CPなしの小説
キラキラと荘厳な輝きを放つ大きなオブジェ。
重厚な箱のような形をしながら、継ぎ目の見えぬそれには、側面に矢をつがえたケンタウロスと複雑な紋様が描かれている。
自身よりも遥かに大きなアンティークをじっと見上げる沙織の目には光が反射し、常盤色に煌めいて見えた。
そのまま微動だにしない彼女を案じる執事を制し、光政は孫娘の傍らに膝をつく。
沙織の表情は祖父の収集品に魅入っているようにも、もっと遠くのどこかを見ているようにも見える。
瞬きすら忘れたように静かな双眸を覗き込んだ瞬間、吸い込まれそうな錯覚を覚えた光政は一度息を吐いて自身を落ち着かせた。
こうして年齢に似つかわしくない姿を見せられると、彼女はやはり只人ならざる女神なのだと思い知らされる。
「沙織。これが気に入ったかね?」
努めて穏やかに、光政は語りかけた。
そうすると、祖父の声にハッとしたらしい沙織の纏う空気が変わった。
勢いよく振り返り、愛らしい微笑みを浮かべておじいさま、と手を伸ばしてくる。子供らしい笑顔が咲いたことに安堵し、小さな身体を抱き上げた。
ぎゅっと抱き着いてくる孫の背を撫で、光政は再び問う。
「これが気になるかね、沙織」
暫く祖父の顔を見つめた後、首を傾げた沙織はゆったりとオブジェに視線を戻してこう言った。
「……呼ばれてる気がするの。なんだか分からないけど、近くにいるとあたたかいの」
そうか、と相槌を打ち、光政は目を細めた。
かつて、これを己に託した少年の意志は確かにここにあるのだろう、と。
「これはね、沙織。射手座 の聖衣と言う」
「さじたりあすのくろす?」
きょとんとした顔で聞き慣れぬ言葉を繰り返す幼子へ、そうだ、と答えて頭を撫でる。くすぐったそうに、楽しそうに笑う愛し子を見つめ、託された側の光政は表情を引き締めた。
「いいかい、沙織。この聖衣はとても大切なものだ。いつか、この聖衣を持つに相応しい者が必ず現れる」
私はそれまでこの聖衣を預かっているのだ、と告げる。どこまで理解しているのか分からない表情で沙織は祖父の言葉に耳を傾けていた。
「預かり物のこの聖衣を私は守らねばならない。……沙織も手伝ってくれるね?」
「……はい! おじいさまのお手伝いをします!」
手伝い、という言葉に反応してニコニコと笑う彼女を心から愛おしいと思い、同時に畏怖する。そして哀しく思う。
彼が彼女の為に出来ることなど、限られている。この手で守ってやれる時間はそう長くない。老人と呼ばれるに違和感のない齢である光政は嫌な確信を持っていた。
いずれ、成長したこの子は戦いに出るだろう。醜い現実に直面するだろう。人としての関わりを与えることが正しいことなのかは正直分からない。
けれど、絶望に等しいものに出会った時、何かに希望を見出せるように。現人神の重圧に押し潰されてしまわぬように。拠り所となれる人か、場所を、何かを用意してあげられたならと思う。
……来る時まで自分が側に居られれば、と願ってやまないが、恐らくそれは許されまいと光政は悟っていた。
「本来の持ち主の元へ帰る時まで、この聖衣がお前を守ってくれるだろう。……沙織、強く、気高くありなさい」
女神たる器は心配する必要がない。問題は人の子として育ってしまう心だ。
アテナの化身、女神として人々に傅かれて育つ方が正しいのかもしれないと迷いながら日々を過ごしている。しかし強大な力を持つとはいえ、聖闘士たちはただの人の子に違いない。人の中で過ごすならば、人を知らずにいる方が困るだろう。
そう信じて、彼は血の繋がらぬ家族に精一杯の愛情を注ぐ。
邪悪を打ち払う、希望の闘士よ。
女神を守る少年たちよ。
命を賭して赤子の彼女を守ったアイオロスの遺志を継ぐ者よ。
