は舌打ちしたい衝動を堪えて渋々言葉を返した。
「……頼んだぞ」
「では後ほど」
サガが扉を閉めると車は軽快に走り出す。
「心配性すぎるのですよ、辰巳は」
頬に手を当てて、沙織が溜息を吐いた。
「致し方なきことです。御身に何かあっては事ですから」
「堅物が隣に居ては楽しめぬやもしれませんが、私もおりますので迎えが来るまで安心してごゆるりとお過ごしください」
「カノン?」
軽口を叩く弟に、ニコリと笑ったサガが凄む。アイオロスや青銅ならば怯む表情だろうが、あいにくとカノンは慣れていた。
「その格好で休日の護衛をされる側の心境に立って考えろ愚兄」
あくまで女神は休暇なのだ、と言うカノンと仕事は仕事だ、と言うサガでは水と油。頭上で飛び散る火花に沙織は再び溜息を吐いた。
この二人を揃わせるのは良くなかったかもしれない、いや、しかし、と考える。
「二人とも、兄弟喧嘩は帰ってからにしてくださいな」
子供に笑われますよ、と沙織が階段の方へ視線を向けた。
サガとカノンが視線を辿れば、どんぐりを手に持った小さな姉弟がきょとん、とこちらを見ている。
様子に気付いたらしい両親がこら、と子供たちを抱えて軽く会釈した。
ふふ、と笑った沙織は同じように頭を下げ姉弟に手を振る。ニコニコと手を振り返す姉と、恥ずかしげに顔を隠した弟の様子が微笑ましい。
居た堪れずカノンは顔を背け、サガは小さく彼らに手を振った。

「行きましょう」
階段を降りて山道を下って行った親子を見送ると、沙織がワンピースのスカートを翻して双子を見上げた。
色味を抑えたルージュとラメの入ったピンクのアイシャドウが気高き女神をローティーンの少女に見せる。
揃って苦笑したサガとカノンは同時に手を差し伸べ、そして互いを睨み付けた。
「仕方がありませんね」
15も歳上の男たちへ、母が子を見るような表情を向けたかと思うと、沙織はそれぞれの手を握った。
「!?」
「あて……」
「沙織ですよ。……今のわたくしはただの沙織です」
エスコートの手を取るのではなく、普通の大人と子供がそうするように手を繋がれ、サガもカノンも戸惑いを隠せなかった。
しかし楽しげに笑う女神に否など言える筈もない。
なんとも気恥ずかしい心を抱えながら、双子座の男たちは女神と3人並んで石段を登った。
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