女神と共に辿り着く未来がより良きものであらんことを。
重厚な箱のような形をしながら、継ぎ目の見えぬそれには、側面に矢をつがえたケンタウロスと複雑な紋様が描かれている。
自身よりも遥かに大きなアンティークをじっと見上げる沙織の目には光が反射し、常盤色に煌めいて見えた。
そのまま微動だにしない彼女を案じる執事を制し、光政は孫娘の傍らに膝をつく。
沙織の表情は祖父の収集品に魅入っているようにも、もっと遠くのどこかを見ているようにも見える。
瞬きすら忘れたように静かな双眸を覗き込んだ瞬間、吸い込まれそうな錯覚を覚えた光政は一度息を吐いて自身を落ち着かせた。
こうして年齢に似つかわしくない姿を見せられると、彼女はやはり只人ならざる女神なのだと思い知らされる。
「沙織。これが気に入ったかね?」
努めて穏やかに、光政は語りかけた。
そうすると、祖父の声にハッとしたらしい沙織の纏う空気が変わった。
勢いよく振り返り、愛らしい微笑みを浮かべておじいさま、と手を伸ばしてくる。子供らしい笑顔が咲いたことに安堵し、小さな身体を抱き上げた。
ぎゅっと抱き着いてくる孫の背を撫で、光政は再び問う。
「これが気になるかね、沙織」
暫く祖父の顔を見つめた後、首を傾げた沙織はゆったりとオブジェに視線を戻してこう言った。
「……呼ばれてる気がするの。なんだか分からないけど、近くにいるとあたたかいの」
そうか、と相槌を打ち、光政は目を細めた。
かつて、これを己に託した少年の意志は確かにここにあるのだろう、と。
「これはね、沙織。
「さじたりあすのくろす?」
きょとんとした顔で聞き慣れぬ言葉を繰り返す幼子へ、そうだ、と答えて頭を撫でる。くすぐったそうに、楽しそうに笑う愛し子を見つめ、託された側の光政は表情を引き締めた。
「いいかい、沙織。この聖衣はとても大切なものだ。いつか、この聖衣を持つに相応しい者が必ず現れる」
私はそれまでこの聖衣を預かっているのだ、と告げる。どこまで理解しているのか分からない表情で沙織は祖父の言葉に耳を傾けていた。
「預かり物のこの聖衣を私は守らねばならない。……沙織も手伝ってくれるね?」
「……はい! おじいさまのお手伝いをします!」
手伝い、という言葉に反応してニコニコと笑う彼女を心から愛おしいと思い、同時に畏怖する。そして哀しく思う。
彼が彼女の為に出来ることなど、限られている。この手で守ってやれる時間はそう長くない。老人と呼ばれるに違和感のない齢である光政は嫌な確信を持っていた。
いずれ、成長したこの子は戦いに出るだろう。醜い現実に直面するだろう。人としての関わりを与えることが正しいことなのかは正直分からない。
けれど、絶望に等しいものに出会った時、何かに希望を見出せるように。現人神の重圧に押し潰されてしまわぬように。拠り所となれる人か、場所を、何かを用意してあげられたならと思う。
……来る時まで自分が側に居られれば、と願ってやまないが、恐らくそれは許されまいと光政は悟っていた。
「本来の持ち主の元へ帰る時まで、この聖衣がお前を守ってくれるだろう。……沙織、強く、気高くありなさい」
女神たる器は心配する必要がない。問題は人の子として育ってしまう心だ。
アテナの化身、女神として人々に傅かれて育つ方が正しいのかもしれないと迷いながら日々を過ごしている。しかし強大な力を持つとはいえ、聖闘士たちはただの人の子に違いない。人の中で過ごすならば、人を知らずにいる方が困るだろう。
そう信じて、彼は血の繋がらぬ家族に精一杯の愛情を注ぐ。
邪悪を打ち払う、希望の闘士よ。
女神を守る少年たちよ。
命を賭して赤子の彼女を守ったアイオロスの遺志を継ぐ者よ。
女神と共に辿り着く未来がより良きものであらんことを。
